キミの瞳に映る世界

何も言わずにいると、先生がはあっとため息をつく。

「だから、何かツッコめよ! まあいいや。何かあったら報告ヨロシク~」
「期待しても、何もないですから。先生こそルカに声かけてやってくださいよ。俺に絡む時間があるのなら」
「何だよ、つまんないな。少しは期待に応えようと努力しろよ。……あ、そうだ。伝え忘れてたんだけど、白石さ、暗い所が苦手なんだって。だから、暗い所に行かないように気をつけてやって」

暗い所が苦手……? 
そんな話、初耳なんだけど。
まあ、そんな人はこの世の中にたくさんいるし、別におかしい事ではないけど。

「……覚えてはおきますけど、そんな事僕に言っても意味ないと思いますよ」
「そう言うなよ。……あ、それと、週末、斗真に会いに行くわ。命日だろ?」

教材室を出ようとドアに手をかけたら、先生がそう言った。
……そうか。今週末は兄貴の命日なのか。
兄貴が亡くなってもう三年がたとうとしてる。
僕は、兄貴が亡くなった年齢を追い越してしまった。高校一年生で亡くなった兄より一歳年上になっちゃったんだな……。

「白石には兄貴の事は話したの?」
「……直接話してないけど、周りから噂で聞いてますよ。僕が兄貴を殺したって」
「だから、それは悠真のせいじゃないって、何回も言ってるだろ」
「……そうかもしれない。でも、消えて欲しいって言ったら目の前で本当に命を落としたんだ。こんなの、どう考えたって僕が願ったから望み通りに死んでやったって兄貴に言われても仕方がないだろ!」

深澤先生をギロッと睨み、僕はバンッと音をたてて勢いよくドアを開けて廊下へと飛び出す。
兄貴の時と同じように、何の関係もない深澤先生に八つ当たりしてしまった。
どうしたって僕のした事は許される事ではない。
謝罪もできない、償いもできない。
兄貴じゃなくて、僕が消えていた方が何もかも丸く収まったのに。
家の中が暗くなる事も、深澤先生が気にしてうちに来る事も、転校してきたルカが僕に近づく事も無かったのに。
誰の心にも暗い影を落とす事なく、涙など流す事はなかった。
自分で命を絶つ事が許されない僕は、一生その罪と向き合って生きていかなきゃならない。
もしも願いが叶うのなら、生きても無駄な僕の命と引き換えにみんなに好かれていた兄貴をこの世に呼び戻して欲しい……。

昇降口に向かいながらふと窓の外に目をやると、ルカが数人の女子と歩いている姿が目に入った。
何だ、ちゃんと同性の友達できたじゃん。
別に僕が心配するほどの事でもなかったな。
足を止めて、何気なくその姿を眺めながら安堵のため息をつく。
きっと、前の学校の友達と同じように、寄り添って笑顔で写真が撮れるような関係に慣れると思うよ。
ちょっと……いや、かなり変わり者だけど、ルカって悪い人じゃないと思うし……。

「……ん?」

何気なく見ていたけれど、彼女らが向かっている方向は校門とは正反対の方角。
そっちには体育の授業でしか使わない体育倉庫しかない。
さっきまであった安堵感から急に嫌な予感に切り替わる。
気のせいかもしれないけれど、その時はその時だ。
僕は急いで体育倉庫の方へと向かった。


「ねえ。悠真君は、どこにいるの?」
「あっれー? さっきまでここにいたんだけど。もしかして、すれ違ったかな?」

息を切らしながら向かうと、話し声が聞こえてきた。
少しこわばった表情のルカと、他二人の女子の姿。
一人はこの前、ルカに忠告をして返り討ちにあった女子で、もう一人は違うクラスだけど、同じ中学校出身だった女子だ。
確か名前は、工藤さん……だったか?
中学でも高校でも同じクラスになった事がないし、そもそも同じ中学出身だったからって繋がりがあったわけではない。
強いて言えば、兄貴と繋げて欲しいと頼んできた女子の中の一人だったくらい?
そんな工藤さんがルカと友達になったのか?

「ねえ。風見と付き合ってるって本当なの? 地元の友達がアンタと風見が二人でいたのを見たって言ってきてさー」
「絶対付き合ってるでしょ? そうじゃなきゃ風見君の事あんなに必死でかばわないじゃん。この前、すっごい剣幕で怒られたんだから、私」

会話が聞こえてきたけれど、ルカと友達になったわけじゃないみたいだった。
僕と離れたのに、何でルカがこんな目にあわなきゃならないんだ?
やっぱり、僕と出会ってしまった事が間違いだったんだろうな。
今さら離れたところで、ルカへの印象は変わらないという事か。

「それが……あなた達に何の関係があるんですか?」

怯む事無くルカがハッキリと言い返したのが、二人には気に入らなかったらしい。

「は?何ムキになってんの? イラつくんだけど」
「悠真君が呼んでるって言うから来たのに、嘘だったの? ……帰る」

どうやら僕がルカを呼んでいると騙して、ここに連れて来たようだった。
何でそんな嘘につられるんだよ……。
呆れて物も言えない。
ため息をついて、ルカの方へと向かう僕。
帰ろうとしたルカのカバンを掴み、彼女が帰るのを工藤さんが阻止した。

「何コレ、しあわせを呼ぶ砂だって、ダッサ!」

工藤さんがルカのカバンについていたお守りを引っ張り、キーホルダーが外れる。
隣の女子も、ケラケラと不快な笑い声をあげた。

「返してっ! 大事なお守りなんだからっ!」

必死な表情でお守りを取り返そうとするルカ。
意外な反応に面白くなったのか、サッと腕を上げて届かないように遠ざける工藤さん。

「……何してんだよ。返せよ!」
「悠真君……」

駆け寄って肩で呼吸をしながら僕は工藤さんに言い放った。
泣きそうな顔で僕を見たルカ。
その表情に胸が痛みだす。
工藤さんは僕の姿を見るなり、バカにしたように鼻で笑う。

「えー、良かったねー。いいところで彼氏登場じゃん」
「つーか、タイミング良すぎない?うちらの事、ずっと見てたわけ?キモ」
「そんな事どうでもいいだろ。返せよ、それ!」
「何ひとりで熱くなってんの?寒すぎ」

怒る僕を見て、寒いとかどういう頭してんだよ。
誰だって大事な物を取られたら怒るだろ。

「何でこんな事すんだよ? 僕が気に入らないのはわかるけど、ルカを巻き込むなよ!ルカは関係ないだろ!」

ルカの表情を見たら、怒らずにはいられなかった。
こんなにも他人の事で怒れるなんて、自分でもびっくりだったけれど。とにかくルカを守ろうと必死な自分がいる事は事実だ。
自分から遠ざけておいてなんだけど……。

「ハイハイ。彼女のために必死で何より。せいぜい二人の世界を楽しんでよ」
「けど、うちらの見えないとこでやってよ。はい、しあわせを呼ぶ砂。返すから」

工藤さんはそう言って、扉が少し開いていた体育倉庫の中に持っていたルカのお守りをポイッと投げ入れた。
ルカはハッとして慌ててその中に入る。

「しあわせを呼ぶ砂?大事なお守り?そんな物大事に持ってるとか、マジウケるんですけど」
「ほら、早く探さないと幸せ逃げちゃうよー?」
「ふざけんなよっ!」

ケラケラと笑う工藤さんを押しのけて、僕も体育倉庫の中に入った。
すると、背後で重い扉が閉まる音がし、更にガチャンッと鍵のしまる音がした。

「おい! 何の真似だよ?! ふざけんな!」

閉じ込められた事に気が付いて、ドンドンと扉を叩いて怒鳴るが、外から聞こえるのは笑い声だけ。

「二人きりにしてあげるんだから感謝しなよー?」
「どうぞ、お幸せに~!」

キャハハハという不快な笑い声が遠ざかっていく。
ここの体育倉庫は、体育の授業で使う用具がしまってあるので、授業がない限り、開けられる事はない。
しかも体育倉庫として建てられた建物ではなく、使わなくなったとみられる貨物列車のコンテナなので、窓がなく扉が閉まると中は真っ暗で何も見えない。

「ああっ! くっそ……っ!」

イライラしながらダンッと重く閉ざされた扉を殴りつける。

『白石さ、暗い所が苦手なんだって。だから、暗い所に行かないように気をつけてやって』
「やっば……」

さっき深澤先生に言われた事を思い出し、冷や汗が噴き出す。
僕は急いでポケットの中を探ってスマホを取り出そうとした。
八つ当たりして教材室を飛び出した後ですぐに助けを求めるのはアレだけど、緊急事態だから仕方がない。

「ルカ、大丈夫か? 今、深澤先生に助けてもらうからちょっと待って……」

ため息をつきながらルカがいるとみられる方に顔を向けて言った。
結局、ルカがこんな目にあったのは僕のせいであって……。
離れても駄目なら、一体、僕はどうすりゃいいんだよ?!
苛立ちながら頭を抱えた時だった。

「いや……っ! やめてっ! 嫌だっ! いやああああああっ!」
「ルカ?!」

突然狂ったように叫び始めたルカに、驚いてしまった。
真っ暗で何も見えない中、ルカの叫び声だけが不気味に響き渡り、急いで僕はスマホを取り出してライトで照らした。
バタバタと急に暴れて、泣き叫びながらルカは頭を抱えている。
暗い所が苦手という可愛いレベルの物じゃなく、何かに取りつかれたかのようだった。
髪の毛をむしる様な勢いで掴み、発狂している。
驚きながらも彼女の元へ駆け寄り、ルカの顔にライトを近づける。

「ルカ、落ち着いて! 今すぐ深澤先生に連絡して出してもらうから……っ!」

スマホを操作してアドレス帳を開いた時だった。
暴れるルカに手を振り払われ、その拍子でスマホが僕の手から滑り落ちる。
ザーッと倉庫の床を滑っていくスマホ。
その行方を目で追いながらも、僕はルカの腕を掴む。
物凄い力で振り払われそうになり、ルカの手が僕の眼鏡を吹っ飛ばす。
それでも負けないように僕はルカの腕を離さなかった。

「助けてっ! お願い……っ! 置いて行かないでっ! 私から光を奪わないで、お願い……っ! 一人にしないでえええっ!」
「ルカ!」

発狂するルカを僕は力いっぱい抱きしめた。
事情はよくわからないけれど、ルカのこの状態は尋常じゃない。
置いて行かないで? 光を奪わないでって何だ?

「ルカ、大丈夫……。一人にしないから大丈夫だよ。僕がいる。ルカを置いてなんか行かないよ……」
「……くっ」

小さな子をあやすように、ゆっくりと優しく背中をトントンと叩きながらルカに何度も何度も大丈夫大丈夫と繰り返し声をかける。
最初はパニックでバタバタと暴れていたが、少しずつ落ち着いてきたのか、小刻みに身体を震わせながらも僕にしがみついて、シクシクと泣き出した。
暗所恐怖症? いや、それにしてはかなりパニック状態になっていると思う。
深澤先生に忠告されてはいたけど、もしかしてコレが起きるから、気をつけろって事?
おそらくさっきの先生の調子だと、ここまでひどくなる事は先生も把握していないだろうな。とにかく一刻も早くここから抜け出して、ルカを明るい場所に連れて行かないと。

「……ゆうま、君……?」
「大丈夫。無理して何も話さなくていい。ちゃんと明るい場所に連れて行くから。今、助け呼ぶから、あと少しだけこの状態で我慢してて」

どうやら、僕の名を呼べるくらいまで落ち着いたようだった。
けれどまだ、身体の震えも涙も止まっていないし、呼吸も荒い。
ブレザーの上からなのに、ルカは僕の腕に爪を食い込ませるほどの力で僕にしがみついている。
相当、暗い所がダメなのだろう。
眼鏡が飛んだのも構わず、暗闇の中、落ちたスマホを、手探りで探す。
何とか探り当てて、履歴の欄をタップし、深澤先生に電話をかけた。

『もしもしー? さっきぶりじゃん。どうしたよ? 寂しくなっちゃったとか? でも俺、これからバスケ部行かなきゃいけねーんだけど?』

聞こえてくる気の抜けた先生の声。

「せ、先生、助けてください! 校舎裏の体育倉庫にルカと二人で閉じ込められちゃったんです!」
『えっ?! マジかよ?!』
「真っ暗でかなりまずい状況なので早く助けてもらえませんか?」
『まずい状況って、何かあったのか? とにかく今すぐ行くから、ちょっと待ってて!』

早口で説明すると察したのか、電話の向こうの先生の声のトーンが変わった。