早く何とかしないと本当に取り返しのつかないことになる。

「ナタリ……。頼むから、僕を魔界に連れて行って」

「行っても無駄だよ。人間のハクシには何も出来ない。私でさえ、魔界に入った瞬間に体が拒絶してショック死する。それだけ闇が濃くて深いんだよ、魔界って場所は。地獄を濾過して、濾過して、濾過して、濾過して、最後に残った純粋な悪。それが魔界なの」

「どうしてっ! クソっ!!」

白壁を思い切り殴った。鈍い痛みと虚しさだけが残った。

初めて、ナタリの前で本気で怒った。ツラいのは、ナタリも同じなのに。

なんで、僕はこんなに情けない人間なんだ……。もう、心底嫌になる。自分の無力さに。

今すぐメリーザを連れ戻したいのに、何も出来ない。

ナタリは、細い指先で僕の頬を流れる涙を拭い、ニコッと笑った。

「メリーザの記憶は、絶対に元に戻るから! 大丈夫だよ。またすぐに、三人で暮らせる。だから、もう泣かないで」

優しい嘘。

「あぁ……。そうだな。いつでもメリーザが戻ってきてもいいように、準備しとこう。『おかえり』って……笑って………いえ…る……よう…に………」

限界だった。僕は、ナタリの胸の中で子供のように泣いた。

やっと泣き止んで久しぶりに顔を上げたら、ナタリは唇を噛んで泣くのを必死に我慢していた。だから今度は僕が胸を貸し、その中でナタリが泣いた。

数時間後、泣き止んだ僕達は、その日から毎日、魔界にいるメリーザ宛に手紙を書いた。その手紙は、あのホテルの支配人に託した。届けてくれると信じて。

一週間……。

一ヶ月…………。

一年が、経過した………………………。

朝早く、あまり鳴らないチャイム音で起こされた。玄関前で呼び掛けても訪問者の返事がない。イライラしながら半分だけドアを開ける。

その隙間から見えた姿にーーー。

「相変わらず、情っけない顔してるなぁ」

「っ!?」

階段から飛び降りたナタリも僕の横からヒョコッと顔を出す。

「メリーザ……。本当にメリーザ…なの?」

「ナタリさぁ、少し老けたんじゃない? 私の方がまだまだピチピチだね~。勝ったぜ」

扉を壊す勢いで全開にし、メリーザに抱きついた。

「おかえり。ずっと待ってたよ」

「うん……。ただいま」

三人で抱きあって、笑い、そしてーーーー

色んな感情が溢れてきて、お互い涙が止まらなかった。