朝起きると、僕の隣で寝ていたはずのメリーザがいなくなっていた。離れないように手を握っていたはずなのに。

その無機質。冷たさが、僕を焦らせた。
周囲の異変に気づくのに時間はいらなかった。

「なん…で………」

今、僕がいる場所。昨晩泊まったホテルの豪華なベッドルームではなく、ごくごく平凡な『僕の部屋』だった。混乱し、ワケが分からない。家は、燃えて消えたはずなのに……。


急いで一階に駆け降り、リビングに行くとそこには、なぜか鼻息荒いナタリと背の高い美少年が対峙していた。優雅にソファーに座り、ブラックコーヒーを飲むホテルの支配人。その男を鬼の形相で睨み付けながら見下ろすナタリ。凄い殺気だが、相手は毛ほども気にしない。ナタリから目をそらし、立ち尽くす僕の方を向いてニコニコ笑っていた。

「あっ、すみません。勝手にくつろいでしまって……。昨晩は、良く眠れましたか?」

「あの……今、分からないことだらけなんですけど………。まず、ここはどこですか? 僕の家にそっくりな、この場所って……」

「そうですね。説明が先でした。申し訳ありません。すでに勘の良いアナタなら、私がメリーザ様と同じ悪魔だということに気づいていますよね。悪魔には、特殊な能力を持つ者がいるんです。数は、片手ほどしかいませんが……。ちなみにそんな悪魔の私は、人の記憶を見たり、操ることが出来るんです。アナタが、火事で住む家をなくしたことを知り、お節介とも思いましたが、大事なお客様を宿無し暮らしさせるわけにもいかない為、私の独断で家を復元させました。時間があまりなかったので完璧ではありません。そこは、ご容赦ください」

頭をペコリと下げる男をまだ鼻息がかかるほどの至近距離で睨み続けるナタリ。

「ナタリ……どしたの?」

「このゲス野郎が、メリーザをどこかにやったから許せなくて」

「はぁ…………。ナタリ様。先ほどから何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も説明しているじゃないですか。お嬢様は、魔界に帰られました。だから、もうここにはいません」

「っ!?」

メリーザが、魔界に帰った?

僕やナタリに何も言わずに帰るなんて考えられない。

「コイツがさ、メリーザの記憶を消したんだって!! 私達の……わたし…たちの…大事な……っ……メリーザぁ………なんで?」

ナタリは、泣きながら僕に抱きついた。

「記憶を消したって、どういうことですか?」

ナタリの頭を撫でながら、徐々に怒りが体を支配する。

「そのままの意味ですよ。メリーザ様にとって、あなた方の記憶は邪魔だったみたいですね。あの、勘違いしないで下さいよ。私がムリヤリ頭をいじったわけではないので。あくまで、これはメリーザ様の意思ですから。……結局は、住む世界が違った。そういう話です。では、私は次のお客様を迎える準備がありますので、これで失礼させていただきます。またのお越しを敬愛と感謝、全身全霊でお待ちしています」

………………………。
…………………。
……………。

死刑宣告のようなダメージ。ホテルの支配人が帰った後も、僕達を言葉に出来ない悔しさ、悲しみが襲っていた。


なぁ……メリーザ。

本当にこれでサヨナラなのか?

こんなのって、あまりに酷くないか?

何で、

なんでーーー。

話してくれなかったんだよ。なんで、また自分一人だけ傷を負うんだよ。血を流すんだ。


「……苦し…ぃ……」

「…………………大丈夫。大丈夫だから」

僕やナタリが、こんなに死ぬほど悲しいのはさ。


メリーザ。

お前が、そんなに強くないことを知ってるからなんだぞ?