そのホテルは、選ばれた人間だけが入ることを許される聖域だった。
星がいくつあるとか、〇〇ガイドに掲載されてるとか……、決して知名度があるわけではない。
知ってる人は、知っている。
知らない人は、死ぬまで知ることのない。そういう場所。
そのホテルに泊まることが出来るのは、本当の『勝ち組』だけ。
ある宿泊客の男性は、子供の頃から遊ぶ時間より机に向かい勉強する時間を優先した。努力に努力を重ね、親や教師の期待に応え続け、有名大学を卒業、大企業に就職。出世を重ね、やっと……。本当にやっとの思いで、このホテルの宿泊をゲットした。努力、才能、運………。それらを全て持つ者だけが、チェックインを許される。
よって、宝くじや株等で儲けた金持ち、又は違法な事をして潤った者達は、ホテルの外観を見るだけで中には入れなかった。それは、このホテルの番人である支配人が、決して許さないから。二十代前半の端正な顔立ちのこの青年は、一度見ただけで、その者のすべてを見透かす人間離れした眼力を持っていた。
そんな超一流ホテルの前に立つ、貧乏人三人。
「ほっ、本当に大丈夫なのか? 冷やかしじゃすまないぞ」
「私も今……、えっと、五千円くらいしか持ってないよ? メリーザもお金ないでしょ? こんな高級ホテル泊まるなんて無理だよ」
「大丈夫だってば! 心配すんな。私の知り合いのホテルだからさ」
メリーザは、尻込みしている僕達を両手で引っ張りながら、夢ですら逃げ出すようなキラキラした世界の中に入った。
汚れは罪だと言わんばかりの清掃の行き届いたフロア。
僕達の歩いた跡がハッキリと分かった。それだけ白い床を細かい砂粒が汚していた。
他の宿泊客もこんな安物のTシャツを着ている若者なんか一人もいない。明らかに自分とは人間のレベル、産まれもったモノが違っていた。常に大物芸能人に囲まれているような居心地の悪さ。
「メリーザぁ……」
僕達は、今も自信しかないこの悪魔にぴったりとくっついて歩いた。
「歩きにくいって! もう少し離れろ」
ホテルスタッフの一人。肩幅がある元プロレスラーと言っても誰も疑わないようなマッチョな男が、僕達の前に立ち塞がる。害虫でも見るような蔑んだ目をしていた。
「なんだ、お前。早く、支配人を出せよ。メリーザが来たと伝えろ」
「…………失礼ですが、お客様。ご予約は、お済みでしょうか?」
「予約だぁ? ふざけた事、ぬかしてんじゃねぇよ、肉まん」
「メリーザちゃん! ここはね。ヤバいから退散しよう。ささっ、早く早く。あの、すみませんでした。道を間違えてしまって!! すぐに消えますので」
僕は、メリーザを強引に抱き抱え、出口を目指した。腕の中でわめき散らし、暴れるメリーザをナタリが側で押さえつけてくれている。
「離せ、離せ、なんでだよっ!!」
他の客からの冷笑。スタッフの呆れた溜息と小言が聞こえた。
「フンッ…。ここは、お前らのようなゴミが来る場所じゃないんだよ」
少しイラッとしたが、無視した。いつの間にか、腕の中の重さが消えている。
大男の前に立つ、メリーザ。何故か、ナタリまで男を睨んでいた。
「誰が、ゴミだ。ナタリ、このホテル潰すぞ」
「それ、いいかも~。そもそも人間ごときが、私達をバカにするなんて愚かすぎる。今、あなたの人生終わらせても良いんだよ? 試しに死んでみる?」
普段、穏和なナタリも意外とキレやすいことを今更ながら思い出した。
戦争開始、五秒前。静かに僕達の前にイケメンが現れた。
「お嬢様。わざわざ、当ホテルにお越しいただき、ありがとうございます。私共にとって、記念すべき日となりました」
メリーザの前で、礼儀正しく深々と頭を下げる好青年。清潔感が半端ない。その横で、汗を流し動揺を隠せない男性スタッフ。
「さぁ、さぁ! 最高の部屋を準備したので、ご案内します。お連れの方もどうぞ、こちらに」
その笑顔の裏。硬直しているスタッフからネームプレートを剥ぎ取った支配人。
「さっさと出ていけ。ここは、お前のようなゴミが入っていい場所じゃない。十分以内に痕跡を残さず、消えろ」
赤い目の奥、氷のように冷たく、何の慈悲もなかった。
星がいくつあるとか、〇〇ガイドに掲載されてるとか……、決して知名度があるわけではない。
知ってる人は、知っている。
知らない人は、死ぬまで知ることのない。そういう場所。
そのホテルに泊まることが出来るのは、本当の『勝ち組』だけ。
ある宿泊客の男性は、子供の頃から遊ぶ時間より机に向かい勉強する時間を優先した。努力に努力を重ね、親や教師の期待に応え続け、有名大学を卒業、大企業に就職。出世を重ね、やっと……。本当にやっとの思いで、このホテルの宿泊をゲットした。努力、才能、運………。それらを全て持つ者だけが、チェックインを許される。
よって、宝くじや株等で儲けた金持ち、又は違法な事をして潤った者達は、ホテルの外観を見るだけで中には入れなかった。それは、このホテルの番人である支配人が、決して許さないから。二十代前半の端正な顔立ちのこの青年は、一度見ただけで、その者のすべてを見透かす人間離れした眼力を持っていた。
そんな超一流ホテルの前に立つ、貧乏人三人。
「ほっ、本当に大丈夫なのか? 冷やかしじゃすまないぞ」
「私も今……、えっと、五千円くらいしか持ってないよ? メリーザもお金ないでしょ? こんな高級ホテル泊まるなんて無理だよ」
「大丈夫だってば! 心配すんな。私の知り合いのホテルだからさ」
メリーザは、尻込みしている僕達を両手で引っ張りながら、夢ですら逃げ出すようなキラキラした世界の中に入った。
汚れは罪だと言わんばかりの清掃の行き届いたフロア。
僕達の歩いた跡がハッキリと分かった。それだけ白い床を細かい砂粒が汚していた。
他の宿泊客もこんな安物のTシャツを着ている若者なんか一人もいない。明らかに自分とは人間のレベル、産まれもったモノが違っていた。常に大物芸能人に囲まれているような居心地の悪さ。
「メリーザぁ……」
僕達は、今も自信しかないこの悪魔にぴったりとくっついて歩いた。
「歩きにくいって! もう少し離れろ」
ホテルスタッフの一人。肩幅がある元プロレスラーと言っても誰も疑わないようなマッチョな男が、僕達の前に立ち塞がる。害虫でも見るような蔑んだ目をしていた。
「なんだ、お前。早く、支配人を出せよ。メリーザが来たと伝えろ」
「…………失礼ですが、お客様。ご予約は、お済みでしょうか?」
「予約だぁ? ふざけた事、ぬかしてんじゃねぇよ、肉まん」
「メリーザちゃん! ここはね。ヤバいから退散しよう。ささっ、早く早く。あの、すみませんでした。道を間違えてしまって!! すぐに消えますので」
僕は、メリーザを強引に抱き抱え、出口を目指した。腕の中でわめき散らし、暴れるメリーザをナタリが側で押さえつけてくれている。
「離せ、離せ、なんでだよっ!!」
他の客からの冷笑。スタッフの呆れた溜息と小言が聞こえた。
「フンッ…。ここは、お前らのようなゴミが来る場所じゃないんだよ」
少しイラッとしたが、無視した。いつの間にか、腕の中の重さが消えている。
大男の前に立つ、メリーザ。何故か、ナタリまで男を睨んでいた。
「誰が、ゴミだ。ナタリ、このホテル潰すぞ」
「それ、いいかも~。そもそも人間ごときが、私達をバカにするなんて愚かすぎる。今、あなたの人生終わらせても良いんだよ? 試しに死んでみる?」
普段、穏和なナタリも意外とキレやすいことを今更ながら思い出した。
戦争開始、五秒前。静かに僕達の前にイケメンが現れた。
「お嬢様。わざわざ、当ホテルにお越しいただき、ありがとうございます。私共にとって、記念すべき日となりました」
メリーザの前で、礼儀正しく深々と頭を下げる好青年。清潔感が半端ない。その横で、汗を流し動揺を隠せない男性スタッフ。
「さぁ、さぁ! 最高の部屋を準備したので、ご案内します。お連れの方もどうぞ、こちらに」
その笑顔の裏。硬直しているスタッフからネームプレートを剥ぎ取った支配人。
「さっさと出ていけ。ここは、お前のようなゴミが入っていい場所じゃない。十分以内に痕跡を残さず、消えろ」
赤い目の奥、氷のように冷たく、何の慈悲もなかった。