少し離れただけなのに、ひどく懐かしく感じた。それほど、人間界は私にとって特別な第二の故郷になっている。頬を撫でる冷たい夜風が気持ちいい。

ハクシがコンビニで買ってくれたアイスを三人で食べながら、本当の家族のように仲良く歩いていると、どこからか………焦げた臭いが漂ってきた。その臭いは家に近づくにつれ、強くなっていく。


見たくないのに……。私だけ少し先の未来が見えた。冷や汗が頬を流れる。


「焚き火でもしてんのか? なんか、焦げ臭いよな。こんな時間に非常識だろ」

「まったくだっ!」

ハクシやメリーザも異変、この臭いに気づいたみたい。

「あ……………れ……。ん? ん~……。えっ? ん~、は?」

家の前に立つ彼は、頭をフル回転、目をパチクリさせ、必死に今の状況を把握しようとしていた。

「じゃあ、そろそろ帰るわ。なんだか、疲れたし」

震えながら、呆然と立ち尽くす彼の前から逃げるように去ろうとするメリーザ。
その手を物凄い速さで掴んだ彼は、機械のような声でメリーザに問いかける。

「どこに行くんだ? お前の家は、ここだろ。まぁ…………。なぜか、その家は跡形もなく消えているけどなっ! どうやら、火事みたいだよ。全焼ってやつ。なんでこんな最低なことになったんだろうな!!」

「は、離せっ! 痛いよ、痛い」

「いや………僕は、ただメリーザの口から聞きたいだけなんだよ。なんで、こんな事になったのか。住む家が、大切な我が家が……な、なな、なんで? 火事に? うぅ………嘘だろ。嘘って言ってくれよ。な、ナタリ、これは悪夢なんだろっ! 早くビンタして、目を覚まさせてくれ!!」

バシィィッ!

「ぃ、痛ってぇえな、おいっ!!」

「そんなに睨まないでよ………。ハクシ、こわぃ……。だって……ビンタしてって、今言ったでしょ? それにこれは、現実だし。夢じゃないよ」

数分後。吐いて、少し落ち着いた僕は、二人に事情聴取。

どうやらナタリとメリーザは、僕を助ける為に慌てて家を出たから、調理中の火を消し忘れてしまったらしい。本格的に七輪まで使って魚を焼いてたみたいだから、それが倒れでもして、不運にも火事になったんだろう。確かに今朝は、メリーザが初めて朝飯を作っていたし……。

「わたし……そんなつもりじゃなくて。お前に旨いもの、いっぱい食べてもらいたくて……だから」

「火の消し忘れは、私の確認ミス。だから、悪いのは私。これ以上、メリーザを責めないで。お願いだよ、ハクシ……」

「べ、別に、責めて……ない…し……。はぁ~~。まぁ……今夜は、ネットカフェにでも泊まるしかないかぁ。なら、早く行こうぜ」

メリーザとナタリの小さな背中を押し、歩みを促す。

「落ち着いたらさ………。また飯作ってよ。メリーザの手料理、楽しみにしてるし」

「っ……。とろっ…け……ひゅん」

「だよね~。頭が痺れる。ハクシの優しい言葉ってさ、私達にとってお姉ちゃんより危険かも」

過去が全て燃え、消えてしまった。それでも今の私達は、迷いもなく前を向いて歩いていける。
可愛くて、優しい大好きな彼と親友のメリーザ。

心が、ぽかぽか。満たされていた。
もし、これが夢なら覚めないでほしい……。

「ナタリ? 行くよ、ほら」

「今夜は、ホテルに泊まろうぜ。良いとこあるんだよ。とっておきの、秘密の楽園」

「うんっ!! 待って、すぐ行くから」

私達の夢物語は、まだ始まったばかりーーーーー。


◆◆◆◆◆◆【無】◆◆◆◆◆◆◆


毎朝、同じ時間。同じ電車。同じ車両に乗る。

毎晩、同じ時間。同じ電車。同じ車両に乗る。

いつだってそう。乗るとこまでは覚えている。ただ、電車に乗っている時の記憶が俺にはない。

気づいたら、また電車を待っている。

そもそも。

俺は、どこに行こうとしてるんだ?


また電車が来た。

同じ時間。同じ電車。同じ車両。


「…………」

俺は、閉まるドアを黙って見ていた。

これでいい。

これで変われる。

ゆっ……くりと、動き出す電車。
車内に乗客は、一人だけ。姿勢よく座っている男。


あれは…………………。


俺…か?


えっ、じゃあ、この俺は。



『本日をもちまして、この車両は』



ま、ま、待って………。


俺…を………。


の………せ……て…。


…。