私は自分の真っ赤に染まった両手を見つめ、次に後ろを振り返り、ついさっきまで天使だった者達の屍を一瞥した。

「………………」

やっぱり、私は最低最悪。この天使達だって、お姉ちゃんの命令に従って、仕方なく私達を襲ってきただけ。

何も悪くない。


頭をコツコツと柔らかい拳で叩かれた。

「何、ボケ~としてんだよ。もしかして今更、後悔か? はぁ~~ダサッ」

メリーザは、突っ立ってる私を置いて、先に行ってしまった。
呆れてるし、怒ってもいた。

「情けないなぁ」

わたしって……。

いつもいつもいつもいつも。なんで、こんなにどうしようもなくダメダメなんだろう。肝心なところで、全く動けない。

彼を救うって、あんなに誓ったはずなのに。メリーザだけ、私の分まで戦って、今も血を流してる。

すでにギフトは、お互い二本ずつ使用済。
ギフトを使って力を無理矢理解放したけど、それでも無理かもしれない。お姉ちゃんがいる部屋までもうすぐ。だけど、敵である天使のレベルも格段に上がってる。


私は、隠していたギフトを一本取り出し、飲み干した。

メリーザ、ごめんね。
本当は、五本あったの。


自分を体の内側から破壊しようとするほどの強大な力。もって、あと五分だろう。

私は、死神の限界を超えた。

…………………。
…………。
……。

大扉を破壊し、中に入ると今まさにメリーザの頭を鷲掴みにし、破壊しようとしている姉がいた。

私の姿を見て、溜め息一つ。

「ほんと、あなたって………。そんなに無理しちゃって」

言い終わるより速く、銃に変異させた左手で、姉の肩を吹き飛ばした。

「お姉ちゃん……。可愛い妹が、殺しに来たよ」

やっと姉の凶悪な手から逃れたメリーザが、転びながら私に駆け寄る。

「ナタリ……お前……。なんだよ、その体。なんで、そんなことに……」

メリーザの目から零れ落ちた大粒の涙が、銃と化した左手を静かに流れていく。

「ごめんね、メリーザ。姉は、必ず倒すから。だからさ。その後は、あなたが彼を地獄から救ってあげてほしいの」

「何、勝手なこと言ってんだっ!! バカ」

「………どっちみち、こんな醜い姿じゃ、もう彼には会えない。神の力が暴走してね、元の姿に戻れないの。あと数分で私の体は、ただの神の兵器に変わってしまう」

体を回復させた姉に突進した私と、そんな私を引き裂こうと爪を伸ばした姉の間に、ジーパン姿の痩せた中年男が割り込んだ。


「それくらいにしな。姉妹喧嘩は」

「っ!?」

「…………パ…パ」

父が私の変異していた左半身に軽く触れると、その触れた箇所から元の体に戻っていく。私やお姉ちゃん、メリーザでさえ、その圧倒的な力の前ではマネキンのように立つことしか出来なかった。

「アンナ。彼を地獄からここに連れてきなさい」

「なんでよっ!」

「これ以上、困らせるな。……いいね?」

「はぃ………」

お姉ちゃんは、地獄から彼を強引に引き上げた。その変わり果てた彼の姿を見て、私達は絶句した。

体の肉は、魔物に食い散らかされ、骨が激しく露出している。両目は、ただの黒い窪みだけ。歯や舌も抜かれ、言葉を発することさえ出来ない。

私とメリーザは、そんな骨と皮だけになった彼を優しく抱きしめた。枯れ枝のようで今にも崩れそう。
彼の頭骨に触れた父が、その両手に力を込めると光を放ちながら時間が戻るように彼の体は再生した。

しばらくして。

「地獄って…さ……想像以上にヤバいな」

ヘラヘラ笑う彼を、今度は強く強く抱きしめた。

私達は、父のおかげで彼を取り戻すことが出来た。騒ぎが大きくなる前に下界に帰れと言われた。
部屋を出る前、彼は怒りで震える姉の前に立つと。

パンッッ!

「言ったろ? 思いきり、ビンタするって」

怒りを忘れ。ピンク色に染まる頬を触る姉の顔は、私でさえ見たことがなかった。こんな表現が合っているのかわからないけど………。とても人間っぽく、ただのか弱い女性に思えた。