異変に気づいた死神と悪魔は、慌てる様子もなく、誰もいない、ベッドごと消えた無人の部屋をしばらく無言で見つめていた。

「……………」

「…………………」

最愛の彼の匂いと、彼を消した女の残り香。血と彼が焼けた臭い………。

先に動いたのは、悪魔の方だった。ウサギがプリントされた可愛いエプロンを脱ぎ捨て、部屋を出ようとする。その後ろ姿に声をかける死神。

「どこに行くの?」

「決まってるだろ! あの糞女をぶち殺して、アイツを取り戻す」

「無理だよ。お姉ちゃんは、今のメリーザより強い」

悪魔の細い右腕を掴んだ。

「離せよ。その腕、引き千切るぞ」

「離さない……。絶対に。メリーザだけ行かせない。それに、今の怒りに任せた行動は、お姉ちゃんの思うツボ。あまりにも無謀すぎる」

「そんなの知るかっ!! お前だって、知ってるだろ。地獄に堕ちたアイツが今、どれだけ苦しんでるか。一秒でも早く行って、助けない…と……アイツ………アイツ…は」

悪魔は、道で転んだ幼子のように大声で泣き叫びながら、死神に抱きついた。

「私だって、今すぐ彼を助けたい。私達から彼を奪ったお姉ちゃんをめちゃくちゃに殺してやりたい。でも……分かっ……て。少しだけ、私に時間をちょうだい。お願いだから」

…………………………。
…………………。
…………。

しばらく戻れないであろう愛の巣を離れ、死神と悪魔は町を離れた。

彼女達の前に白いローブを纏った巨大な神の使者が立ち塞がる。前に死神が殺した奴等とは、威圧感が全然違っていた。

「神の命により、お前達を」

言い終わるより早く、使者の舌を引き抜く悪魔。その使者の顔をデコピンで吹き飛ばす死神。

「「邪魔すんな」」

声を合わせた両者は、憎らしげに使者の亡骸に唾を吐いた。


◆◆◆◆◆◆【怒り】◆◆◆◆◆


雲間から見える大きな顔。
顔と言っても、あるのは目と口だけ。
だから男なのか、女なのか分からない。

あれは、いったい何なのか?

誰に聞いても分からない。

…………分かるはずない。

アレは、僕にしか見えないんだから。


いつもは、無表情。ただ、この表情が変わる時があって。

例えば、笑顔ーーー。

笑顔の時は、次の日必ず晴れた。
だから、遠足の日とか家族で出かける時は、前の日に必ず空を見る癖がついた。

泣いている時。泣き顔の次の日は、雨になる。


テレビの天気予報なんかより、この顔の表情の方がよっぽど信用出来た。


笑った顔。

泣いた顔。


だけど、なぜか怒った顔は見たことがなくて……。見てみたいと言う欲求が、日に日に強くなっていった。なんで、こんな話をしたかって言うと。昨日、初めて怒った顔を見たんだ。


今。

僕は外に出て空を見上げている。
僕だけじゃない。近所の人も。もしかしたら、世界中の人が空を見上げているかもしれない。

絵の具で描いたような真っ赤な空だった。ぼとぼと、空から鳥が落ちてくる。
目の前に落ちたカラス達は苦しそうに喘ぎ、赤い泡を口から漏らし、震えながら死んだ。


きっと明日は、もっともっと狂った天気になる。人類最期の日になるかもしれない。


だってさ。

怒った顔が今は八つも見えているんだからーーーー。