最近では、三人で食卓を囲むことも多くなった。

「お魚キラーーーイ」

「ちゃんと食べなきゃダメだよ。栄養あるんだから」

「…………………」

好き嫌いの激しいメリーザちゃん。何とかして食べてもらおうと毎食、頭を悩ますナタリお母さん。

「お肉もキラーーーイ」

「少しでいいから食べようね。せっかく作ったんだから」

「………普段、何食ってんだよ(ボソッ)」

シュッ。

タッ!!

壁にフォークが突き刺さった。僕の頬を掠めて……。

「あっ、ぶな! 何すんだよ、危ないだろ!! だいたい、せっかく作ってもらった料理にさ、文句言い過ぎなんだよ。自分じゃ何も出来ないくせに」

「ぐっ、うっ、うるさい! このバカ。糞人間。お前なんか、ただのナタリのヒモじゃねぇか。偉そうなこと言うなっ!」

メリーザは、机をバンッ!!と叩くと家を飛び出した。

「…………なんだよ、アイツ」

ナタリは、倒れた茶碗を片付け、テーブルを拭いていた。僕とは目を合わさず、一言も発しなかった。

…………………………。
……………………。
………………。

深夜。なかなか眠ることが出来ず、寝返りばかり。とうとう耐えきれなくなり、アイスを買いにコンビニまで走った。

そのついでに、不審者がいないか空き地や公園を警備した。


「はぁ……ぁ………きっ…つ」

家を出て、小一時間が経過していた。
やっと隣町近くの児童公園。そのベンチに座り、星を数えている不審者……。いや、更に凶悪な少女を発見した。

静かに近づこうとしたら、落ちていた空き缶を蹴飛ばしてしまい、秒で気付かれた。

「ぁ………。さっきは、言い過ぎた。なんか。その…………。ごめん」

「………………」

「あのさ、家の鍵は開けとくから。だから。えっ……と。好きな時に帰ってこいよ」

人違い、いや、悪魔違いかと思うほどしおらしい声がした。

「………お前が私に優しくするのは、ナタリのご機嫌取りの為?」

「違う。ただ、メリーザのことが心配だった。それだけ。この事にナタリは関係ない」

公園を去ろうと、歩き始めた僕の背中に豪快に飛び乗る悪魔。

「進めっっ! 我が奴隷よ」

「誰が奴隷じゃ」

「フフ……」

悪魔でも、人間みたいな温もりがあることが分かり、なぜか嬉しかった。いつの間にか、メリーザは僕の背中で寝てしまった。

「ゆる…し…て………」

この寝言は聞かなかったことにしよう。それよりも家まであと三十分。万一落としたら、殺される。
緊張とぬるい幸せが、入り乱れていた。


◆◆◆◆◆【探し物】◆◆◆◆◆

『名捨て禁止』と立て看板がある空き地に表札や運転免許、身分証が山のように捨てられていた。しかもパチパチとそれらが燃えている。その現場を見た私は、すぐに消防に連絡した。

火をつけた犯人は意外にも私の近くにいて、左手にライターを持ち、笑いながら赤い炎を見つめていた。


「あの……」

「この場所には、選ばれた人間しか来れない。今は、私とお前」

「どうして……」

「どうして? この場所は過去を清算する場所だよ。アナタも忘れたい過去があるんじゃない? 誰にも言えない秘密が」

一度も私のことを見ようとしない。その端正な横顔は、この炎に憑かれているよう。

ため息一つ。
昔のことを思い出そうとすると酷い頭痛に襲われた。だから、高校以前の事はどうしても思い出せない。

……過去には、興味あるけど。



「その箱は何?」

「えっ!?」

女の細い指が私の胸をさしていた。……知らない小さな『箱』を持っていた。さっきまで、手ぶらだったのに。


この箱の中は?

重いし、臭い。血生臭い。


はぁ……………。


ぁ…………。

………。



何日も何日も逃げ続けた私は、疲れはて誰もいない空き地の草むらに座りこんだ。

長居するのは、危険。この場を去ろうとする私とは逆に、空き地に入ってくる女がいた。タバコを吸っている女が、私が落とした学生証に火をつけた。ニタニタ笑っている。見惚れるほどの美人なのに笑い方がとても下品で不快だった。

「過去をリセットした。もう逃げなくて良いよ。誰もお前を追わないし、犯人だと思わない。父親殺しの犯人だって、ね。ふふ。お前は、今から名無しとして生きるんだよ」

「………名…無し?」


………………………。
…………………。
……………。

澄んだ夜に優しく包まれていると、突然肩を叩かれた。背の高い男の消防隊員に声をかけられる。

「君が、連絡くれたの? 火事は、どこかな?」

「……私は」

自分が誰なのか、全く分からなかった。