私は、自室(汚部屋)に戻ると邪魔な宝石をどかし、その下に埋もれていた木箱の中から大切な絵本を取り出した。もうぼろぼろで、絵も掠れている。寂しい夜、私はこの絵本を抱いて眠る。
この絵本は、姉さんが私にくれた最初で最後のプレゼント。私達の絆。
お姉ちゃんーーー。
会いたい。
ーーーーーーーーーーーーーーー
悪者退治が早く終わると、暇な時間が私には残る。私の部屋にある暇潰しの道具は、お姉ちゃんがくれたこの絵本だけ。
あっ!
お菓子の残りが少ないから、大事に食べなきゃ……。
私は、チョコ味の飴を舐めながら、何度も読んだ絵本をまた最初から読み始めた。主人公の女の子が、無人島で暮らす話。でも、なぜか最後の数枚が破られていた。だから女の子が海を見つめ、何かを言おうとしている場面で話は終わっていた。
「………………」
本を閉じ、私は真っ白な床に寝転がった。手足をバタバタ動かす。海で泳ぐフリ。
海。見たことない。きっと、私の想像を越えたもの。
「海……見たいな。一度でいいから、泳いでみたい」
お姉ちゃんは、この部屋から出ることを絶対に許さない。だから私は、死ぬまでこの部屋にいるしかない。その事を考えると胸が痛くなった。たまに目から涙も出る。
これって、体の病気かな?
今度、お医者さんに診てもらわないと。
「……………」
天井には、黒いスピーカー。
部屋の前方には、鍵つきの大扉。でも本気を出せば、あの扉くらい破壊出来そう。そうしたら、外の世界を見れる。
ダメダメッ!
お姉ちゃんを困らせちゃダメ。それにお外は、危ないし。
もう………考えるのはよそう。私は、今のままでも十分幸せ。
ビーーーーーーーッ!!
ビーーーーーーッ!!
聞いたことのない音が、白い部屋に響いた。
「お姉ちゃん? 何、この音……」
返事がない。スピーカーからは、遠くで誰かが怒鳴っている声。あと、足音が聞こえる。しばらくして、お姉ちゃんの声がした。
「部屋から出なさい」
「えっ!?」
「早く出て、悪者を殺しなさい」
「でも……。部屋の外は危険だから、前にダメだって」
「いいから早く出なさいっ! そして、殺せ。それが、アナタの役目なんだから」
すごく怒ってる。
私は、産まれて初めて外の世界を裸足で歩いた。外の世界は、宮殿のような場所だった。私の白い部屋とは全然違う。床も壁も窓も扉も、全部……。キラキラ、キラキラ輝いていた。豪華さで満ちている。
ペタペタ………。ペタペタ…………。
想像じゃない。これが、リアルな世界。
すごく興奮していた。地面から、足が少し浮いているようなフワフワした感覚。頭が痺れ、全身が震えた。
「これが、外の世界…………」
面白い。
走り回る天使とぶつかって睨まれた。その怒った顔がすごく恐くて……。二度と彼らの邪魔をしないようになるべく壁のそばを静かに歩いた。
誰かの悲鳴が聞こえた。一人や二人じゃない。もっとたくさん。
「…………………臭い」
もう何も聞こえない。だけど今、私が嫌いなアノ臭いがする。狭い通路の角を曲がると、綺麗な女の人が立っていた。その人の両手から、血がタラタラと流れている。この人の血じゃない。良く見ると赤い床には、首や手足がない天使が何人も転がっていた。
「ようやく会えたわね、アンナ」
「お姉ちゃん? どうして、こんなこと………」
「可愛い可愛い私の妹。これはね、あなたが神様になる為の最終試験なの。さっき、私が殺したのは悪魔に寝返った裏切り者達。歴代一位の成績で合格したあなたなら、立派な神になって腐敗したこの世界を元に戻してくれると信じてるわ」
「無理だ…よ……。私には……まだ」
「いいえ、出来る。何のためにあの部屋に何年も閉じ込めたと思ってるの? 汚れた者達との接触を遮断するためよ。もちろん、私も含めてね。三年前の悪魔との大戦で、私自身もかなり汚れてしまった。いつ、彼らのように闇に堕ちてもおかしくない状態。だからね、その前に早くあなたの手で消してほしいの」
「お姉ちゃんは、私の大事な家族でしょ? 殺せないよ」
「そうね……。私達は、家族……。良く聞いて、アンナ。私は、家族以外の奴には絶対に殺されたくないの。それが神としての最後のプライド。日々、汚れていく私をあなたの手で終わりにしてほしい」
お姉ちゃんは、血管の浮き出た右手で光の大剣を握ると、私を貫こうと突進してきた。
「やめてっ!!」
シュッッ。
反射的にお姉ちゃんの胸に腕を突き刺していた。その腕を優しく掴まれると、少しも抜くことが出来ない。
「あなたが、妹で本当に良かった……。合格よ、アンナ。今から、あなたが神様。しっかり……やり…な…さ…ぃ」
「私が神………。お姉ちゃん……。わたし、何をすればいいの?」
姉はそれ以上何も言わず、私の頭を撫でながら静かに死んだ。優しく微笑んだまま。目の端に光る涙。こんなに綺麗な死に顔は、今まで見たことがなかった。
私には、私のやり方がある。
やるべきことが今、はっきりと分かった。
だから、走る。裸足で。
走るーー。
足の皮が剥け、それでも血を流しながら走り続けたーーーー。
『 今更、逃げても無駄ですよ。私は、絶対に裏切り者を許さない 』
私の神としての初仕事。国中を隅々まで捜索し、一晩で悪魔に寝返った裏切り者、六百以上の天使とその家族を女、子供問わず皆殺しにした。
この絵本は、姉さんが私にくれた最初で最後のプレゼント。私達の絆。
お姉ちゃんーーー。
会いたい。
ーーーーーーーーーーーーーーー
悪者退治が早く終わると、暇な時間が私には残る。私の部屋にある暇潰しの道具は、お姉ちゃんがくれたこの絵本だけ。
あっ!
お菓子の残りが少ないから、大事に食べなきゃ……。
私は、チョコ味の飴を舐めながら、何度も読んだ絵本をまた最初から読み始めた。主人公の女の子が、無人島で暮らす話。でも、なぜか最後の数枚が破られていた。だから女の子が海を見つめ、何かを言おうとしている場面で話は終わっていた。
「………………」
本を閉じ、私は真っ白な床に寝転がった。手足をバタバタ動かす。海で泳ぐフリ。
海。見たことない。きっと、私の想像を越えたもの。
「海……見たいな。一度でいいから、泳いでみたい」
お姉ちゃんは、この部屋から出ることを絶対に許さない。だから私は、死ぬまでこの部屋にいるしかない。その事を考えると胸が痛くなった。たまに目から涙も出る。
これって、体の病気かな?
今度、お医者さんに診てもらわないと。
「……………」
天井には、黒いスピーカー。
部屋の前方には、鍵つきの大扉。でも本気を出せば、あの扉くらい破壊出来そう。そうしたら、外の世界を見れる。
ダメダメッ!
お姉ちゃんを困らせちゃダメ。それにお外は、危ないし。
もう………考えるのはよそう。私は、今のままでも十分幸せ。
ビーーーーーーーッ!!
ビーーーーーーッ!!
聞いたことのない音が、白い部屋に響いた。
「お姉ちゃん? 何、この音……」
返事がない。スピーカーからは、遠くで誰かが怒鳴っている声。あと、足音が聞こえる。しばらくして、お姉ちゃんの声がした。
「部屋から出なさい」
「えっ!?」
「早く出て、悪者を殺しなさい」
「でも……。部屋の外は危険だから、前にダメだって」
「いいから早く出なさいっ! そして、殺せ。それが、アナタの役目なんだから」
すごく怒ってる。
私は、産まれて初めて外の世界を裸足で歩いた。外の世界は、宮殿のような場所だった。私の白い部屋とは全然違う。床も壁も窓も扉も、全部……。キラキラ、キラキラ輝いていた。豪華さで満ちている。
ペタペタ………。ペタペタ…………。
想像じゃない。これが、リアルな世界。
すごく興奮していた。地面から、足が少し浮いているようなフワフワした感覚。頭が痺れ、全身が震えた。
「これが、外の世界…………」
面白い。
走り回る天使とぶつかって睨まれた。その怒った顔がすごく恐くて……。二度と彼らの邪魔をしないようになるべく壁のそばを静かに歩いた。
誰かの悲鳴が聞こえた。一人や二人じゃない。もっとたくさん。
「…………………臭い」
もう何も聞こえない。だけど今、私が嫌いなアノ臭いがする。狭い通路の角を曲がると、綺麗な女の人が立っていた。その人の両手から、血がタラタラと流れている。この人の血じゃない。良く見ると赤い床には、首や手足がない天使が何人も転がっていた。
「ようやく会えたわね、アンナ」
「お姉ちゃん? どうして、こんなこと………」
「可愛い可愛い私の妹。これはね、あなたが神様になる為の最終試験なの。さっき、私が殺したのは悪魔に寝返った裏切り者達。歴代一位の成績で合格したあなたなら、立派な神になって腐敗したこの世界を元に戻してくれると信じてるわ」
「無理だ…よ……。私には……まだ」
「いいえ、出来る。何のためにあの部屋に何年も閉じ込めたと思ってるの? 汚れた者達との接触を遮断するためよ。もちろん、私も含めてね。三年前の悪魔との大戦で、私自身もかなり汚れてしまった。いつ、彼らのように闇に堕ちてもおかしくない状態。だからね、その前に早くあなたの手で消してほしいの」
「お姉ちゃんは、私の大事な家族でしょ? 殺せないよ」
「そうね……。私達は、家族……。良く聞いて、アンナ。私は、家族以外の奴には絶対に殺されたくないの。それが神としての最後のプライド。日々、汚れていく私をあなたの手で終わりにしてほしい」
お姉ちゃんは、血管の浮き出た右手で光の大剣を握ると、私を貫こうと突進してきた。
「やめてっ!!」
シュッッ。
反射的にお姉ちゃんの胸に腕を突き刺していた。その腕を優しく掴まれると、少しも抜くことが出来ない。
「あなたが、妹で本当に良かった……。合格よ、アンナ。今から、あなたが神様。しっかり……やり…な…さ…ぃ」
「私が神………。お姉ちゃん……。わたし、何をすればいいの?」
姉はそれ以上何も言わず、私の頭を撫でながら静かに死んだ。優しく微笑んだまま。目の端に光る涙。こんなに綺麗な死に顔は、今まで見たことがなかった。
私には、私のやり方がある。
やるべきことが今、はっきりと分かった。
だから、走る。裸足で。
走るーー。
足の皮が剥け、それでも血を流しながら走り続けたーーーー。
『 今更、逃げても無駄ですよ。私は、絶対に裏切り者を許さない 』
私の神としての初仕事。国中を隅々まで捜索し、一晩で悪魔に寝返った裏切り者、六百以上の天使とその家族を女、子供問わず皆殺しにした。