テレビでしか見たことのない豪邸。
今晩、約束通り彼女の家に来た。両親にこれから会うという緊張よりも、先ほど襲われたワケの分からない悲しみに今も精神を支配されている。

「……………」

「ハクちゃん?」

リアルなメイドに家の中を案内される。場違い感に苛まれながら、しばらく広間で待機していると着替えを済ませた彼女に呼ばれた。バスケが出来るほど広いリビング。三十人は座れそうなテーブルの上には、すでに良い香りを放つ料理が並べられていた。きちんと正装し着席した彼女の両親が、満面の笑みで僕を見ている。

「あっ、あ……。遊木ハクシと申します。カンナさんと、その……。今、お付き合いさせていただいてます」

「ハハハ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。君のことはカンナから聞いている。確か………。小説家を目指してるんだろ? 夢を追いかけ、努力するのは素晴らしいことだよ。ささっ、座りなさい。ご飯にしよう」

威厳のある父親に座るように促され、迷った挙げ句、彼女の隣にちょこんと座った。

「そんなにくっついちゃって……。仲良いのねぇ。素敵よ。パパもそう思うでしょ?」

「あぁ、そうだな」

なぜか、上機嫌の両親。
恥ずかしいのか。頬を染めた彼女が、潤んだ瞳で僕を見ていた。

一瞬。

本当に一瞬、その顔が違う女に見えた。それが誰なのか、分からないけど……。
そんな女に、身震いするほどの情愛を感じた。

髪をかき、この動揺を隠す為、目の前の料理を機械的に口に放り込み続けた。


◆◆◆◆◆◆【狂気】◆◆◆◆◆◆


知らない町で、迷子になった。
歩き疲れ、腹が減った俺は、ある飲食店に入った。


十分後。

目の前に出された肉料理。

「さぁ、さぁ、遠慮しないで食べて下さい。おかわり自由ですから。さぁ!」

「はぃ……。いただきます」

口に広がる旨味のある肉汁。不味くはない。でも………。何の肉だ? これ。やけに黒いし。

「どうです? 味は」

ニコニコしながら、俺の食べる様子を見ている店主。不気味なほど上機嫌。そんな主の隣には看板娘らしき可愛らしい女が立っていた。しかし、その眼は店主とは対照的に悲しみに満ちている。

ついに耐えきれなくなったのか、女は声を殺し、隠れて泣き出した。


「美味しいです………」

「そうですかぁ!! いやぁ~、良かった、良かった。お客様に喜んでいただき、私共も安心しました。さぁ、さぁ、どんどん食べて下さい。遠慮せず」

俺は親の教えもあり、出された料理をとりあえず残さず食べた。


「…………ふぅ」

いつの間にか、店主は消えていて娘一人になっていた。俺は、気になっていたことを聞いてみた。

「どうしてあなたは、先ほど泣いていたんですか?」

「すみません……。でも大丈夫です。嬉し泣きですから。こんなにたくさんお客様に食べていただいて、きっとあの人も喜んでいるはずです」

「あの人?」

店主のこと……か?


女は、いきなり俺の前で跪き、俺の少し膨れた腹を愛おしそうに触りながら、一言呟いた。


「この人の中で、生きてね。アナタ」