喫茶店に彼女の姿がなかった。
若い男性店員に彼女のことを聞いてみた。

「えっ、この店のアルバイトにそんな子いたかなぁ」

「………ごめん。勘違いだったよ」

夢の中で何度か見る可愛い女の子。確か、この喫茶店で働いていた………はず。

夢と現実が曖昧で、自分でも異常なことを言ってるのは分かってる。この店員に頭のおかしい奴だと思われているに違いない。それでも何故か、無性に夢に出てくるあの女が気になり、頭から離れない。

僕は、また小説を書き始めた。でも彼女のことが気になって仕方なかった。集中出来ない。声だけでもいい。彼女の笑い声を聞きたかった。

パチッ!

急に照明が消え、店内が暗くなった。空気が重く、息苦しい。

なんだ? これ……。

先ほどの店員の姿も見えない。客は、僕一人だけ。薄明かりの中、モヤモヤした黒いものが見えた。本棚から這い出ると、その得たいの知れない異形のモノはじぃぃ……と僕を見つめていた。
恐さよりも興味の方が若干勝り、その姿、特徴を急いでノートに描き写した。

目の前に来たモヤモヤは、僕にだけ聞こえる声量で。


『ホントウ…の……オマエ…ミセロ』

そう、耳元で囁いた。

◆◆◆◆◆◆◆【無題】◆◆◆◆◆◆◆◆

彼は、普通の男だった。学校の成績も真ん中くらい。これと言った才能や特技も無い。良くも悪くも普通の人生を歩んできた彼には、誰にも言えない秘密があった。

初めて彼が、『アレ』を見たのは、三歳の時。その時からずっと彼は、『アレ』を見続け、いつしか彼の分身のようになっていた。

平凡だが、幸せな生活。しかし、そう長くは続かなかった。ある日、彼が帰宅すると強盗に家族全員が惨殺されていた。

壊された家族を見ても、なぜか涙は一滴も出なかったと言う。ただ、彼は血に濡れた両手を見つめ、初めて『アレ』に助けを求めた。

目の前にいる『アレ』
名前は、分からない。小さい頃から見えているアレに初めて声をかける。



「僕の家族を殺したヤツを自分の手で殺りたい。力を貸してくれ」


「……………」



黒い霧のような人間の形をした何か、その顔の部分だけが伸び、僕の前に来た。
ニタニタと笑っているように見える。

「オマエガ…ノゾムモノ………アタエ…ヨウ……ダカラ……ホントウノ…オマエヲ…ミセロ」


どういう意味だ?


「いや、意味が………」

アレが、指差す先。白壁に家族写真が飾られていた。幸せを切り取った家族の写真。


妻と一人息子。それと………………………………。

うん?

あれは、誰だ?

妻子と手を繋いで、楽しそうに笑っている男。知らない男だ。

あれ?

意味が、わからない。



「ホントウの……オマエ…ミセロ」


「本当の………」


「ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ」



もう一度写真を見た。そして、床に倒れている女と子供を見る。



あれ?



「……ってか」

コイツら、誰だ?



「ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ、ミセロ」



あ~そっか。思い出した。



僕が、殺したんだ!!



ガチャッ……。

背後でドアが開いた。

「っ、誰だ!! お前」

震えながら、僕を見ている男。写真の中にいた男だ。コイツが、本当の夫……か。



グサッ、グサッ、グサッ。



泣いているこの男に、さっき落としたナイフで背中を何度も何度も刺された。



「俺の…大事な…家族………よくも」


力をかしてよ。



『イイヨー』



黒い人間の形をした何かが近づき………僕とゆっくり重なった。



一時間後ーーーーー。



僕は、三人の死体の前でお笑い番組を見ながら、肉じゃがとご飯を食べた。熱めの風呂に入り、寝る前に甘いチューハイを飲んだ。そして、朝まで柔らかい布団でぐっすり眠った。

目覚めは、今までの人生で一番。最高の気分だった。