「どうしたの?」

「体が熱くて。すご…く……なんだか、イライラする」

医者じゃなくても分かる。
ここ最近の体調の変化は異常。こうして自分の右腕を噛んでいないと今にも発狂しそうだった。腕には、僕の牙が深く突き刺さり、血が溢れている。

ナタリは、急いで喫茶店の外に出ると周囲を見渡し、誰もいないことを確認後、『CLOSE』の札を店のドアにかけた。厚いカーテンで中の様子が見えないようにしていた。

店の奥。休憩室に入る。

ジャラジャラ……。

戻ってきた彼女は、僕が座る席まで鎖で繋がれた女を引きずりながら連れてきた。良く見るとその女は、学校で弱い者達の悪口を陰で言いふらしている前川と言う、とっても嫌な女だった。

「ぃ!? いやっ! やめて。おねがぃぃ……もう……やめて……」

なんだろう、この気持ち。
僕の前で泣きながら、今もクチャクチャ喋っているこの女がとても……。

とっても………。

美味しそうで。


「お腹すいたよね。いいよ………。新鮮なうちに食べて」

立ち上がると周囲にヨダレを撒き散らしながら、なんの躊躇もなく、僕はこの小さな可愛い頭に齧り付いた。

………………………。
………………。
…………。

食事を終え、死んだように眠ったハクシ。彼の真っ赤に染まった口周辺を丁寧にハンカチで拭いながら、彼を苦しめる害虫を捕まえることを決めた。

特別な人間にしか見えない場所。異界との狭間。そこに古びたスナックがある。入口を思い切り、蹴り飛ばした。中から、私を襲おうと数十匹の妖精が飛び出してくる。それらを偶然持っていたコンビニの箸でパシッ、パシッ、と掴むとこれまた偶然持っていた燃えるゴミ用ビニール袋に突っ込み、火山の中へポイッ!

店の奥から怯えた表情の店主が、こそこそ出てきた。猫耳がピクピク小刻みに揺れている。

「彼を苦しめてるのは、アナタね。術の残り香が臭くてすぐに分かった」

「わ、わ、わわ、私じゃありませんっ! ナタリ様。信じて下さい」

「ちょうど地獄に空席が出来たみたい。良かったね」

「あなたのお姉様に頼まれたんですっ!! それで仕方なく」

私の靴を舐める勢いの猫耳オヤジを見下ろす。汚物を見るような目で。

「そんなこと知ってるよ、バカ。…………ねぇ、お姉ちゃん。聞いてるんでしょ? そんなに私が人間と仲良くするの気に入らない?
あんまりふざけたことしないでよ。私にも我慢の限界がある」

私が夜空を睨むと雲が避け、真っ赤な月が見えた。

◆◆◆◆◆◆◆【裏切り】◆◆◆◆◆◆◆

深夜の町に男二人だけ。終電を逃した二人は、あてもなくシャッター商店街を歩いていた。次第に酔いが覚めていく。

「静かな夜ですね」

「う~~~ん。そっすね。あ~、何か暇潰し出来る面白いことないかなぁ。始発まで、まだまだ時間あるし」

「この先に変わった店ならありますよ。今日って、火曜ですよね。小林さんは、ツイてますね。今から行きましょう!」

腐れ縁の佐藤さんに強引に連れていかれた一軒のお店。


あれ?

こんな場所に店なんてあったかな。

「普段は、閉まっているんですよ。火曜のこの時間だけ、店が開くんです。しかも三時間だけ限定で」

なるほど。その話が本当なら、確かにツイてる。外観は、スナックみたい……だな。

躊躇なく、僕達は店の中に入った。
……………………………。
……………………。
………………。

しばらくして、トイレに行くと嘘をつき、小林さんを一人残して店から出た。硝子戸から店内の様子を窺う。暗い店内。明かりは、テーブル上の蝋燭一本だけ。二人用の席に座る小林さんの周りを親指サイズの『妖精』が五匹飛び回っている。

万華鏡のような美しさだ。

その妖しい動きに完全に見惚れている小林さん。あぁなってしまったら、胸を刺しでもしない限り、こっち側に戻ってはこれない。

あれは、人間を虜にする幻術。
それを防ぐために僕は、普段からサングラスをかけているわけ。

閉店。

蝋燭の火が消え、最後に群がる妖精に襲われる小林さんと目があった。僕の悪口をぎゃーぎゃー言っていたことだけは分かった。

しばらくして、猫耳を生やした店主のオヤジが出てきた。

「今度もお願いしますね。毎回、新鮮な生き餌を提供していただき、感謝します。へへへ」

現金が入った分厚い封筒を受けとる。

「はいはい。まいどーー」

はぁ…………。

今夜は、ほんとに静かで良い夜だ。