今のナタリとの生活が、僕の全てだった。
今までは、小説を書いては捨て、書いては捨てを繰り返してきたが、最近は書いた物を捨てずにとっておくようになった。小説は、自分を写す鏡だと思い始めていた。どんなに駄作でもそれが『僕』自身。まぁ……いつかは、過去の自分が何かのヒント、きっかけを与えてくれるかもしれないし。
ナタリは、そんな不完全で未熟な過去の作品群を楽しそうに読んでいた。
寝る前の静かな時間。
「天国って、どんな所? みんな、笑ってるイメージだけど」
「こことあまり変わらない。神様を頂点にしたピラミッド構造なだけ。普通だよ」
「ふ~ん」
「あっ、たださ。ハクシは、地獄行きだから関係ないけどね」
「あぁ…………う…ん。よく、そんな笑顔出来るな」
◆◆◆◆◆◆◆【天国の店】◆◆◆◆◆◆◆
目の前で天国に旅立とうとする、この女性ほど『食』に生きた人はいない。
断言出来る。
「ねぇ~、ねぇ~、おばあちゃん。病気なのぉ?」
「………うん。だからさ、おばあちゃんに頑張れ~って応援してあげような」
「うん!! 応援する。頑張れッ! 頑張れッ! おばあちゃん」
孫のおかげで、部屋が明るくなった。子供の無邪気さに助けられる。
「父さん……。母さんさ、こんな状態なのにまだ何か食べようとしてるよ。ハハ……ほんと、なんだかなぁ」
圭介。ワシの子供が、妻の左手のフォークを取り上げて、優しくその手を握っている。すでに意識のない妻は、それでも右手で何かを口に入れる仕草を繰り返す。
生家であるここに昨日からワシの子供や孫達が、最後のお別れをしようと集まっていた。
「……………婆さん」
孫の応援も虚しく、その晩、妻は息をひきとった。
苦しまないで逝けたんだ。それだけでも良かった。
「婆さん……。今、何を食べているんだ? 天国に行っても婆さんの食は止まらないだろうし。あんまり、神様に迷惑かけちゃダメだぞ」
60年前のことーーーー。
たまたま立ち寄った定食屋で婆さんに会った。その食べっぷりに目と心を奪われ。額の汗を可愛いハンカチで拭いながら、勝負のように真剣にカツ丼を頬張る彼女に一目惚れした。
会計を済ませ、店を出た彼女を慌てて追った。
「はぁ……はぁ………ぁ……。あっ! あの……。さっきは、凄い食べっぷりでしたね。見ていて、惚れ惚れしました。僕もあの店にいたんです」
「………アナタ、失礼じゃないですか? 女性が、食べている姿をそんなに凝視するなんて。もう私について来ないで!」
「まっ、待ってください」
彼女に無視されながら。それでも僕は彼女の横で話し続けた。黄色い絨毯。どこまでも。どこまでも続く稲穂。爽やかな秋の風。彼女の怒った顔。身ぶり手振りで彼女の気を引こうとするワシ。
懐かしいな。
なんだか…………。少し眠くなっ…て………。
『ここは?』
『天国ですよ。はぁ~、ここまで付いて来ちゃうなんて……。お爺さんは、昔から変わりませんね。ほんと』
「婆さんに惚れとるからなっ!」
「…………私も…ですよ」
グゥ~~~~~~。
懐かしい。婆さんの腹の音。
照れ隠しなのか。握っていた手を振りほどくと、スタスタ前を歩いていく。
「あっ、待ってくれ!!」
「…………………」
世界に二人。
婆さんとキラキラ光る雲の道を歩きながら。
もう一度。
あの頃のようにーーーーー。
今までは、小説を書いては捨て、書いては捨てを繰り返してきたが、最近は書いた物を捨てずにとっておくようになった。小説は、自分を写す鏡だと思い始めていた。どんなに駄作でもそれが『僕』自身。まぁ……いつかは、過去の自分が何かのヒント、きっかけを与えてくれるかもしれないし。
ナタリは、そんな不完全で未熟な過去の作品群を楽しそうに読んでいた。
寝る前の静かな時間。
「天国って、どんな所? みんな、笑ってるイメージだけど」
「こことあまり変わらない。神様を頂点にしたピラミッド構造なだけ。普通だよ」
「ふ~ん」
「あっ、たださ。ハクシは、地獄行きだから関係ないけどね」
「あぁ…………う…ん。よく、そんな笑顔出来るな」
◆◆◆◆◆◆◆【天国の店】◆◆◆◆◆◆◆
目の前で天国に旅立とうとする、この女性ほど『食』に生きた人はいない。
断言出来る。
「ねぇ~、ねぇ~、おばあちゃん。病気なのぉ?」
「………うん。だからさ、おばあちゃんに頑張れ~って応援してあげような」
「うん!! 応援する。頑張れッ! 頑張れッ! おばあちゃん」
孫のおかげで、部屋が明るくなった。子供の無邪気さに助けられる。
「父さん……。母さんさ、こんな状態なのにまだ何か食べようとしてるよ。ハハ……ほんと、なんだかなぁ」
圭介。ワシの子供が、妻の左手のフォークを取り上げて、優しくその手を握っている。すでに意識のない妻は、それでも右手で何かを口に入れる仕草を繰り返す。
生家であるここに昨日からワシの子供や孫達が、最後のお別れをしようと集まっていた。
「……………婆さん」
孫の応援も虚しく、その晩、妻は息をひきとった。
苦しまないで逝けたんだ。それだけでも良かった。
「婆さん……。今、何を食べているんだ? 天国に行っても婆さんの食は止まらないだろうし。あんまり、神様に迷惑かけちゃダメだぞ」
60年前のことーーーー。
たまたま立ち寄った定食屋で婆さんに会った。その食べっぷりに目と心を奪われ。額の汗を可愛いハンカチで拭いながら、勝負のように真剣にカツ丼を頬張る彼女に一目惚れした。
会計を済ませ、店を出た彼女を慌てて追った。
「はぁ……はぁ………ぁ……。あっ! あの……。さっきは、凄い食べっぷりでしたね。見ていて、惚れ惚れしました。僕もあの店にいたんです」
「………アナタ、失礼じゃないですか? 女性が、食べている姿をそんなに凝視するなんて。もう私について来ないで!」
「まっ、待ってください」
彼女に無視されながら。それでも僕は彼女の横で話し続けた。黄色い絨毯。どこまでも。どこまでも続く稲穂。爽やかな秋の風。彼女の怒った顔。身ぶり手振りで彼女の気を引こうとするワシ。
懐かしいな。
なんだか…………。少し眠くなっ…て………。
『ここは?』
『天国ですよ。はぁ~、ここまで付いて来ちゃうなんて……。お爺さんは、昔から変わりませんね。ほんと』
「婆さんに惚れとるからなっ!」
「…………私も…ですよ」
グゥ~~~~~~。
懐かしい。婆さんの腹の音。
照れ隠しなのか。握っていた手を振りほどくと、スタスタ前を歩いていく。
「あっ、待ってくれ!!」
「…………………」
世界に二人。
婆さんとキラキラ光る雲の道を歩きながら。
もう一度。
あの頃のようにーーーーー。