立ち入り禁止になっている学校の屋上。普段は不良達のたまり場になっているが、今の季節は寒くて誰も来ない。

フェンスに寄りかかり、灰色の世界をぼんやりと見ていた。

「黄昏過ぎじゃない?」

「ここから見る景色が好きなんだ」

「私も好き。はぁ~~。今日は、バイト休みだから自由だぁあーーー。シャーーーー!!」

背伸びして、拳を天高く突き上げる少女。足が、プルプル震えていた。

「………いや、バイト中も好き勝手やってるじゃん。ところで……あ、あのさぁ。えっ……と、ん~~。そろそろ一緒に住まないか? ナタリもアパートの家賃払うの大変だろ。僕、一人だからさ………。空いた部屋使えばいいし」

「エッチなことしない?」

「………それは、約束出来ない。ただ、今よりももっとナタリと一緒にいたい。それだけなんだ。いつも………僕のそばにいてほしい」

「うん、分かった。あっ! 頭にゴミがついてるよ。今、取ってあげるね」

ゴミを取ったついでに、神様は母親のような優しさで、僕の頭を撫でてくれた。誰にも見られたくない姿。

「今だけは私のこと、ママって呼んでもいいよ? 帰ったら、いっぱいいっぱい膝枕して甘えさせてあげるね」

「やめ…ろ、それ……」

「ハクシは、こういうの好きだと思ったんだけどなぁ?」

意地悪く笑う。

「…………」

カリっ!

「そんっ、なとこ……噛んじゃ…ダ…メ」

甘噛し、照れ隠し。こういう行動が、いかにもガキっぽい。
夕陽よりも頬を染め。新たな癖が発動しそうな自分を必死に抑え込んでいた。


◆◆◆◆◆◆◆【砂漠の海】◆◆◆◆◆◆

あの日ーーー。

世界が、壊れてしまった日。

僕たちは、確かに学校の屋上にいた。

そして、今もこうして屋上にいる。僕たちは、この場所から出ることが出来ない。


出れないのは………きっと。

ここで死んでしまったからだろう。肉体は滅びても、僕たちの魂だけが、この場所に囚われている。

「大丈夫?」

「うん。平気」


僕たちの前には、果てのない砂漠が広がっていた。終わりがきた世界は、恐ろしいほど静か。人間も動物も。一匹の蟻ですら、この世界にはもういない。

「恐い?」

「………恐くない」

「嘘だ。震えてるよ」

小さな体が、さらに小さくなり、今も何かに怯えていた。

「私たち、死んだの?」

「うん。……たぶん」

「…………そう…だね」

「ごめんね。僕が、屋上に呼び出したから」

「ううん、いいの。気にしないで。ここに来たのは、私の意思だし。きっと、どこにいても生き残れなかったよ」


卒業する前に、どうしても君に伝えたかったこと。

言うタイミングは、きっと今じゃない。

だけどーーー。


「好きなんだ。こんな状況なのに告白してごめん。でもさ、でも……」

「うん」


容赦のない朝日が、砂漠の海を黄金に染めていく。目を開けていられないほど眩しかった。


数秒後、再び目を開けると。


彼女の姿が消えていた。どこを探しても見当たらない。僕は、本当に一人になってしまった。この誰もいない壊れた世界に一人。言葉に出来ない孤独感。唯一の救いだった君は、もうこの世界にはいない。


僕に残されたのは、最後に見た彼女の笑顔だけ。
僕は、彼女との思い出にすがって今も屋上に立っている。