学校に着いて、先生が来るまで悪友と昨日見た深夜アニメの話をして盛りあがった。


ガラガラガラ……。


「みんな~、席につきなさい。始めるわよ~」


出席確認を終えた先生が、教室の入口をチラッと見て、誰かを手招きした。

「今日から、このクラスに新しい仲間が加わりますよ。みんな、仲良くしてあげてね~」


教室に入ってきた可愛い女の子。僕を見て、ニコニコ笑っている。

「…………………」

「ニコニコ?」

転校生という設定の神様だった。
いつもいつも、こっちの予想の遥か上をいくな。神様が迷いもなく座る席は、僕の隣。昨日までその席にいた人物のことを僕含め、誰も思い出せない。彼女にとって人一人、この世から消すくらい朝飯前。


「そんな、悪魔みたいに言わないでよ。そもそも消してないし。私の代わりに転校してもらっただけだよ!」

「………いや、それもかなり酷い話だけどな」



◆◆◆◆◆◆◆【伝染】◆◆◆◆◆◆◆◆◆


この学校に転校してきて、良かったことが二つある。


一つは、親友と呼べる友達が出来たこと。

もう一つは、彼女に出会えたこと。



「あのさ……今日、告白しようと思うんだ」

「へぇーー、告白? 頭も顔も悪いお前が?」

「………うん。頭も顔も悪い僕がだよ」

「誰に告白するん?」

「それは」

「あっ!! 分かった。名前忘れたけど、この前転校してきた巨乳の」

「違うよ。三年のさ……。南先輩」


「はぁ? みなみ? バカッッ!! あの人は、やめとけ。絶対っ!」



告白することを友達に話したら、猛反対された。悪友の顔は、いつもと違い真剣そのもので、本気で僕を止めようとしているのが分かった。


「おい! 待てよ」


友達の忠告を無視し、僕は教室を飛び出した。
この想いを伝えないと一生後悔する。それだけは、バカな僕にも分かる。

南先輩の行動パターンを完全に把握していた僕は、先輩が夕方のこの時間。誰もいない(入ってはいけない)屋上にいることを知っていた。


ギィィィ…………。


屋上に繋がる扉。その鉄扉を静かに閉め、先輩にゆっくり近付く。


「あの………」

先輩は、屋上のフェンスに寄りかかって、山に沈む夕焼けを見ていた。


「誰? あなた」

「あっ、二年の真中です」

「私に何か用?」

「あっ、えっ……と」

「ないなら出てって。一人にして」

「……………」


この場を去ろうとした僕の足が、【後悔】【腰ぬけ】と書かれた冷たい鉄扉の前で止まった。



「好きなんです。先輩が。だから……。だから、僕と付き合ってください」


「……………」



捨て台詞のような告白。完全に失敗したと落ち込む。


「いいよ」

「!?」


聞き間違いかと思ったが、そうではなかった。その日、僕に初めての彼女が出来た。人生最良の日。


次の日、笑いを堪えながら、友達の佐竹に話した。


「正式に先輩と付き合うことになったよ」

「はぁ~、あれだけ止めとけって言ったのに……。お前は、転校してきたから知らないだろうけど、あの先輩と付き合うと皆不幸になるんだよ。結構、有名な話だぜ? ほんっと、お前ってバカだな」



一ヶ月もたたないうちに僕は、確信した。あの時の佐竹の言葉が、真実だったことを。
先輩と付き合い始めると頻繁に怪我をするようになった。ほぼ毎日、命の危険を感じる事故にも遭遇する。一番怖かったのは、他の人には見えない黒い煙のようなものが見え、例えば足にその煙がつくと必ず後で足を怪我した。



でも。



【 僕が先輩との関係に限界を感じたのは、決して自分が不幸になったからではない 】




それは違うと断言できる。僕だけなら、いい。
僕だけなら、まだ我慢出来た。


親友が、学校に来なくなった。あの元気だけが取り柄の佐竹が、入院した。後日、見舞いに行き、狭い病室で僕は見た。佐竹の胸の辺りにあの黒い煙が蠢いているのを。佐竹がこうなってしまった原因は、僕にある。今も僕の足から、彼の体に黒煙が移動し続けている。

この不幸は、僕だけでなく周りの人間にも伝染する。


「なんだよ、来たのかよ~。しかも……手土産は、なし…か。今日は、どうした?」


「………ごめん」


「は? なんで、お前が謝るんだよ。ところで、どうよ。最近。先輩とは、もうエッチした?」


「………してない」


「ふ~ん。そっか、そっか。まーだ童貞君のままか」


「……………」


「……………………」



居心地の悪さに耐えきれなくなった僕は、逃げるように病室を出た。弱った親友をこれ以上見ているのも辛かった。



僕は、すぐに学校に行き。
屋上の住人。南先輩に謝り、別れることにした。


「いいよ」


先輩は、付き合う時も別れる時も一緒。僕に対する未練は、感じなかった。こうなることを初めから分かっていたんだろう。


「…………」

でも本当は、気づいていた。
先輩が、声を殺して泣いていることに。

振り返らず。

「ごめんなさい」

何度も何度も鉄扉に謝った。