僕の人生をメチャクチャに掻き乱した彼女。

どうしてこんなに。

死ぬほど愛おしいんだろうーーー。

◆◆◆◆◆【0】◆◆◆◆◆◆

甘い人間、逃げ癖のある僕は、自分の限界を思い知ると必ずここに来る。
何度、落選したか……。バカらしくて、途中から数えるのもやめた。
結局のところ、才能がない。

もう、さすがに無理かもしれない………。

だけど、夢の欠片が僕の挫折をいつもいつも邪魔する。

誰かッ!!

今すぐビンタして目を覚まさせてくれ。
……………………。
……………。
……。

「はぁ~~」

静かな夜の喫茶店。客は少なく、店内では曲名は思い出せないけど、どこかで聞いたことのある懐かしい歌が流れていた。

ふと外を見ると、路面がテカテカ光っており、憎い雨が降り始めたことに気づいた。僕は、いつもの指定席に座ると小さなリュックから一冊のノートを取り出す。ここではない奇妙な世界に思いを馳せる。スラスラとまではいかないけど、なぜか家よりもこの場所の方が落ち着いて書くことが出来た。

ベシィッッ!!

突然襲う、強烈な頬の痛み。

「いっ!? 痛っ……。なんでいきなりビンタするんだよ!!」

「心の中でビンタしてって言ってたでしょ? そんなに怒らないでよ。悲しくなっちゃう……。ところで、今度は何を書いてるの?」

「ホラーっぽい話……」

ヒョコっと顔を出したバイト中の友達が、アイスティーを僕の横に静かに置いた。

「ありがと………」

「これ飲んでさ、元気出しなよ」

信じてもらえないだろうけど、この小動物のように可愛い少女は『神様』。人間の振りをして、この人間界で自由気ままに生活している。一応これでも神様なので、魔法のような……不思議な力があり、度々とんでもない事をしでかす。

「なんか、腹立つ言い方だなぁ。相変わらず、人間の癖に生意気だね、キミって」

神様は、腕を組みながら僕の隣にドカッと座る。

「仕事中でしょ? サボるなよ」

「いいの、いいの。客は、アナタしかいないんだから~」

「………まぁ、確かに」

「いいの、いいの。私の店だから」

「それは、違うだろ」

「ハハハ」

神様は、無邪気に笑っていた。
一度ため息をついた後、また自分の世界に戻っていく。

しばらくして、

「頑張ったんだから、仕方ないよ。次だよ、次。頭切り替えていこっ!」

「そんな……簡単に言うなよ。はぁ~~」

「ハクシは才能あるから、きっとプロになれるよ」

「才能なんてない……。今日、また一次落ちしたし。はぁ~~~~~~」

「じゃあ、なんでまだ書いてるの?」

「さぁ………」

「書くことが好きならさ。まだ好きでいられるなら。それが、一番の才能じゃない?」

「…………………」

甘くはない液体を強引に喉に流し込んだ。

動揺と悔しさ。それらが溶けた涙も一緒に飲み込んだ。

「必ず、プロになる……」

「うんっ! その言葉を聞いたの三十二回目だけど、楽しみにしてるね」

不純な理由かもしれないけどさ、プロになって、もっと君の笑顔が見たい。


突然、激しい頭痛に襲われた。世界を拒絶するようにギュッと目を閉じる。数分後、ようやく目を開けると目の前に先ほどまでなかった『黒い封筒』がそっと置かれていた。
彼女が置いたに違いないと辺りを探したけど、誰の気配も感じなかった。


◆◆◆◆◆【黒い封筒】◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「は? なんだ、コレ」


家のポストに見たことのない黒い封筒があった。

手に取り良く見ると、その黒い封筒はざわざわと小さく動いている。俺は反射的にその封筒を地面に叩きつけた。



ザワザワザワザワザワザワサ



封筒にくっついていたのは、虫。虫の群れ。その虫たちが離れると黒い封筒は、ただの白い封筒になった。


白い封筒の中身を恐る恐る見ると、見たことのない字? が、びっしりと紙全体に書いてあった。内容は分からなかったが、自分に対する強い憎しみを文面から感じた。


今までに意識、無意識関係なく殺してきた虫たち。


目の前から、黒い風……いや、無数の虫が俺に迫ってきている。


俺に、逃げ場はない。俺がそうであったように、今度は虫たちが、害な俺を殺そうとしている。