獣日和

さっきまで降っていた黒い雨が止んだ。
私は、名前すら知らない町を裸足で歩いていた。広すぎるよ。この世界。あの真っ白な部屋とは大違い。


「……………」


どうしてあの女は、逃げようとした私を止めなかったんだろう?
私は獣人の敵で。絶対に殺さなきゃいけない存在なのに。


『これからは、自由に生きなさい』

優しく笑いながら、一言だけ。今までパパしか知らなかったけど、もし私にもママがいたら、こんな感じなのかなぁと思った。もちろん、あの人は本当のママじゃない。だけど今、私は温かい何かに満たされていた。


「……………」

逃げたは良いけど、これからどうしよう。分からない。

ねぇ、パパ。

パパ…………。

………。

私には、今まで何人ものパパがいた。一年同じパパもいれば、一週間で違うパパに変わったこともある。『パパ』と名乗る白衣を着た男達は、私に何度も何度も何度も何度も獣人を殺させた。獣人を殺すとご褒美にお菓子やケーキをくれた。
少しでも殺すのを躊躇ったり、余計なことをするとご飯を抜きにされた。

でも本当は、あんなことしたくなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

静かな部屋。
私以外に誰もいない。天井から、声がする。パパの声。

『何か欲しい物ある?』

『ないです』

『そう……。何かあったら、パパに教えてね』

『はい』

『じゃあ、次の悪者退治もお願いね』

『はい』



ビーーーーーッッ!!!!


目の前のドアが、開いた。少しだけ外が、見えた。私が知らない外の世界。
産まれてから、ずっと私はここにいる。この白い部屋にいる。部屋の外は危険だから、絶対に出ちゃダメだとパパに言われている。

いつものように私の部屋に悪者が入ってきた。

私は、悪者が嫌い。
パパが、悪者が嫌いだから。

私が彼らを退治しないと、世界はもっとダメになってしまうとパパが前に言っていた。

この悪者は、私を見ると

「あなたを倒せば、ここから出られる。あなたを殺せば……」

「?」

意味が、分からない。でもこの悪者も前の悪者と同じことを言っていた。

私は、少しだけ。この悪者と話をすることにした。


「ここから出て、どうするの?」

「そんなの決まってるじゃない!! 家族のとこに帰るの。あなたにもいるでしょ? 家族が。心配してくれるパパやママが」


カ……ゾク?

ママはいないけど、私にはパパがいる。まだ一度も会ったことがないパパ。いつも声だけ。


パパは、家族?

分からない。


「ごめんなさい。あなたには、悪いけど。私は、私は………。もう帰りたいの!!」

悪者は、十秒もしないうちに獣の姿になった。先ほどの可愛い姿は、なんだったんだろう。


「だがら………死ん…デ……」


私を襲おうと向かってきた。鋭い歯。爪。尖った耳。

「やっぱり……。悪者は、み~んな一緒」


私を傷つけようとする。仲良く出来ない。


ピッ、ヴュッ。



私は、思い切り悪者の顔面を殴った。すると悪者の頭から、ブリュッと脳ミソが飛び出て、目玉や良く分からない血の塊が、部屋に散らばった。

あ~ぁ。また、部屋が汚れちゃった。

「良くやった。さすが、パパの娘だ」

「ねぇ、パパ。パパは、私の家族なの?」


「あぁ……」


なんで嘘をつくの。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


また雨が降ってきた。
私の前に、獣の香りがする男の人が立っていた。無表情で私を見ていた。

「………………」

「………………」


お互い無言。雨音だけ。


「わたしの………」

「なに?」

「わたしの、新しいパパになってくださいっ!」


「………なんだよ、それ」


男の人は、スゴく困った顔をしていた。でも少しだけ、笑ってくれた。

「ダメ?」

この男は、私と似ている。
人間? 化物? それとも両方。
ずっと一人で、何もない孤独すぎる世界の中にいる。


「分かった。……一緒に行こう。離れるなよ」

「うんっ!!」


だけど今は。

今だけはーーーーー。

誰かの側で、咲いていたい。