冷静に考えてみれば、僕の今までの人生。逃げてばかりだった。運が良いのか、悪いのか。それでも何とか無事に毎日を過ごせてきたが……。
でも、もう自分の運命から逃げ続けることはしたくない。初めて、今まで言うのを我慢していた心の痼をおじいちゃんに吐き出した。自分の両親について聞いた。ナナの母親の話もした。
「ついに知ってしまったんだね。でもいつまでも隠せることでもないか……。ごめんね、今まで。ナオちゃんの両親は、政府から捕獲、処刑対象になっている獣人だよ」
おじいちゃんは、悪くない。何も悪くないよ。
「今は、どこで何してるの? そもそも日本にいるの?」
「一ヶ月前の手紙には、長野にいるって書いてあった。……何をしているかは、知らない。知ったところで、こっちは何も出来ないしね。いつも一方通行さ」
おじいちゃんは、日本酒をチビチビ飲みながら、テレビ台の上に乗っている家族写真を見つめた。その写真は、十年以上前に家の玄関前で撮影したもの。まだ赤ん坊だった僕と両親、それとおじいちゃんがこれ以上にないくらい嬉しそうに笑っていた。この写真がなかったら、僕は両親の顔すら知らなかったことになる。本当に貴重な一枚。僕に残された家族の繋がり。
「おじいちゃんは、命を狙われたりしなかった?」
「大丈夫だったよ。まぁ怪しい連中が待ち伏せしてたり、ナイフ持って話しかけたり、モデルガン的なもので寄ってきたりしたことはあったけど。おじいちゃんも格闘技習ってて、強いからさ。特に問題なかった。霊華ちゃんにも色々と助けてもらったしね」
結構危険な目に遭ってたんだな。
「今度の休みあるでしょ? 僕さ」
両親に会いに行こうと思うんだ。その言葉の続きが口から出てこなかった。無意識におじいちゃんに気を遣っていた。
「それは、ダメだよ。許すわけにはいかないな。だって、そうでしょ? まだ安全じゃないこの状況で会いに行くなんて危険過ぎる」
おじいちゃんは、滅多なことで僕にダメとは言わない。僕が望めば、大抵のことを許可してくれる。でも今回のこの計画は、僕も譲るわけにはいかなかった。
「ダメって言っても僕は行くよ。詳しい住所を教えてくれなくても長野中を探してでも必ず親に会う。会って、話したいことが山ほどあるんだ。だから………。ごめんなさい」
おじいちゃんは立ち上がると、空になった一升瓶を持って台所に行った。行くときは怒っているようにも見えたが、戻ってきたときはいつもの優しい顔になっていた。手に持っているスマートフォンで誰かに電話をかけている。すぐにそれが、お店で働いているマリリン(年齢不詳、性別微妙)だと分かった。電話口から聞こえてくる声は、野太く特徴的で一瞬で判断できた。
「悪いけど今度の休み、俺休むからさ。後のことは宜しくな。店長代理ってことで頼むわ、マリリン」
電話口から明らかな怒声が聞こえたが、おじいちゃんは無理矢理電話を切った。
「そういうわけで、おじいちゃんもナオちゃんと一緒に長野に行くことに決めたよ。その方が安心出来るしさ。これだけは譲れないよ。いいね?」
「うん」
僕に拒否する理由はなかった。
当日。僕とおじいちゃんは、新幹線のホームにいた。
「……………あ、あのさ。どうしてこうなるの」
「昔のギャグ? それ」
ナナが、僕に話しかける。
「ナナちゃん、こんなに新幹線の中でお弁当食べれる?」
おばさんが、ナナの寝癖を丁寧に直しながら呟く。
「まぁ、ナナとおばさんがついてくるのは、千歩譲って分かるよ。でもさ」
「ナオ、さっきから何をそんなにプリプリ怒ってるの? せっかくの男前が台無しだよ。ねぇ、ナナちゃん。ナオが、善意で僕に自分の席を譲ってくれたから、僕たち隣同士の席になったよ」
「お前の指定席は、トイレの便座だろ」
「………僕が新幹線でいなくなったら、割れた窓ガラスの下に落ちている僕の眼鏡を形見としてナオには持っていてほしい」
「なんで、未来まで来てるんだよっ!! これは、ただの旅行じゃないんだからさ」
「は? なんでって、僕たち友達でしょ? ナオが、今まで離ればなれだった両親と再会するんだから、友達としてその面白い場面を目に焼き付けておこうと思ってね」
未来の思考は、どこかで致命的なショートを起こしているに違いない。新幹線に乗り込んだ僕たちは、ギャーギャー騒ぎながら、ムシャムシャ色々食べながら長野へと向かった。彼らは、窓の外から見える田舎の風景に癒される間すら僕に与えてくれない。長野に着く頃には、ぐったりと気疲れしていた。
時間が許す限り、両親がいる村の近くまで移動する。その夜は、ホテルに全員で泊まった。快適な夜を過ごすことが出来た。
だが、次の日。事件が起きた。朝早く、僕はナナに両頬をビンタされて起こされた。
「痛っ!? へ、なな、なに?」
思考がまとまらず、頬も痛かった。朝から、なんていう仕打ちだ。
「大変なのっ! 荷物が盗まれちゃった、全部」
「盗まれた? 誰に」
それが分かったら、苦労しないか。ってか、こんな田舎でも窃盗はあるんだな。まぁ、警察に連絡して対処してもらおう。
僕は、ナナに引っ張られて、おばさんとおじいちゃんがいるホテルのロビーへと向かった。二人の顔を見て、事態の最悪さに気付いた。
「おじいちゃん。荷物盗まれたって本当?」
「あぁ。でも最悪なのは、そこじゃない。周りを見てみな」
僕は周囲を見渡した。豪華なホテルのロビー。一見、変わったところはないようだ。でも何かがおかしい。なんだ、この違和感。
「………いない。誰も」
客や従業員。僕たち以外に誰もいないのだ。朝早いが、従業員が一人もいないのはおかしい。
「どこで情報が漏れたか分からないけど、私たちが獣人だってばれたみたいね」
落ち着いた様子のおばさんは、ホットコーヒーを飲みながら呟いた。このホテルの従業員は全員逃げたってことか?
「ナオ君とおじ様は、そこのサービスカウンターの後ろに隠れていてちょうだい。後は、私が何とかします」
おばさんは、そう言うとコーヒーの入っていたカップを思い切り外に投げた。メインタワー入口の自動ドアにぶつかり、大きな音を立ててカップは砕けた。すると外から爆音がして、ドアが粉々に砕け、無数の銃弾がホテルの床を穴だらけにした。鼓膜が震え、耳を両手で押さえても耳鳴りがしばらく止まなかった。白煙で視界が不鮮明。
「ナナ!! 大丈夫か?」
僕は、叫んだ。
「大丈夫。ナオも大丈夫?」
「ま、まぁ、何とか。でも耳が………痛ぇ」
良かった。全員無事か。それにしてもいきなり発砲してくるなんて。ここは、日本。信じられない。マシンガンのような銃弾を連続発射出来るものが、僕たちの命を外から狙っている。今、外に出ようものなら、体は穴だらけ。しばらくして、白煙が収まるとおばさんとナナが僕の元へと駆け寄ってきた。
「さっきは、任せろみたいな偉そうなこと言ってごめんなさい。マシンガンは、私たち獣人の目でも捌ききれないわ。単発の銃なら、避けることも可能なんだけどね。これじゃあ、敵が何人いて、どこから狙っているかも分からない。困ったなぁ」
そう言う割には、うっすらと口元に笑みを浮かべていた。余裕を感じる。
「でもすぐに敵の攻撃も止みましたね。突入してくるかと思ったのに。何か、嫌な予感がするな。すごく」
「私たちが、自滅するのを待っているのよ。下手に突入してくるより、外で待っていた方が確実に仕留められると思ってるんじゃないかな」
「じめつ………。自滅ってどういう意味ですか?」
「荷物がなくなったって言ったでしょ。あの荷物の中には、薬が入っていたのよ。それを全部盗まれちゃったから、もし次に発作が起きたら、止める手段がないの。最悪の場合、私たちがナオ君とおじ様を襲って惨殺。それでも発作が止まらなかったら、次に獣人同士の殺し合いにまで発展するかもね」
最悪のシナリオだ。でも現実に起こりうるこの状況。ヤバイ。
「霊華ちゃん。あとどのくらいもちそう? 発作が起こるまで」
今まで静かにタバコを吹かしていたおじいちゃんが口を開いた。
「私とナナちゃんは、昨晩飲んだから大丈夫よ。でも心配なのは、未来ちゃんなのよね。あの子、いつ飲んでた?」
「………たぶん、飲んでないです。昨夜は、ずっと僕と部屋でゲームしてましたし。朝飲めばギリギリ間に合うって笑ってた」
「じゃあ、あと一時間弱ってところね。まずい」
なんか、前にもこんなことあったな………。学習能力ゼロか、アイツ。
今、最も気にかけなくてはいけないのは、未来の発作だ。もし発作が起きれば、おばさんとナナで未来の暴走を止めないといけない。そんなことをしている間におばさんとナナの発作が起きてくる。悪いことが次から次へと。
でも、もう自分の運命から逃げ続けることはしたくない。初めて、今まで言うのを我慢していた心の痼をおじいちゃんに吐き出した。自分の両親について聞いた。ナナの母親の話もした。
「ついに知ってしまったんだね。でもいつまでも隠せることでもないか……。ごめんね、今まで。ナオちゃんの両親は、政府から捕獲、処刑対象になっている獣人だよ」
おじいちゃんは、悪くない。何も悪くないよ。
「今は、どこで何してるの? そもそも日本にいるの?」
「一ヶ月前の手紙には、長野にいるって書いてあった。……何をしているかは、知らない。知ったところで、こっちは何も出来ないしね。いつも一方通行さ」
おじいちゃんは、日本酒をチビチビ飲みながら、テレビ台の上に乗っている家族写真を見つめた。その写真は、十年以上前に家の玄関前で撮影したもの。まだ赤ん坊だった僕と両親、それとおじいちゃんがこれ以上にないくらい嬉しそうに笑っていた。この写真がなかったら、僕は両親の顔すら知らなかったことになる。本当に貴重な一枚。僕に残された家族の繋がり。
「おじいちゃんは、命を狙われたりしなかった?」
「大丈夫だったよ。まぁ怪しい連中が待ち伏せしてたり、ナイフ持って話しかけたり、モデルガン的なもので寄ってきたりしたことはあったけど。おじいちゃんも格闘技習ってて、強いからさ。特に問題なかった。霊華ちゃんにも色々と助けてもらったしね」
結構危険な目に遭ってたんだな。
「今度の休みあるでしょ? 僕さ」
両親に会いに行こうと思うんだ。その言葉の続きが口から出てこなかった。無意識におじいちゃんに気を遣っていた。
「それは、ダメだよ。許すわけにはいかないな。だって、そうでしょ? まだ安全じゃないこの状況で会いに行くなんて危険過ぎる」
おじいちゃんは、滅多なことで僕にダメとは言わない。僕が望めば、大抵のことを許可してくれる。でも今回のこの計画は、僕も譲るわけにはいかなかった。
「ダメって言っても僕は行くよ。詳しい住所を教えてくれなくても長野中を探してでも必ず親に会う。会って、話したいことが山ほどあるんだ。だから………。ごめんなさい」
おじいちゃんは立ち上がると、空になった一升瓶を持って台所に行った。行くときは怒っているようにも見えたが、戻ってきたときはいつもの優しい顔になっていた。手に持っているスマートフォンで誰かに電話をかけている。すぐにそれが、お店で働いているマリリン(年齢不詳、性別微妙)だと分かった。電話口から聞こえてくる声は、野太く特徴的で一瞬で判断できた。
「悪いけど今度の休み、俺休むからさ。後のことは宜しくな。店長代理ってことで頼むわ、マリリン」
電話口から明らかな怒声が聞こえたが、おじいちゃんは無理矢理電話を切った。
「そういうわけで、おじいちゃんもナオちゃんと一緒に長野に行くことに決めたよ。その方が安心出来るしさ。これだけは譲れないよ。いいね?」
「うん」
僕に拒否する理由はなかった。
当日。僕とおじいちゃんは、新幹線のホームにいた。
「……………あ、あのさ。どうしてこうなるの」
「昔のギャグ? それ」
ナナが、僕に話しかける。
「ナナちゃん、こんなに新幹線の中でお弁当食べれる?」
おばさんが、ナナの寝癖を丁寧に直しながら呟く。
「まぁ、ナナとおばさんがついてくるのは、千歩譲って分かるよ。でもさ」
「ナオ、さっきから何をそんなにプリプリ怒ってるの? せっかくの男前が台無しだよ。ねぇ、ナナちゃん。ナオが、善意で僕に自分の席を譲ってくれたから、僕たち隣同士の席になったよ」
「お前の指定席は、トイレの便座だろ」
「………僕が新幹線でいなくなったら、割れた窓ガラスの下に落ちている僕の眼鏡を形見としてナオには持っていてほしい」
「なんで、未来まで来てるんだよっ!! これは、ただの旅行じゃないんだからさ」
「は? なんでって、僕たち友達でしょ? ナオが、今まで離ればなれだった両親と再会するんだから、友達としてその面白い場面を目に焼き付けておこうと思ってね」
未来の思考は、どこかで致命的なショートを起こしているに違いない。新幹線に乗り込んだ僕たちは、ギャーギャー騒ぎながら、ムシャムシャ色々食べながら長野へと向かった。彼らは、窓の外から見える田舎の風景に癒される間すら僕に与えてくれない。長野に着く頃には、ぐったりと気疲れしていた。
時間が許す限り、両親がいる村の近くまで移動する。その夜は、ホテルに全員で泊まった。快適な夜を過ごすことが出来た。
だが、次の日。事件が起きた。朝早く、僕はナナに両頬をビンタされて起こされた。
「痛っ!? へ、なな、なに?」
思考がまとまらず、頬も痛かった。朝から、なんていう仕打ちだ。
「大変なのっ! 荷物が盗まれちゃった、全部」
「盗まれた? 誰に」
それが分かったら、苦労しないか。ってか、こんな田舎でも窃盗はあるんだな。まぁ、警察に連絡して対処してもらおう。
僕は、ナナに引っ張られて、おばさんとおじいちゃんがいるホテルのロビーへと向かった。二人の顔を見て、事態の最悪さに気付いた。
「おじいちゃん。荷物盗まれたって本当?」
「あぁ。でも最悪なのは、そこじゃない。周りを見てみな」
僕は周囲を見渡した。豪華なホテルのロビー。一見、変わったところはないようだ。でも何かがおかしい。なんだ、この違和感。
「………いない。誰も」
客や従業員。僕たち以外に誰もいないのだ。朝早いが、従業員が一人もいないのはおかしい。
「どこで情報が漏れたか分からないけど、私たちが獣人だってばれたみたいね」
落ち着いた様子のおばさんは、ホットコーヒーを飲みながら呟いた。このホテルの従業員は全員逃げたってことか?
「ナオ君とおじ様は、そこのサービスカウンターの後ろに隠れていてちょうだい。後は、私が何とかします」
おばさんは、そう言うとコーヒーの入っていたカップを思い切り外に投げた。メインタワー入口の自動ドアにぶつかり、大きな音を立ててカップは砕けた。すると外から爆音がして、ドアが粉々に砕け、無数の銃弾がホテルの床を穴だらけにした。鼓膜が震え、耳を両手で押さえても耳鳴りがしばらく止まなかった。白煙で視界が不鮮明。
「ナナ!! 大丈夫か?」
僕は、叫んだ。
「大丈夫。ナオも大丈夫?」
「ま、まぁ、何とか。でも耳が………痛ぇ」
良かった。全員無事か。それにしてもいきなり発砲してくるなんて。ここは、日本。信じられない。マシンガンのような銃弾を連続発射出来るものが、僕たちの命を外から狙っている。今、外に出ようものなら、体は穴だらけ。しばらくして、白煙が収まるとおばさんとナナが僕の元へと駆け寄ってきた。
「さっきは、任せろみたいな偉そうなこと言ってごめんなさい。マシンガンは、私たち獣人の目でも捌ききれないわ。単発の銃なら、避けることも可能なんだけどね。これじゃあ、敵が何人いて、どこから狙っているかも分からない。困ったなぁ」
そう言う割には、うっすらと口元に笑みを浮かべていた。余裕を感じる。
「でもすぐに敵の攻撃も止みましたね。突入してくるかと思ったのに。何か、嫌な予感がするな。すごく」
「私たちが、自滅するのを待っているのよ。下手に突入してくるより、外で待っていた方が確実に仕留められると思ってるんじゃないかな」
「じめつ………。自滅ってどういう意味ですか?」
「荷物がなくなったって言ったでしょ。あの荷物の中には、薬が入っていたのよ。それを全部盗まれちゃったから、もし次に発作が起きたら、止める手段がないの。最悪の場合、私たちがナオ君とおじ様を襲って惨殺。それでも発作が止まらなかったら、次に獣人同士の殺し合いにまで発展するかもね」
最悪のシナリオだ。でも現実に起こりうるこの状況。ヤバイ。
「霊華ちゃん。あとどのくらいもちそう? 発作が起こるまで」
今まで静かにタバコを吹かしていたおじいちゃんが口を開いた。
「私とナナちゃんは、昨晩飲んだから大丈夫よ。でも心配なのは、未来ちゃんなのよね。あの子、いつ飲んでた?」
「………たぶん、飲んでないです。昨夜は、ずっと僕と部屋でゲームしてましたし。朝飲めばギリギリ間に合うって笑ってた」
「じゃあ、あと一時間弱ってところね。まずい」
なんか、前にもこんなことあったな………。学習能力ゼロか、アイツ。
今、最も気にかけなくてはいけないのは、未来の発作だ。もし発作が起きれば、おばさんとナナで未来の暴走を止めないといけない。そんなことをしている間におばさんとナナの発作が起きてくる。悪いことが次から次へと。

