「お、お兄様! どうされたんですか?」
 オディーヌは驚く。王子が来るなんて話は聞いていなかったのだ。

 王子は仏頂面で室内を見回し、ケーキをパクついているシアンを見ると、近づいた。

「おい、お前だな。怪しい魔法を使う魔女というのは?」
 王子は顔をのぞき込むようにして言った。
 シアンはチラッと王子を見て、
「僕は魔女じゃないよ、シアンだよ」
 そう言うと、王子を無視してフォークでケーキを刺して食べようとした。

「無礼者!」
 王子はフォークのケーキをはたき落とした。
 点々と床を転がるケーキ。

 凍り付くレオとオディーヌ……。
 二人にとって超人的な力を持つシアンを怒らせることは、もはや恐怖でしかなかった。

 シアンは、バン! とテーブルを叩きながら立ち上がる。
 ティーカップが転がり、紅茶がポタポタとテーブルからしたたった。

 そしてシアンは全身からブワッと漆黒のオーラを噴き出すと、燃えるような紅蓮の瞳を輝かせ王子をにらんだ。
 王子は気圧され、後ずさりし、腰の剣に手をかけながら(わめ)く。
「な、なにをする気だ! 俺は王位継承順位一位の王族だぞ! 不敬罪だ! 犯罪だ!」

 しかし、シアンは怒りをあらわにしながらフォークを王子に突きつけ、にじり寄る。

 オディーヌは立ち上がって叫んだ。
「お兄様! ダメ! 彼女は王族とか法律とか超えた存在なの。謝って!」
 シアンの漆黒のオーラが部屋中を暴れまわり、カーテンがバタバタと暴れ、花瓶が倒れた。
「あ、謝るだと! なぜ俺が謝らねばならんのだ! ふざけんな!」
 テンパった王子はそう言うと剣を抜く。
 しかし、シアンは表情一つ変えず真紅に瞳を輝かせながら王子に迫る。王子は気圧され後ずさりしたが、部屋の隅に追い詰められ、
「くっ! 無礼者め!」
 そう言うとシアンに斬りかかった。
 王子の剣は鋭い軌道を描いて一瞬でシアンに迫る。だが、シアンは表情一つ変えることなく、指先で持ったフォークでこともなげに受け止めた。
「へっ!?」
 焦る王子。
 シアンはもう片方の手を転がってるショートケーキの方にむけると、ふわりと浮き上がらせる。そして次の瞬間、ケーキが王子の顔に向かってすっ飛んでいき、パンッ! と顔面をクリームだらけにして王子を吹き飛ばした。
「ぐはぁ!」
 無様に転がる王子。