翌日、私は久しぶりに劇団の稽古場へ向かった。
今日から舞台稽古が再開だしね。
稽古場へやってくると、案の定、劇団員から携帯が繋がらないという苦情の
数々。
そりゃそうよ、海の藻屑と消えたんだから。
事実を伝えると、みんな腹を抱えて笑い転げた。楽しい劇団仲間……
でも、もうこの公演が終わったら……。
私は心の中で一抹な寂しさを覚えた。でもこの事はその日が来る時まで言わず
におこう……。ところで、あの人の姿が稽古場には見えなかった。
私は制作部室へ行き「渡部さんは?」と訊いた。すると、
「昨日、ファンから貰ったチョコ食べ過ぎたんですって。腹下って今は……」
隣部屋のトイレを指さすコマワリはニタニタ笑うと、部屋を出て行ってしまっ
た。
制作部室にいるのは私だけとなった。そしてふと目に飛び込んできたのは、渡
部のあの手帳だった。トイレへ駆け込む際にここへ置いて駆け込んだらしい。
「……」

私はその手帳を手に取り、眺めていた。
頭の中で天使と悪魔が両方囁く。
『見てしまえ』『見てはいけないわ』
その声が何度も何度も響き渡った。
いけないことと分かってる、でも私は聖人君子でもなんでもない。
人間らしい人間は時に悪魔へと変わる。
私は手帳の中身を見てしまった。
『1月17日 何回指摘しても劇団員は演技を間違える。頭悪いんじゃねぇの? 死んじまえ!』
『1月27日 今日、真希とケンカした。誰のお陰で今まで主役をやらしてあげたと思ってんだ、男の30はいいけど、女の30はキツイんだよ!』
『2月1日 石川と共にスポンサー巡り。この女もカン違いなの気づかないアホ女。いつまでも人気が続くと思ったら大間違いだ。今が旬だ、使いまくっていずれポイだ』
『2月13日 真希に久しぶりに電話するも一方的に切られた。ムカつく。海の上にいるとかウソ言ってふざけんな! この女、どうしてくれようか』
私は静かに手帳を閉じ、机の上に元通りに置いた。
涙が自然とこぼれてきた。彼はいつも紳士的な振る舞いをしてたけど、それは
ただの演技だったのね。
役者がそんな演技を見抜けないなんて……。
私は自分のふがいなさに涙がとめどもなく溢れていた。
