カフェオレ三十路女が「ちょっくら青春してみるっ!」 とガンバったら、結構深い沼にハマってしまった件

「一万ぐらいでいいよ」


財布から一万を出し、私は彼に渡すと、その青年はさも当然のような顔で受け

取り、セダンに乗るとそのまま行ってしまった。

「なんであんな野郎に金なんか渡すんだ。あいつは単に、見返りの金ほしさにバッテリーの充電をさせてくれただけじゃないか」


父のやるせない剣幕はごもっともだ。でも私はあえてこう言った。

「見返りを求めるのが人間よ、仕方ないじゃない」
「それはそうだが……」
「それって心が汚いとか、そういうのじゃなく、人間の知恵なのよ」
「悪知恵だ」
「違う。人間って聖人君子じゃないから人間なのよ。もちろん、努力して聖人君子を目指すことは大切かも知れないけど、かかとを上げてムリに背伸びしちゃうと、その反動は大きくて返って足を痛めちゃういよね、やっぱり」


そう言うと、私はちょっと自分の言葉に自分で笑ってしまった。

これは今までの自分のことを言ってるのかも知れないと思ったからだ。

カッコ良いと言われる素敵な女優でいよう。その為には、不作と言われている

あの時間帯のドラマに出なければならないと言い聞かした過去の私。

新しく劇団を作って冒険するより、ネームバリューのある今の劇団の方がまだ

安泰だと、どこかで計算してた過去の私。

役柄が欲しいからではなく、自然と渡部のことを好きになったと思ってる自分

だったけれど、それは本心からそう思っていたのか。

全ての過去が滑稽に思えてきたのだった。

「コイツもムリしてたんだな、きっと……」


 父はそう言うと、ビートルを見つめた。

「そりゃそうよ。三年ほっぽりっ放しで、いきなり1000キロ走らされてみなさいよ、怒って当然よ。ねっ」


私はビートルのライト(目)をパッシングさせた。

それはあたかもビートルが「そうだよ」と合図をしたかのようだった。

「ごめんな、ビートル……」


黄色のビートルは、排気ガスで灰色と黄色が混ざったような色に変わって私たちを見つめていた。