「あのね、私……そろそろ劇団を……」


するとその時、背後から「わっ!」と誰かに背中を掴まれた。

ビクッとした私はそのままスマホを落としてしまった。

海の中へ。

私のスマホは跡形もなく過去の物となって深い海の中へと過ぎ去って行く。

「あぁぁぁぁぁぁ……!」


全てのデータが消えて行った。友達の電話番号、メール、写真、細かいことを

言えば、今月何分話して今月はいくらだったのか、それすらも削除されて行

く。

くるりと振り返る。

するとそこには父が忍び足で立ち去ろうとしていた。

「お父さんっ!」


父は私へ向き直すと、両手を合わせて「ゴメン!」のポーズを取った。

「悪かった。ちょっと驚かそうとしただけなんだけど」
「……」
「でもこれぞまさに、言葉通りの『海の藻屑と化す』というヤツだよな。はは、はは、はははは……」


 と、から笑いをする父であった。

「笑い事じゃないっての!💢」


私は怒鳴って、デッキから客室へツカツカとその場を去ったのだった。

客室の椅子に私は座ると、父は遠くで私の横顔で機嫌を伺いながら、自販機で

売られ紙コップに入ったブラックコーヒーを飲んでいた。


何分経ったのだろう……。


次第に私り怒りは収まり、これはこれで良かったのかも知れないと思えてきた

のだった。

それは自分の中で、いつまでも妥協でダラダラと生きてきた事を全て真っ白に

させることが時には必要で。

そのチャンスが実は今ではないか……そう思えてきたからだ。

究極のプラス思考と言えばそれまでだけど。

幸い、昨日出会った有森さんと内田さんとは、電話番号も教えたけど住所も教

え合った。そもそも劇団名を覚えたから検索すればホームページにたどり着け

る。そうすれば連絡先もわかるだろう。

さらに手紙で文通というのもアリなのか。それはそれでなかなか乙よね。

会おうと思えば会えるし。

私は自販機で砂糖入りコーヒーを買うと、父の横に座った。

「もう怒ってないよ。その代わり……そうだ、鳥羽は有名な真珠の産地だから、真珠のイヤリング買ってね」