「えっ、動くんだ?!」


私はハンドルを嬉しそうに持つ父に向かって言った。

それもそうだ、この車が動いてるのを見たのは……もう三年ぐらい前。

それ以来、このガレージに眠ったままなのだから。

でも、なぜか父はこの車を廃車にはせず、もちろん中古屋にも売らず、

ここに置いておいた。

走らなくても毎年税金は払わなきゃいけないのに、なんでここに置いておくん

だろう……と私は以前疑問に思ったものだ。

「ビートル、ごめんなぁ、三年も眠らせて。また道を走らせてやるぞ、頑張ってくれよ」


 ハンドルを嬉しそうにさすりながら車に優しく語りかけていた。

 正式名称はフォルクスワーゲン・ビートル1300ccタイプ1。

「ねぇねぇ、これって何年製なの? 私が子供の頃からあったよね」
「お前の生まれた年に買ったからな」


ということ1991年製なのね……。

「もっとも、この旧型のビートルは1938年から2003年まで造られていた
世界を代表する大衆車だ」
「1938年から?!」
「そう。その1991年に買って、かれこれ今年で30歳」


普通、車って長くて20年ぐらいで買い換えるとか聞くけど、

それでも30年ってすごいわ。お前も私と同じように行き遅れてるのね……。

あ、でも女の子なのかしら? それとも男の子?

私はトロンと眠たそうな目をしているライト部分を撫でると、

いきなり目が光った。

びっくりした私が一歩下がる。父を見ると、私を驚かせたかったのかライトを

点灯させたらしくヒヒヒと笑っていた。

「もぅお父さんったら!」
「なぁ、真希……明日、仕事あるか」
「確か、えーと、明日と明後日はないけどなんで?」
「劇の稽古もか」
「うん。まぁでも、部屋で練習しようと思ってるけどね」
「でも休みなんだな」


父は考えている様子だった。そんなこと聞いてどうするんだろ……

ま、いっか。

私は別段気にしなかった。

「それよりお父さん、その服、どうしたの」

父がつなぎ服を着てる姿を見たのは初めて。

母から父は昔、車の整備士をしていたとは聞いたことがあるけど、まだ持って

いたとは知らなかった。

「どうだカッコいいだろう?」


父がなんの屈託もなく笑ってる姿を見たのは何年ぶりだろう。

なんかイキイキした顔だった。

「まぁ、ちょっと思い立ってな、こいつを久々動かしたくなったんだ。三年ほったらっからしだったから」