そういえば父は今朝、なぜネクタイと長袖のシャツ、背広に革靴という姿だっ

たのだろう。あれが何か私へのシグナルだったのだろうか。

母の三回忌も終え、心にぽっかり穴が開いたのだろうか。

最後の姿として娘に自分が一番男として輝いてた頃の姿を見せたくてあの姿で

出て行ったのだろうか。

もうこの家には帰ってこないのかしら……一生この家へは帰ってこないのかし

ら……お母さんの後を追って……そんなのイヤよ、私を一人にしないで! 

 込み上げてくる感情が私の中で爆発した。

「お父さぁぁぁぁぁぁん!!」


私の大声に、今どこにいるか判らない、最悪この世にいるかどうかも判らない

父の声が聞こえた。

「なんだ?」


父の姿がそこにはあった。夢じゃない足もちゃんとある。

だが父の格好はつなぎ姿だった。

「お父さん??」


私が不思議そうにその姿を見つめてると、父は恥ずかしそうに笑って、

頭を掻くのだった。


「なーんだ、そういうことだったのね。びっくりしたじゃない」


私はガレージで父に向かって言った。

父は何年も使ってない愛車・ビートルの整備をしていたのだった。

ちなみに私の家は建て売り住宅だが、ガレージの部分だけは他の建て売り住宅

とは少し違い、父が自腹で付け足した屋根つきのガレージがあるのだ。

シャッターを閉めれば中は真っ暗になる(ほこり)が入らなくて済む

ちゃんとしたモノである。

父に連れられてガレージに入ると、そこにはフォルクスワーゲンの黄色のビー

トルが眠っていた。

「お父さん、これってもう動かなかったんじゃないの?」

父はニヤリと笑うと、ドアをポコッと開け、ドライバーズシートに身を沈め

た。

キーを捻る。

ギギギギ……ギギギギ……。


エンジンは掛からなかった。

父は諦めず何回もスターターのキーを捻り続けていた。

「お願い、掛かってくれ」とばかりに。


 ギギ
  ……ギギギ……。

……ギギギ、ブルンッ、ブルルルルル……。

今の車とは一味違う、昔懐かしいエンジン音がガレージ内に響き渡った!

眠っていたビートルはようやくお目覚めになった。