翌朝、父はネクタイを締め背広を着て、シルバーセンターからの出向先である

あの高等専門学校へ仕事へ向かった。

いつもはジャンパーとジャージで出かけてたのに、今日はなぜかネクタイに白

い長袖のシャツ、上下紺の背広を着て出かけて行った。

父に理由を聞いても答えてはくれなかった。あの高等専門学校へ行ったのでは

ないのかしら? だとしたら一体どこへ?

私はそんなことを考えつつ、舞台の稽古へ下北沢へと向かった。

今日は一日丸っきり舞台稽古の日なのだ。

明日、明後日と、稽古は中休みとなる。

その分稽古期間の前期ラストスパートのつもりでお芝居を体に染みこませた。

お昼の2時からスタートし6時間ぶっ続けの夜8時までの稽古。

劇をスタートしては渡部が気に入らない所で劇を一端止め、演技指導の修正が

入る。そしてそのストップした場所から劇をリスタート。

その繰り返し。

最後の方はもうヘロヘロで、劇をストップさせ演技指導する渡部を何度憎いっ

て思ったことか。これは稽古の時なら、舞台の役者、誰でもそう思うんだろう

けど……。

渡部とはあの一件以来、話してはいない。

本人としては「あのくらいのことで」と思ってるかも知れない。

私も部屋での事だけだったら、仲直りしてたのかもしれない。

彼と彼女……渡部と美沙ちゃんが、仲良くデートしてる所を私に見られていた

なんて思ってもないだろう。だから尚更、彼にしてみればあの一件だけで何日

も音信不通になってること自体不思議がってるかも知れない。

携帯にはもちろん出ないし、メールの返信もしていない。

LINEは彼はしてないから意味ないけど。

私はそろそろ潮時だと思っていた。

彼から旅立つ時期なのかも知れないと考えていたからだ。

彼からは色々なことを学んだ。それはまず……、

自己中心的に生きて、後に残るものは何もないと。

他人のことを思いやることで自分にもその思いやりが返ってくると。

他人を敵と思ってる人は、他人にも敵と思われると。

演技とはその人そのものである。

俳優とはその役を思い優しい気持ちで察して演技すればそれで良いと。

戯曲、つまり物語にはリアリティーが大事である。

現実を描くことで客は惹きつけられるのだと。

腹の中では怒りまくってても、笑顔でいよう。

いい人を演じれば富は自然とやってくる。だからめげずに頑張れと。

……この経験を私なりに次に生かせばいいのではないか、なんとなく最近そう

思い始めていた。

時計が夜の8時を過ぎ、稽古は終了となった。

渡部が何か話したい素振りを見せていたが、私は無視し、さっさと稽古場から

外へと出た。するとまだ入り立ての新人の女の子も一緒に出てきた。

聞くと、これからオフィスの清掃バイトがあるらしい。