美沙はお皿に分けたペンネを取って食べていた。
渡部はと言うと手帳に相変わらず何かをメモっていた。
「あ、それって、知ってますよォ。みんな言ってましたもん」
渡部は一言二言書き終えると、そそくさと鞄に仕舞った。
「なんて」
「悪魔のメモ帳だって」
「悪魔の? どういう意味だ?」
「だって、それには演技とかのチェックが書いてあるんでしょう?」
「ん、まあな。……後は何かひらめいた時とか、イメージ忘れないようにメモで残しておくだけさ」
「なんか浮かんだんだ」
美沙は自分の分のペンネを食べ終えると、ミルクティーのカップに口をつけた。
「ところで緊張した? お偉いさんへの挨拶回り」
渡部はくつろいだ感じで美沙へ訊いた。
「ううん、緊張はしなかったですけど、大事なスポンサーさんですものね。
もし私が悪印象与えたら今度の舞台台無しになっちゃうんでしょう?」
美沙はカルボラーナをスプーンの上でクルクルっとフォークで巻いて訊いてき
た。
渡部は一笑してから、淡々と語りだした。
「台無しかとはどうか判らないけど、向こうサイドからは石川が主役じゃなきゃダメだって言うんだからホンを書いたこっちも色々苦労したよ」
苦笑いをする渡部に、美沙はフォークを置いて俯いた。
「私が主役だと、やっぱり大変ですか、色々と……」
「あ、いや、そうじゃない。今まで竹内がずっと我が劇団で主役でやってきたのは知ってるだろう? 新しい主役をキャスティングするからには、作品のモチーフも主役に合った物を書かなきゃいけないからね」
「なるほど……」
「俺が怠慢なだけってのもあるんだよな。主役は竹内に任してあけば安心……ずっとそう思って任せておいたんだから」
「確かに安心ですものね。竹内さんだと。演技に引き込まれちゃいますもの」
渡部は頷き、ブラックコーヒーを一口飲んだ。
苦み走った顔が一瞬読みとれた。
「でも、大人の世界も大変ですね……」
「まあな。向こうさんにしてみれば、お前が舞台で主役やってくんなきゃそのコスメ商品の宣伝効果があまり意味ないと踏んでるらしいからな」
「うぅぅ、プレッシャー……」
窓の外を見て、ぽつりと美沙は呟いた。
その渡部と美沙が食してるテーブルの背後を、一人の紳士と婦人が会計場へ
向かって横切った。