「……自暴自棄になるなよ。あの子を主役にしたのは色々と訳あって」
「訳ってなによ」


渡部は口籠もる。

その姿にイラっとして大声を上げてしまった。

「言えない理由なら初めっから言い掛けないでよ!」
「すまん……」


素直に謝る所が余計に腹立った。男なら、私が好きになった人なら、女がか

んしゃく起こして突っかかってるだけなのに、それを見抜けないで簡単に謝ら

ないでよ、と。

私は洗面台から部屋に戻り着替えだした。

まずい、このままここに居ては言ってはならない事まで言ってしまう気がした

からだ。

「もう帰るのか、真希。メシぐらい一緒に食べてけよ」
「もう食べたでしょ。腐りだしてる30の私を」
「そんな言い方……」


いけない。頭では言ってはいけないって判ってる。

何をムキになってるんだろう……でも心が制御できない自分がそこにいた。

「あの手帳だって……」
「ん? 手帳?」


きょとんとした彼を横に、私は流れ出した感情が漂うその場から身を切り出

し、バックを持って玄関へ歩いて行った。

そうだ、言ってはならない。言ったら全てが無になる。信頼関係、人と人との

絆、これまでの月日、全てが。……そんな気がした。

「今日はごめん」


そう言い残して私は彼の家を後にした。

見上げる空は、私を嘲笑うかのような穏やかな冬空だった。



二人の間を沈黙の月日が流れ、もう数週間……それは沈黙がさも石ころのよう

にごくごく当たり前なものとなり、明日はお母さんの三回忌があるそんな日だ

った。

その日、OFFだった私はいつも父に任せっきりだったウチのペットの犬・

フェオの散歩に行った。

「フェオ、明日はお母さんの三回忌でお寺とか行かなくちゃいけないの。忙しくて明日はお散歩無理そうだからゴメンね。今日はそのぶん、たっぷり散歩させてあげるから」

フェオはしばし黙っていたが、自分の中で納得したのか「ワン!」と元気に答

えた。

この紀州犬・フェオとの出会いは、父が鬱気味だった頃に遡る。

鬱気味で家に閉じこもりっぱなしだった父は、医者の勧めもあって、家の周り

を散歩するようになった。その時、このフェオくんがどこからともなく後を付

けてきて、結局ウチに住み着いてしまったのだ。