「……どうでしょう」
「きっと私は、その誰だか知らないけど、その先輩の人の妬みからくる嘘だと思うよ。テレビドラマの脚本を書いて、戯曲も書いて演出もやって。妬まれるのも仕方ないわ。真に受けちゃダメ」
「うーん……そうでしょうか……」


まだ疑いが晴れなさそうな彼だった。

無理もない、まだこの世界に入って間もない無垢な人なのだ。

私たちみたいなこういう仕事は、自分以外の同業者から嫉妬や恨みを買うこと

は当然ある。でもそれを全て受けていてはやってられない、

そんな仕事なのだ。脚本家も演出家も、もちろん役者も。

でも、もしそれが本当だとしたら……。

私は咄嗟に想像を遮った。もしそのまま想像していたら、とんでもない人と私

は付き合ってることになるからだ。

「おーい、コマワリ~」と、先輩に呼ばれ、「では失礼します」と一礼して制

作室へコマワリは戻って行った。

私は考えてた。渡部が『殴りたい帳』をつけてる?

まさか。彼はそんなことをするような人ではない。

すると、しばらくして、外から缶の紅茶を買ってきた美沙ちゃんが、

私の横にふぅ~と息をついて座ると、手に持っていた紅茶で喉の乾きを潤し

た。

しばしの時間が流れた。空気が妙な感じに凍りついた感じだった。

「真希さん、主役ってほんと難しいですね」


淡々と彼女が私の目を見てこう言ってきた。

「こんな大変なのを何年もやってきたって思うだけで、やっぱり尊敬します」

本心だろうか。それとも……。

「大丈夫よ、初めはみんなそんなものよ。時機に慣れて平気になるから。頑張って」


私の笑顔で彼女にアドバイスを送ったが、心の中は情けなさに満ち溢れてい

た。

みっともない、私ったら。後輩に気を遣わせているじゃないの。

そんなことないかしら。でも、だとするとあの間はなんなの。なんて言おうか

彼女が困ってた空気が周りに広がってたじゃない。

自己嫌悪に襲われた自分だった。ショックなことを言われて心臓をわし掴みさ

れるよりも、周りからジワジワと火に炙(あぶ)られてもがき苦しんでいた自分

がいた。