「ちいっす」
と、まさに今風な言葉遣いだが、外見はどう見てもおっちゃん顔の彼はそれで

も22歳という若さなのだ。彼はなかなか小回りの利く青年ということもあっ

て、通称『コマワリ』で通っている。とは言ってもそれは建前で、なんでもそ

のままの題名である漫画のキャラクターにそっくりというのが正直な答えらし

い。

「どうっすか、調子は」
「うん、まあまあ。いつもと違う役割だから、大変と言えば大変」


コマワリはセブンスターの煙を空気にかき混ぜながら、

「渡部さんは、カッコいいっすよね。タバコも外国産だし」
「フランスのゴロワーズね」
「よく知ってますね。タバコ吸ってるんですか?」


私は一瞬たじろいだ。

彼と男女の関係だから彼が吸ってるタバコの名前が判ると、まさかそこまで察

することはないにしても、万全の体勢を取って誤魔化した。

「吸わないわよ。それに男は見てくれじゃないわよ」


と、なんとか違う話題に持って行った。

もしバレたら彼に、そして劇団みんなに迷惑が掛かる。

チームの和が乱れる可能性だってあるのだ。

「あの……どうですかね、正直、あれって」


と、小声で私に聞いてきた。

「あれって?」
「あの本っすよ、正直あんまし面白くないっすよね。ヒヒ」


ずいぶん度胸があるわ、と一瞬思った。私に向かって彼のホンの悪さを指摘

するということは、筒抜けになる可能性だってあるのに。

「……」

 そうだった、これはみんな知る由のないことなんだっけ。

 そう、私と渡部以外は……。

「そんなこと彼に言ったら、どうなるか知らないわよ」
「ふは、言いませんって。言える訳ないじゃないっすか」
「渡部さんって手帳によくメモってるわよね……」

私は適当な会話で時間を繋ごうとして聞いていた。

「あー、あれ。ボクも気になって制作の先輩に聞いてみたんスよ。
で、あれは演技指導の為にメモ取ってるらしいっすね。
忘れないように書いとくんですって」


 コマワリは一服吹かすと、小声になって、

「でもその先輩から聞いた話しなんすけど、ここだけハナシ。
あれって、メモじゃないらしいすよ。なんでも、気に入らないヤツの罵詈雑言書いているとか、いないとか」

私は鼻で笑って、「本当にそれって信じてるの~?」

という眼差しで見返した。

「言わば『殴りたい帳』ですね、あのメモ帳は」
「でもそれ、本気で信じてるの?」

一瞬間が空き、冷静になって考えているコマワリだった。