傍らに置いてあった『幸せの偽り』と書かれた台本を見る。

渡部の中で何が起こったのだろう……内容を簡単に言えば、自殺志望者の仲間

たちが富士の青木ヶ原樹海を彷徨い、死ぬと決めてやって来たのにも係わらず

その未知なる暗闇の恐怖に怯え、友情や家族の絆を断ち切りたいけど断ち切れ

ないつらさ、最後には仲間を裏切り、殺し合い、主人公が孤独な勝利に虚しさ

を感じ、やがて後を追う。そんな命を絶つまでのお話しだ。

彼は元々、こういう人間の中にある醜い部分の暗い話しを書くのが得意であ

る。それは悪いことではない、むしろのそういう個性は大事にした方がいいと

私も思う。実際、そういう部分を世間も評価している。でも……。

でも、それまで何作か書き綴った戯曲とは違う。この物語には『救い』という

ものが一切ない。彼の中で何があったのだろうか?

手元に飲み終えた缶コーヒーを私はじっと見つめた。

以前は苦くて仕方なかったのに、今日は普通に美味しく感じられた。私の中で

何があったのだろうか?

……きっと疲れてるから味覚もおかしくなったのよ、とツッコむ自分がどこかにいた。


目覚まし時計ではなく自然に目を覚ますなんて何ヶ月ぶりだろう……

私は天井を見ながらぼんやりとベットの中で考えていた。

カーテンの隙間から漏れる一条の光と、そのカーテンからの醸し出される柔ら

かい光が室内を明るく照らしていた。

自然に目を覚ました? 目覚まし時計掛けてたのに?! 

私はすっかり寝坊してしまったのだ。

大慌てでベットから転げるように起き、半天を羽負い、まずは一階の洗面所に

行き、顔を洗う。

冷たい!

私はようやく目が覚めた。

そうだ、今日は父がシルバーセンターへ行く日だった。

「お父さーん」


呼んでみても声はしなかった。

キッチンへ行き冷蔵庫を開ける。すると昨夜に作っておいたお弁当がそのまま

置いてあった。言っときますけど、作り置きではないのであしからず。

どうせお昼の時間になればレンジでチン! するんだから、それだったら忙し

くない夜に作っておいて冷蔵庫に入れておく。これはある意味、私の知恵なの
ですよ。

……などと反論している場合じゃない、私はレンジのデジタル時計を見た。

10時5分になろうとしていた。

真っ青とはさすがにいかない晴天の冬空、私は朝食を軽く済ませ、

父が努めるシルバーセンターへお弁当を届けてあげようと歩いていた。