「さっきはキツイ口調でごめんな」
「ううん、自分が悪いんだし」
「……怒ってる?」
「いえ」


私は努めて感情に流されずに会話をするように心がけた。

渡部はポケットからタバコを取り出した。『ゴロワーズ』という澄み切った空

色のような青いパッケージのフランス産タバコを吸い出した。

「……今日はどう? 来れる?」
「渡部さんも忙しいんでしょ。私なんかに構ってる暇ないんじゃ?」


私の脳裏に美沙ちゃんの顔が浮かんでたのは言うまでもない。

「俺は別に構わないよ。ホンが上がるまで来るの待ってもらったんだから」


と、私の瞳を彼はじっと見た。

渡部は元々、大学時代にこの劇団を立ち上げた。当時のメンバーは七人であっ

たがゆえ劇団名は『セブンス』。後に、テレビ局主催のシナリオコンクールで

入賞し、テレビのシナリオも書き出した。

それまでは単発のテレビドラマを時々書かせて貰っていたらしいが、昼ドラで

有名な脚本家さんがダウンした際、ピンチヒッターで書き始めた。それからも

彼はテレビ局から声が掛かり、その彼が主催する劇団の役者もテレビドラマに

呼ばれることとなる。私もその恩恵に預かったという訳。私が彼とあのメイク

室で初めて出会ったのは22歳の時、彼は26歳であった。

ちなみに彼は今でも独身である。

「会えなくて寂しかったよ」


と、彼は私の手を取った。一瞬、流されそうになったが、女の意地が流れそう

になる己の心を律した。

「明日は用事があるの。早く帰らなくちゃいけないから……」
「そう……じゃ、また電話するよ。今度お互いがOFFの時に」


彼はそう言って私に笑顔を投げかけると、稽古場の方へ戻っていった。

私は周りを見た。良かった、誰にも見られてはいない。……そう、私と渡部は

はそれなりの関係ではあるのだ。でも誓って言うが役を欲しいが為に彼に近づ

いたのではない。それなりの関係に成りだしたのはほんのごく最近。私がテレ

ビドラマで記録的とも言える低視聴率を叩き出し、滅入ってる所に優しく元気

づけてくれた。フォローの言葉で私を優しく包み込んでくれた。

女ってどうして男の人の優しさに弱いのかしら……自分でも頭に来るけど、そ

ういう定番的な恋のジャブにK・Oされたのだ。