第1話

 デデデデデッデッデー♪

 デデデッデッデ♪
 デデデッデッデ♪

 デデデッデーッデッデーッデッデッデー♪
 デデデッデッデッデッデッデー♪

 デッデッデデデデッデッデー♪

(脳内補完中───)

 デェン! デェン! デェン!
 
 テッテッテテテレテテ~♪


 ※ ※

 ──至急電です!!!


 カシャカシャカシャ……

 ──────────────────

 封書 大尉以上開封厳禁
 検印 中央魔王憲兵隊

        (表書き)
        超重要任務!!

              軍事郵便 検
 ──────────────────

発 第10魔道連隊長
宛 第1中隊長

          魔10連人第16877号
          統一暦1885年6月3日

 第1中隊長は、下記任務に基づき人員を差し出すこと。

           記

1 任務
  観測点における、観測員の補佐

2 人員
  水魔法に長ける者を1名
 ※ 補足 1日で最大水量50㍑を出力

3 任地
  PZ-101

4 期間
  本命令受領後速やか
  別示する時期まで

5 連絡
  第10魔道連隊本部庶務班
 ※ 内線 ももー666ーけもけ

 ──────────────────

 ※ ※

 ビュゴォッォォォ───


 天嶮《てんけん》、峻嶮《しゅんけん》、天貫く深山……龍の咢《あぎと》。
 高度1588m、
 平均勾配65°のほぼ垂直に近い針のように尖った山があった。


 マルモン平原に聳《そび》える巨大な柱の様な一本の山。
 そう、それはまさしく「柱」のようだ───


 低い雲なら山に当たり…山頂をすっぽりと覆うこともある。
 そのため、
 雲が垂れ込める日は、この山以外に遮る物のない平原において───まるで、雲を屋根とした大黒柱のようにも見える。

 その峻嶮《しゅんけん》な山には通常の登山では上る道などなく、
 特殊装備に身を包んだ山岳挑戦者以外に挑む者などなし。

 または、猫の額ほどの狭い山頂に降り立つ技量があれば、巨鳥《ガルダ》か龍《ドラゴン》を駆りたどり着ける───かもしれない(・・・・・・)というもの。

 普段ならばまったくもって用事もなく、人々はただ見上げるだけの山だ。
 固く特殊な金属の含むその山は、───ただそこにあるだけ。

 宝もなければ、特別な生物がいるわけでもなし。
 本当に高いだけの山───
 「見上げる景色は雄大なれど、登る価値なし」とは、著名な登山家の言葉だというが……彼は後年、この険しい山に挑戦し──落下死したという。

 もっとも、それは装備なしの素手による登山のためだったが───

 しかして、彼の言葉は近年に至るまで、
 登山家、物見遊山、学者、冒険者、ルンペンにまでわかる共通認識であった……







 そう、近年に至るまで───だ。






 ビュゴォォォォォォ───

 ガキン…
 ガキン…

 スパイクのついた登山靴、
 ピッケル、
 そして鋲付きのグローブに、安全索を腰にぶら下げた状態の少女。

 カチャカチャとカラビナが常に鳴り…、もはや耳障《みみざわ》りとさえ感じなくなった。

 目の前には延々と上に続く、太いザイルと鎖。
 そのどちらも等間隔で打ち込まれた巨大なサーベル杭に固定されており、頑丈極まりない様子を見せている。

 この急斜面において、先人の圧倒的な労力に驚かされる思いだ。

(よく、こんなところに張ったものだよ…)

 鎖の総延長はどれ程になるのか……
 山を螺旋状に巻いていく構造のためか、1588mを単純に登ればいいというものではない。

 ここまで上るのにすでに丸一日経過している。
 山岳訓練は受けているとはいえ、想像以上のキツさだ。

 懸垂《けんすい》能力はもちろんのこと、
 なによりも必要とされるのは忍耐だろうか…?

「下を見ない、下を見ない───」
 念仏のようにブツブツと繰り返される言葉。それは、まだまだ変声前を思わせるもので、随分と若い。

 防寒を兼ねたマスクの下に除く顔は灰色に近い白、
 飛び出た耳は長く細い───
 防塵と遮光ゴーグルの下に除く目は緑色のレンズを通してもわかるほどに赤い目をしている。

 一見すればハイエルフのようにも見えるが、
 その肌は彼らの様な白磁の肌ではない。つまりは、魔族側に所属するダークエルフだと思われる。

「水……」

 背負っているキャメルバックから延びるストローに口を伸ばすが……普段は邪魔にならない位置に除けられているため、口だけで探り当てるのは困難だった。

 しかしして、両の手は使えない。

 平均勾配65°の絶壁はほとんど垂直だ。
 そして、平均の言葉が指すように、「平均」であって……全てが65°なわけではない。

 運悪く、のどの渇きが耐え難くなったのは、……如何《いか》にも難所と言わんばかりの120°に傾斜した───垂直どころか、逆さにならざるを得ない角度をもった意地の悪い所…

 両の手は登山の基本である三点保持のため離すことはできない。

 いや、正確には足を2点付けば片手は話していい計算だが……しがみつく様にしてザイルを握り、足を岩場に食い込ませている以上、たかだかストローの捜索のために外すことはできない。

「くそ!」

 毒づいた口がようやく、頬《ほほ》の傍《そば》にフラフラと揺れるストローの吸い口を捉える。

 普段は、肉付きよく──瑞々しく美しい唇も、今は渇き切ってカサカサ……見るも無惨だ。
 肌と同じく、やや暗い色の唇はいつもならもう少し薄い紫なのだが、疲労のためか黒く濁っている。

 なんとか、捕まえたストローで水を吸い上げるのだが……

「あぁ。なによ! いつ飲み干したのよ!?」
 もちろん飲んだのは自分なのだが……いくら吸っても、ストローからは水が供給されることはなかった。

 空にはなっていないはずだが、窮屈な体勢と疲労のため吸引力が弱くなっているのだ……

「いい! もうっ、水は後───」
 自棄《やけ》になったかのように、ペっとストローを吐き出すと、既に体から汗が吹き出さないほどに脱水が続いていることを知りつつも先へと進むことにする。

 事前のブリーフィングでは、残すところあと100mほどだ。

 この難所を超えれば幾分楽になることも聞いている。
 だから、ここは我慢だ。

「はぁはぁはぁ……」

 ザイルに体重をかけすぎないようにして、なるべく足と手の力だけで体を押し上げていく。
 二重になっている安全索を煩《わずら》わしく感じるも、
 これがあると無いでは、心の安定感が全く異なるもの。

 サーベル杭の連接箇所で慎重にカラビナを入れ替える。
 二重の安全索はこの時の安全のためだ。

 握力が落ち始めていることを感じつつも、あと少しで登頂できると自分に言い聞かせながら震える手でカラビナを入れ替えた。

 そして、難所であるこの斜面を一気に登り切る───

 ググ! っと体を引き寄せ、120°のとっかかり超えて少しでも、平面に近い方へと体を滑り込ませた。

「キツ……」
 ググゥ───と服を擦りながら、固い岩肌に密着して登り切る。
 コンプレックスでもある薄い胸(・・・)がこの時ばかりはありがたかった。

「───登っ……た!」
 120°の斜面を登り切れば幾分緩やかな平均勾配65°のそれが漸く顔を見せる。
 普通ならそれでも垂直に近く、恐怖心は拭えないものだが、それでも90°以上のそれに比べれば雲泥の差があるものだ。

「あとは、ここを登るだけ!」

 薄っすらとガス()がかかり、視界が悪くなって来ても目の間のザイルが消えてなくなるわけでもない。
 これを辿れば、じきに頂上だ。

 それに、だ。
 ガスの中に薄っすらと明かりが見える。

 ───もうじき着く! 頂《いただ》きへ……頂上へ!!

 それだけで嬉しさがこみあげて、不意に涙が溢れそうになる。
 いけない、いけない! 着任早々泣いてちゃ、「泣き虫シェラ」の汚名は注《そそ》げないぞ!

 グッと唇を引き結ぶと、想定で行くところの後僅《あとわず》かの距離を登っていく。
 チャリンチャリンと鎖が鳴り、そこにあたるカラビナがカチャカチャと派手な金属音を立てている。

 上に人がいるなら気付いていてもおかしくはない。

 一応連絡は行っているはずなので、着任を知らないはずはないのだが、頂上の明かりは変化なし───人の気配も希薄だ。

 ふと……妙な臭いが鼻をつく。

 嗅いだことのない匂い───……肉? にしては───…もっとこう、甘い感じの……? なんだろう。
 食べ物の匂いを嗅いだことで、あまり気にしていなかった腹の虫がキュルキュルと鳴り出す。

 食事と言えば、朝のビバーク地点で食べた固いパンとベーコン、それに途中で食べたドライフルーツとナッツくらいだ。

 ……あまり食が進まなかったことを思い出す。

 高所にいる緊張感と───渇き……そして便意を恐れたからで…
 水ならなんとかキャメルバックから補給できるが、
 なんと言っても「大・小」がやっかいなのだ。

 垂れ流すわけにもいかないし、用を足そうにも3点保持の体勢では酷く困難である。

 それに───これ(チッパイ)でも女の子だ。

 多分、誰も見ていないとはいえ……吹きっさらしのオープンスペースで人民解放(う〇こ)するわけにもいかない…
 (ちなみに、シェラが知らないだけで、シェラを送り出した者はちゃんと下から観測していたりする……)

 結局、一度だけ小便をしただけで、大が出ないように食を抑えていた。
 本来なら、カロリー摂取を怠《おこた》るのは禁じられているのだが、こんな場所のこと───彼女の判断次第だろう。

 しかしして、空腹感もさることながら───喉の渇きも耐え難い。
 ようやくガスの切れ間に、鎖とザイルの終わりを見つけたときには、思わず両の手を放して飛び上がりそうになった───当然やるはずもないが…


 そう、…もう少しだ───


 チャリンチャリン…カチャカチャ……

 もう少し、
 もう少し、

 チャリンチャリン…カチャカチャ……


 もう少し、
 もう少し、

 チャリン───…カチャン…


 もう少……


 ひたすら登るシェラは、ついに垂直に近い斜面以外を手にする感触を得た。

 !!!

 平らな地面!?

 ザラザラとした勾配0°の地面に触れると、

 上を向いた杭!
 空だけが見える───





 ついに、





「着いた───!!」「動くな」





 思わず歓喜の声を上げシェラに、間髪入れず冷徹な声が突き刺さる。
 甘い匂いの立ち込める頂上の空間において、冷ややかなその声は殺気を放っていた───

 万歳の姿勢のまま上を向いて上半身だけ頂上に突き出していたシェラはそれだけで固まってしまう。

(え? なんで…な、なんで───)

 顔を下ろせない。
 上を向いたままを強いられているのは何故か。
 それは……シェラの顔……その下の細い首───のど元にピタリと突きつけられた銃剣にせいで顔を戻せないのだ。

(な、なななな───まさか!)

 ここは軍の重要拠点。






 魔王軍、特設観測点「PZ-101」───通称「鷹の目(ホークアイ)






 長年続く人類との間に繰り返し行われる、くだらない決戦───その地…
 そこは、マルモン平原。

 この寸土を幾度と取り合い、
 何度も行われる最後の決戦の地だ。


 日々続く、最後の戦いを見通す最重要観測点───それが「PZ-101」───通称「鷹の目(ホークアイ)」である。



 多数の犠牲と労力を費やし築かれた観測点には、常時兵を配置している。
 シェラもその交代要員として、本日付けをもって配属の予定だったのだが……

(まさか、占領されていたなんて───)

 それも、
 …薄汚い人類にぃぃぃぃぃ!

 連絡がいっているうえに、遅滞なくシェラは到着した。
 ならば、諸手《もろて》をあげて歓迎するだろう? 普通はぁぁ!

 しかし、突き出されたのは歓迎の悪手ではなく、冷たい銃剣。
 顔を下げることもできず、ここまで登ってきた苦労を一気に崩された悔しさで、涙が溢れる。

 せめて、
 せめて、
 せめて、

 コイツを一目見てから死んでやる!

 声の質からして間違いなく男。
 どうにかしてこの拠点を占領したのだろう。

 目玉だけを限界まで押し下げて視界の隅に捉えると、黒髪、黒目、やや黄色が買った肌の海洋系人種! 間違いなく人類だ。それも一番数が多い連中。

 人間だ、
 人間だ、
 人間めえぇぇぇ!!

 反吐が出るほど見飽きたクソどもだ───

 こんなところで捕まれば、飽きるまで慰み者にされるに決まってる。

 そんな目に合うくらいなら、ここから飛び降りてやる! ザマーミロ!
 カラビナは2個……だけど、両手で一気にやれば………最初から飛び下りるつもりで外せば1秒もかからない───

 ジッと動かない男を見て───……


 今だ!!


 グンと、体を仰け反らせてカラビナと安全索に体重を預けた。
 突然、体を空に逃がしたシェラに男は驚いて目を丸くしている。

 はははは、お前なんかの好きにさせるか───

「チョイと何やってるんだい!」
 突然の女性の声、
 見れば男の脇から赤ら顔の───背の低い女性が顔を出した……

 褐色肌、
 燃えるような赤毛に碧眼、
 丸い耳に、低い鼻、
 そしてぶっとい腕───

「ドワーフ!?」

「あっぶね! ガキ…なにやってんだ!」
 そして、男が身を乗り出してシェラの胸元を鷲掴みにする。
「離せ! 離せよ外道ぉぉぉぉ! ……ってなんでドワーフと人間が一緒にいるのよぉぉ!?」
 
 ジタバタジタバタと上がれると、キュイ キュイ…とザイルと鎖が軋む。

 そして、

「ビリィ! 良いから引っ張り出しな! っと、ほら───せぃの!!」
 グン! と物凄い力で引っ張られてポーンと引き上げられる。

 しかし、安全索で未だザイルと繋がっていたので…勢いそのまま空中で安全索に引っ張られるという、珍しい現象にであう。

 口からはカエルを踏み潰したような声が───

「ぐぇぇぇ…!」

 ドスン……!
 ゼィゼィと緊張感からか、男もシェラも荒い息をつく。ドワーフの女は盛大に腰を打ったのか、顔を顰《しか》めている。

 いや、そんなことよりも───銃だ。

 無造作に落ちている銃!
 ガシャりとそれを奪い取ると、男に向け突きつけた!

「う、うううう動くな!」

 ライフルなんて扱ったことはないが、見たことはある。
 それに撃ち方がどうのよりも、固定されている銃剣があればいい───

「おいおい……そんな撃ち方じゃ脱臼するぞ?」
 男は慌てた様子もなく、ゆっくりと動く───
「動くなって言ったぁぁぁ!」

 ガキン! と引き金を引くが……

「弾は入ってない」
 え? と驚く間に、銃の切っ先を掴まれてヒョイっと奪われてしまった。

「ひ…!」

 それだけであっという間に優位が奪われたことを理解して顔を竦《すく》める。

 殺され…───
 いや、もっと酷いことを!?

「ビリィ……あんまし脅かしてやんなって」
 あきれたような声を出すのはドワーフの女。
 パンパンと腰を払いつつ立ち上がると、
「あんなシェラだろ? 第11魔道連隊から派遣された───シェラ・フェルドリン一等兵」

 え? なんで?

「私はPZ-101を預かる分隊長、同じく第11魔道連隊のミュウ・ラウゼン曹長だ」
 どうみても、子供にしか見えないがこの背の低い少女───ドワーフの女性が、………上官殿ぉぉ!?

「ししししいしししし、失礼しました! シェラ・フェルドリン一等兵でありまぅぅ!」

 うん、知ってると、困ったような顔をして頭を掻く。

「いや、すまないね…急にコイツが驚かしたみたいで…」
 銃を構えて微動だにしない男の頭をスパン! と叩《はた》く。

「今日だって聞いてたんだけど、中々来ないもんだから───その、なんだ……たはは、ちょいと寝ちゃってね」
 そんで代わりにコイツが待っててくれたんだけど、見ての通りエエ格好しいでねー。と……

「エエ格好しいって…」
 ブスっとした顔で男がようやく口を開く、
 本当に不満そうな顔だ。中年に差し掛かる年齢のようだが、表情は少年のソレだ。

「その通りだろうが…! 新入りが来るからって張り切りやがって」
「いや、だってよー…定例の合図がないし、敵かと思ったんだ」
「嘘コケ。どうせ規律正しい俺…───カッコいい…、とか思ってたんだろ?」

 …目の前でギャーギャーとやり取りをする二人。
 魔族側の亜人であるドワーフと、敵対勢力の人類の男。
 それが目の前で、命を取り合うでなく舌戦を繰り広げている。

「まあいいや。確かに合図がなかったのは事実だからね」
「合図?」

 ……

「聞いてないのか?」
 えっと───……

 ……

 !!!

「あ…───!! …笛!?」

 そう。
 ガスの発生により、視界の閉ざされることもあるこの観測所では、敵味方の識別のため特徴的な符号で連絡を取り合うらしい。
 もっとも、今まで敵が占領に来たことは───ないと言う。多分。

 とは言え、今日明日にでも来ない! なんていう保証などないので、しっかりとこうした敵味方の合図は決められているのだ。
 そして、下から上ってきたシェラは、頂上にいる味方に合図送ることを、しっかりとブリーフィングで言いつけられていた。

 しかしながら……疲労と到達の喜びでその辺がスポーンと抜けていたのは隠しようがない事実。
 故に目の前の人間───ビリィに銃を突きつけられる羽目になったのだ。

 だが───

「な、なんで人間がいるんですか!?」
 鋭い声に、ビリィは肩をすくめて答えない。

「こら! アンタに取っちゃ上官だよ」
「で、でも人間です!」
 シェラも譲らない。
 軍に入隊依頼、人類は敵だと教育されてきたし、……そうでなくとも敵だと思っている。

「やれやれ…筋金入りの軍国少女だね」
「あん? 少女?」
「……この子は女の子だよ?」

 ……

「嘘だろ?」
 ビリィと呼ばれた男は、手をワキワキしながら疑わしげな眼を向けている。

 ……そういえばさっき胸を鷲掴みされた───

「僕は女の子だ───!!」
 あぅ、自分で女の子とか言っちゃった。

 ビリィは……なんか知らんが鼻でフンと笑っていやがる。
 鷲掴みにした手を眺めつつ、だ。


 くっそ…こいつ嫌いだ。


「やれやれ…まぁビリィは人間には違いないが───少々訳ありでね。魔王様お気に入りの兵で、この観測点の最古参だよ…ほら!」
 ぺシンと再び叩く。
 最古参という割に、直近の上司には頼りにされているようには───見えない。

「いってーな! ……──んっんー。ゴホン…第1近衛師団、第1儀仗中隊の万丈未来だ」
 ん?

「ば、バンジョービナイ?」
「万丈だ、ばんじょう。ば・ん・じょ・う。名は未来」
「ば…バンジョービライ?」
「ば───」
 パシン!
 三度と叩く。
「やめときぃ。アンタの名前、発音難しんだから。ビリィでいいでしょ」
「むぐ………! …………ビリィ軍曹だ」

 軍曹───……やばい、かなりの上官だ。

「ここは将校もいないし、気楽にしてていいよ。着任報告も───ま、いまのでいいしょ」

 ミュウはそれで勝手に締めくくると、シェラの安全索を外しにかかってくれた。
 こういう時下手に手を出すより任せたほうがいいと言われる。
 なので、そのままビリィに向き直った。

 まだ警戒心を解いたわけではないが───

 魔王のお気に入りだという人間。
 そして、
「近衛師団───……」
 しかも、魔王直属の儀仗中隊だ。
 もっとも魔王と接する機会の多い部隊として知られている。
 当然ながら精鋭中の精鋭。規律優秀にして戦技精強。

 嘘か本当かは知らないが───…

 事実だとして、魔族と人類が敵対する中───ただの人間が所属できるはずもない。
 何らかの事情があるのだろう。

「しぇ…シェラ・フェルドリン一等兵で───あります。ビリィ軍曹殿」
「おうよ。…下士官に殿はいらんぞ」

 ニカッと笑う顔は邪気がなく、好意の持てるものだったが───
 
「───セクハラはどこに訴えればいいのでしょうか?」
 …ズルッ、派手にずっこけるビリィ。

 
 イーッだ! …簡単に人間に心を許すものか───


 一方で、もう一人の上官であるミュウは、カラビナと悪戦苦闘し、
「っっ! よし外れた。改めてよろしく。ミュウ───ミュウ曹長だよ。建設、修繕、環境担当だ」

 ピっと軽く敬礼、
「ビリィ───糧秣担当」
 ケッ、と不機嫌じみた顔でぶっきらぼうに答えるビリィ。
 ……セクハラが効いたらしい。

「担当───???」

 ……何の話だろう。

「おいおい。聞いてないのかい? アンタは前任者の代わりなんだよ?」

 前任者?

「病気になって止む無くね…普通はホイホイ交替できる場所でもないんだよ」
 それはそうだろう。登るのだけで命懸けだ。

「聞いておりませんが───」

 今度は忘れたわけではない。本当に聞いていないのだ。
 ただ、最重要拠点での重要な任務であると───

 ……グゥゥゥゥ……───

「おや、そういえば登頂直後だったね…腹減ってるだろ?」
 当然だ。
 しかし、こんな場所だ。きっと補給は困難を極めるだろう。
 上官殿には申し訳ないが、食料の当てなど期待していない。そのため数日分ではあるが、自分の分は持ち込んでいる。

「だ、大丈夫です。その…火と水だけ貸してもらえれば───」
 背負っていたキャメルバックと背嚢を下ろす。
 中からベーコンとパンを取り出し、上官二人にもどうか──と差し出す。

 きっとロクな飯などないだろう。
 下手をすればその辺の苔を齧《かじ》っているのかも───

「水って、オマ…!」
「おやおや…本当に聞いていないみたいだ。……飯は仕舞《しま》っときな」
「しかし、その……上官殿の貴重な食糧を───」

 ……

 「こりゃマイッタねー…」と顔を見合わせている上官たち。
 何かマズイことを言っただろうか?

「食料は心配すんな」
「し、しかし……」

 イイから見とけって、そう言ってミュウがビリィを促す。

「ビリィ」
「あいよー」

 釈然としない表情のシェラを無視して、ビリィが天に手をかざす───

「見とけ新入りぃぃ!」
「エエから、はよ()せぃ」

 パシンと叩かれる。

 ちょぇ~っと口を尖らせつつ、









「THE・レーション!!」







 ……

 …

 ……ブフッ!

「おま! 今笑ったな!」
 いや、笑うわ!
 エエ歳こいたオッサンが「THE・レーション」て───






 キラーン!

 ───ヒュゴゴゴゴ!!






 シェラが笑った瞬間だ。
 天が輝き、目の前に───



「なななん、な、何これ!?」
「ふっふっふ! これが俺のスキル『レーション召喚』だ、略して『レー召喚』」
「略さんでいい」
 ぺシンと叩かれる。
「ちょ、あんまし叩くなよ! 禿げるがな!」
「誰も気にしないよ」

 ……

「え? え? ェ? E? EEE??」

 なにこれ?
 なんなのこれ?

 突然目の前に降ってきたのは、神々しい光の先に現れた───小さな箱……

 箱?

 ……

 はこぉ?

 神の御業《みわざ》と見紛《みまご》うばかりの現象。
 その先に顕現したにしては…頼りないというか、庶民染みているというか……

「変わった箱ですね…」

 木箱ではなく───なんと紙製だ。
 しかも、どことなく頑丈そう。……なにか文字が書かれている。

「あー……今日は日本の戦闘糧食かー…」
「ミュウぅぅ…文句言うなよ。俺は米派だからこっちが助かる」

「いくらランダムだからってさー…昨日は台湾だとかの缶飯だろ? アメリカの最新のMREとか、フランスのがよかったよ」
「缶飯は、あれはあれで旨いからいいだろ?」

「温めないと食えないんだよ!? 今、水が貴重だって忘れたのかい!」

 ギャーギャーと、よくわからないことを言い合いしている。
 え? なに?
 なんなの?

「水なら、コイツがいるだろ?」
「んー…そうなんだけど」

 チラっと視線よこす二人?

「はい?」

 そして、顔を見合わせている。

「んっんー…ごほん! …シェラちゃんや」
 言いにくそうにビリィが切り出すと、
 「いいよアタシが言うよ」と、ミュウが割って入る。

「あー…シェラ、単刀直入に言うけど───水魔法使えるんだよね?」


 ……


「え、えぇまぁ───それなりに?」

 そりゃ、魔道連隊所属ですよ? 一等兵とは言え訓練成績優秀。
 魔道の腕を見込んで抜擢された! とは聞いている───が。

「おっし!」
 グッとガッツポーズのビリィ。
「よっしゃ! はいはい、シェラちゃん───」

 んんん?

「水担当ね」

 はい?

「ま、まさか……」

 ここにきてようやく思い至る。
 補給の困難な土地。

 そして、この妙な人間。
 初めて見る魔法だか何かで───コイツが「糧秣担当」らしいとくれば───……

「ま、まさか…僕の役目って」
 うんうん、良い笑顔の二人。
 
 きゅ、
 給───


「給水器ぃぃぃ──────!!!!!!」

 イエス! ニカっと笑う顔が×2。キラリ~ン! と、二人して歯を光らせる…うぜぇ。

「魔法で水作って飲むとか馬鹿ですか!?」
「バカですが? なにか?」

 気にした風もないミュウに───
 ───ビリィに至っては心配事が片付いたと言わんばかりに、箱に取り付きビリビリと開梱し始める。

「しょうがないだろ…高山のせいか、雨雲もしょっちゅう下に行っちゃうしね───水は貴重なんだよ」

 ほれ見てよ。と、指し示す先には固い岩盤をくり抜いた溜め池の様なものがある。

「いやー…アンタが来ない間は露天風呂が溜め池になってねー、まいったよ…。あー! ようやく大空の下で風呂に入れるってもんだ、ありがたいねー」

 って、
 あれが風呂なの!?
 え、やだよ。何が悲しくてオッサンがいるのに外で入るの?

「ん? ビリィなら気にしないことだね。スケベかもしれんが…まぁ慣れだよ、慣れ──」
 
 ……

 慣れるかぁぁぁ!!

「よし、準備するから水くれ」
 ビリィはビリィで、マイペース。

 なにやら、緑色の袋をとりだしてガサガサと音を立てている。

 っていうか、そんな「スプーンとって」みたいなノリで、水くれとか──言うなー!!

 魔法を何だと思ってる!?

「ウンディーネ!!」

 なんか腹立つから、水魔法でもなく、水の精霊を召喚してやったよ。
 あとは自分で交渉しろぉぉ!

「驚いた……短詠唱で、精霊召喚ったぁ…」
 ビリィがポカンとした顔をしている。ミュウも驚いているようだが…──それ以上に、ビリィの出した妙な糧食? らしきものに気を取られている。

「ビリィ、メニューは?」

 ビリィはと言えば、
 目の前に浮かぶ小さな水の塊状の裸婦に、ペコペコしながらチョロチョロと水を出してもらいつつ───

「んー…鴨《かも》肉じゃがだな」
「ん。70点だね、サバの生姜煮はあげるよ」
「好き嫌いすんなよ───シェラにやれって」

 ???

「なんですかそれ? 僕の分も?」
「当たり前だよ。アイツのスキルは人数分の糧秣を召喚できるっていう奇天烈なスキルさ」

 そ、そんなの聞いたことない!

「温めるのに、時間かかるから施設案内してやれよ」
「そうだね。…シェラ、付いてきな」

 なにやら、ブシュゥゥゥゥ! という沸騰《ふっとう》音のようなものを立て始めているビリィの周り。

 ええ? 火なんか使ってたっけ?

「ほらこっち!」
「あ、はい」

 荷物を担ぐとミュウについていく。
 とはいえ…本当に狭い土地だった。
 一応壁の様なもので覆われているとはいえ、天井もなく吹きっさらし。壁を越えて風は十二分に入り込んでくる。

「あの壁は私と前任者で作った。一応、防風壁でもあるけど、観測の観点から…あんまし高くもできないのが難点だね」
 ぐるっと指さすと、なるほど、四周は壁に覆われており、シェラが登り切った場所だけ欠けて開けている。
 壁で囲われた箇所は半径30メートルほど…狭い。

「んで、ここが風呂───今は溜め池にしてるけど、アンタが来てくれたからね。これからは本来の風呂さ」
 そういって見せたのは深さ60cmほどの石造りのバスタブ。ゆったりと二人は入れそうな広さで、内部はすべすべに成形されている。

「火は私が起こして───そのボイラーに熱した岩を入れて湯にしてる、燃料いらずでいいだろ」

 ニッと人好きのする笑顔を見せるが───

「あのー…囲いとかは?」
「?? ないけど?」

 ……

 なんでやねん!?

「なんでやねん!?」
 あ、声に出た…

「いや、必要ないし? ビリィなら───」
「気にします! メッチャ気になります!」
「惚れたの?」
 アホか!
「その、気になります(・・・・・・)じゃありません!」

 ……なんなんこの人!? 羞恥心《しゅうちしん》とかないの?
 
「くっそぉ……どうしてくれようか」
 なんで、花も恥じらう乙女の僕が──あのオッサンに裸を見せにゃならんのよ!?

 少なくとも、タダでは見せん!
 有料でも見せん!

 ……

 ……あのオッサンが寝静まってから入るしかないのかなー…トホホ。

「若い子は分かんないわねー…ハイ、次」
 おめぇのほうが分かんねぇよ! っと……?

 それは地面にあいた穴だった。
 中には螺旋階段が続いており、
 今は解放状態だが、成形された石の蓋もある。

「防空壕兼住居だよ…一応一個分隊は泊まれるようになってるけど、……見ての通り空き部屋だらけさ」
 案内されてソコソコの深さの所まで下りると、予想に反して明るい。
 巧みに外の明かりを取り入れているのか、採光窓だけで結構な明るさだ。

「暗くなったらランプを使う。油の補充も大変でね。なるべく使わないようにしてよ」
 コンコンと入り口付近に置かれたランプを叩いて示す。
「明かりの魔法な使えますよ、得意ではないですけど」

 そういうと、嬉しそうな顔をするミュウ。

「ほんとかい? 助かるねー…今では油とか蝋燭《ろうそく》なんかはビリィの出す糧秣に、稀《まれ》についてくるセット品から使ってたり、……脂の多い飯から自作してたんだ」

 そ、それは実にサバイバルな…

「あ、でも、得意じゃないので持続時間が───」
 そうだ。
 固定させることも難しいので、常時魔力を送り続けなければ光は保てない。
 ……こればかりは要鍛錬だ。

「そ、そうかい…しかたないね」
 残念そうな顔をする上官に申し訳なく思いつつ、
「た、鍛錬します!」
 どうみてもここ……時間だけは無茶苦茶ありそうだし───
「ん。いい心がけだよ」

 はい、寝室。

 と言って案内されたのは、牢獄のような部屋。
 2段ベッドが二つ並んでいるほかに机が一つ、棚が四つ。窓が一つ……

「あはは、殺風景だけどね。人もいなしいここはアンタの個室だよ」
 むぅ……一等兵で個室とは破格の待遇だが、見れば同じような部屋があと三つある。
 奥の一室は別仕立てで、上官の部屋らしい。つまりはミュウの部屋だろう。

 予想通り、

「あそこが私の部屋で、ビリィはそこ。出入り自由だから気軽に入っていいよ。どうせ暇だし」
 で、ここがリビング兼娯楽室───

 といって案内されたのが、ちょっとした本棚とカード類が乱雑に散らばった部屋だ。

「ほとんどは個人の私物だけどね、みんなここを去るときに置いてってくれてさ……少しずつだけど、充実してるんだよ」
 そういって、ボロボロの本を愛《いと》おし気に撫ぜる。

 その横顔は寂しげだ。

「その……普段はどうしてるんですか?」
 聞いていいのかわからなかったが、これからたったの三人で過ごすのだ。
 いずれ分かることだ。

「んー…そうだね。下から連絡があるときは観測任務に就くし、そうでなくても日中は──一応、監視はするよ」
 日中はと言うことは、
「夜は───風呂入ったり、お酒飲んだり───まぁあとはひたすらカードしたり本読んだり、だね」

 ……そ、それはなんだか、

「中々退屈そうですね…」
 明け透けない言葉に、
「はっきり言うねー…まぁビリィに比べればマシかなー…アイツここの最古参だからね、……ぶっちゃけ何年いるのやら」

 糧食を召喚できるなど、彼以外にはいないのだろう。

 それゆえにこんな僻地に縛り付けられているのだ……
 少しだけビリィに同情するシェラ。

「はい、案内終わりー」


 …!?

「え? これだけ!?」
「そうだよ? あ、ここ便所とシャワー室ね」

 隅の目立たない位置にボットン式の便所があり、外に放出するソレがある。
 そして同じく排水は外にするタイプの───

「シャワー室あるんかい!!」
 あるなら、はよ言え! 誰が露天風呂なんか使うか!

「お湯は上の風呂と共用だからね。アタシが沸かすから任せといて」
 ガチャっと開けたシャワー室は棺並みに狭かったが…ないよりマシだ。

 こうして───シェラの軍務が始まった。
 この狭い観測点、PZ-101───通称「鷹の目(ホークアイ)」で、だ。




第2話

 荷物を宛てがわれた自室に置き、
 階段を上るとビリィがまだ屈みこんで作業中のようだ。

 火もないのに湯気のような白い水蒸気が立ち昇っている。

「あ、ぐ──軍曹殿」

 黙って見ているわけにもいかず、手伝いを申し出ようとした。
 人間云々(うんぬん)についての感情はひとまず棚上げだ。

「おう、もうできる。──その辺で待ってな」

 待ってろと言われても……
 ボーッとしているわけにもいかないだろう? と言いつつも、周囲を窺う。
 暴風壁の他には、椅子や物容《ものいれ》が等間隔で置かれている他は、風呂があるくらいで殺風景だ。

 どれもこれも石で作られている所をみるに、ミュウやその前任が魔法や手作業で作り上げたのだろう。

 建設担当だと言っていたから、土魔法や、石工、細工等の技術に長けたドワーフが歴任していると推測できた。
 物容《ものいれ》はテーブルなども兼ねているようだ。

 ここでは珍しい、石以外のカップなどが無造作に放置されている。

「ほら、もってけ」 
 ポイっと無造作に渡される濃い緑の袋。
 ガササ、という聞きなれない音に、思わず取り落としそうになりつつも受け取る。
 到底食べ物には見えなかったが、礼を言った。

 そう言えば……

「あの…軍曹殿は、火魔法を使えるので?」
 火も起こさずに煙を出したり……今受け取った袋も火傷しそうなくらい熱い。

「殿はいらん。ミライ───あー、ビリィでいい」
「あ、はい! ビリィ殿…………ビリィ──さん」

 ん。といって、背中を押されて先ほど見ていた椅子と物容に導かれる。

「火魔法は使えんが、まぁ、このスキルがあるからな」

 ……説明になってない。

「でも、火を───」
「気にしてもわかんないから、ほっときな」
 と、地下から上がってきたミュウが緑の袋を受け取りつつ言う。

 はぁ…? と曖昧《あいまい》に頷きつつも、釈然としない。

「これやるから、機嫌治しな」
 濃い緑の袋から、鮮やかな黄緑色の平べったいものを渡される。

「いえ、別に機嫌を損ねたわけじゃ───なんですこれ?」
「おい、ミュウぅぅ…好き嫌いすんなよ」

 見たこともない字で恐ろしく細かく書き込まれている。
 素材も初めて触る触感だ。

 …あえていうなら、───…………敢えて言うものがない。

「鯖の生姜煮──魚だよ」
 おえ、ッという顔でミュウが可愛らしく舌を出す。
 魚───……魚!?

「え? これ魚なんですか!?」

 なるほど、見たことも聞いたこともないわけだ。
 森暮らしの長かったシェラは数種類の川魚以外見たことがない。
 一応、軍営では調理済みの物も出てくるが…基本、原型はない。

 なるほど…おそらく海のものだろう。

「へー…これが魚」
 ミュウは、それを試す眇《すが》めつ見ているシェラを、ニヨニヨとした顔で見ている。

「ったく……何でも食えっつうの。まぁチンマイし、ミュウ嬢は少しでいいんでちゅよね」
 と幼児言葉で揶揄《からか》うビリィに、「嬢っつうな!」と結構な勢いで突っ込みを入れている。

「あははは」

 その様子に自然に笑みがこぼれる。
 にっくき人間がいるというのに───だ。

 食事前のワクワクする空気がそうさせるのだろうか。

「へー……アンタ笑うと可愛いね」
「お、おう…びっくりしたぜ」

 素直な二人の反応に、シェラをして恥ずかしくなる。
 あんまりストレートに、こう返されると……その、なんだ。花も恥じらう乙女なもんで───

「ううう……そ、そうだ! 水──出しますね」
 恥ずかしさを誤魔化す様に、水魔法を唱えると空中に水球を浮かべる。
 空気中の湿度がさほど高くないので、短時間ではいまいち大きなものができないが、人が飲むには十分だ。

「お、いいね……これに注げるかい?」
 総石造りの小さな鍋を取り出すと、そこに注げと言う。

「はい───…ぁ♪ ───」

 ぁぁ…♪ ──……──♪

 軽く調整した詠唱で水球を動かす。
 プルプルと震えたソレは、革袋が破れる様に球の一カ所からチョボチョボと細く零れだした。

「よっと…器用なもんだねー…あんたの前任はもっと大雑把だったよ」
 そうかな? 確かに、技巧は素晴らしいと褒められていたけど…要すれば器用貧乏だという事だ。

 戦力としての魔法は技巧も大事だが…やはり出力重視だった。

「優秀じゃないですけど……色々使えるので──その雑用は得意です」
 だから、頑張りますと言外に伝えたつもりだが、

「おお! それは助かるな」
「そうだね! いやー、飯しか出せないボンクラと、水浸しにしかできない変態しかいなかったからきつかったヨ」
「石削るか、穴しか掘れない嬢ちゃんに言われたくないわ!」
「嬢ちゃん言うな!」

 パカスン! と良い音。
 基本的にミュウのほうが階級が上なのでビリィは最後に叩かれて終わるらしい。
 なんだろう、こういう喜劇とかも洗練すれば流行りそうだなーと考えるのはシェラの頭がおかしいのだろうか。

「あはは……できました」

 水を入れ終わると、ミュウが平たい石を取り出して真っ赤に熱する。
 それを直接テーブル兼物容の上に置くと、ゴボゴボと早速湯が沸き始める。

 地味だが凄い。

「さて、カップを───…シェラはこれ使いな」
 無造作に放置されていたカップを一つ手に取ると、「フッ」と息を吹きかけ、軽く埃を飛ばす。

 ……一瞬「う」と躊躇《ためら》うが、上官の手前───嫌だとも言えないので、目を離した隙にこっそりハンカチで拭《ぬぐ》った。
 本当なら……自分のカップを使わせてもらうか、せめて洗ってほしいかった…南無さん。

「これでいいかな」
 懐からゴソゴソと小さな紙包みを取り出すと、

「アタシはこれ…ビリィは───」
「ポ〇リ」
「あいよ」
「シェラはコーヒーかジュースどっちにする? 紅茶もあるけど……」

 …!?

 コーヒーに紅茶!?
 まさか、そんな……人類に大陸を封鎖されて以来、そう簡単に入手できない嗜好品の数々。
 とくにコーヒーなんて随分味わっていない。紅茶だって、バカの様に高いものだ。

「コー……紅……───ジュースでいいで…、──お願いします」

 そうだ、コーヒーや紅茶を飲みたいのは山々だが、そんな贅沢品を下っ端の私が飲むわけにはいかない。

「?? はい。色はちょっとあれだけど、子供向けだよ」

 子供と言われてムッとするものを感じるが…実際、成人していないので仕方ないだろう。
 ダークエルフは長命の種族だが、シェラはまだまだ年若い。

「ありがとうございます」
 とは言え、一々噛みついてもいられない。
「そう、そこを破って───中の粉をね」
 まるで薬包のようだ。実際に中に入っているのも粉薬のようでなんだか得たいが知れない───……これがジュース?

「ミュウ、借りるぞ」

 ビリィは全く気にした様子もなく、青い綺麗な紙を破ると真っ白な粉をカップに注ぎ、その上から湯を入れた。

「あ、やべ…ホットポ〇リにしちまった」

 不味ったという顔をしているが深刻なそれではない。
 冷えた水のほうがよかったのだろうか。

「アンタ貧乏舌なんだから、気にしないでしょうに…」

 ミュウは少し焦げ茶色をした紙を破ると黒い粉を注ぐ。その瞬間に芳醇な香りが漂った───…本物のコーヒーだ!

 こんな山の上に持ち込むなんて中々できない贅沢だと思う。
 塩一つまみさえここでは貴重だ。

 だがもしかすると───

「これも、ぐん…ビリィさんが?」
 ビリリと真似をして注ぎ入れた粉に湯をかける。
 その瞬間甘ったるい匂いが漂った。
 
 すごい……粉が一瞬で飲み物になるなんて!
 よほど細かく挽き潰したようで…

「そうだよ? よくわからないけど、飲み物や調味料、タバコにお酒までついてるのもあってね。いわゆる当たりってやつさ」

 『日本』のは……まぁ外れでもないけど、当たりでもないね───と、言う。
 よくわからないが、レーション? にも色々あるらしい。

 と、

「行きわたったね?」
「おう」「? …はい」

 ミュウが徐《おもむろ》に「酒じゃなくて申し訳ないけど」と切り出し、
「では、期待のニューフェイスが来たことを祝して」

 ───「「乾杯!!」」「か、乾杯」

 タイミングはズレたものの、シェラはなんとかカップをカンッ! とぶつける。 
 そして口をつけると───

「ぅぅぅぅぅ……くぁぁ甘ぁぁぁぁぁい!!」

 なにこれ?
 甘っ!

 カップの中は、…その、なんだ。毒々しい紫色で、ブドウ果汁に見える。
 が、味は近いもののブドウ果汁とは比べ物にならないほどに甘い!
 
 しかも、温かいことも相まって、登山で疲れ切った体に沁みわたる。
 高山かつ吹きっさらし故の低温にも、また染み渡る。

「気に入ったかい? アタシもビリィもジュースはあんまし飲まないからね、アンタが優先的に飲みな」
「あ、はい!」

 おいしい……こんな甘い飲み物───ハチミツ以外には初めてだ。
 いくらでも飲めそう…

 あ、でも、コーヒーも紅茶も捨てがたい。
 あの口ぶりだと結構余裕があるみたいだ。

「じゃ、飯にしようかね」

 ガサガサと濃い緑の袋からミュウが不思議な容器を取り出し並べていく。
 中身はと言えば……。

 白い容器に……透明なガラスの様なものが張り付いた妙なものだった。それが二つ。
 そして、鮮やかな緑の──さっきの「魚」のでっかい奴。これにも文字がびっしり。

「これ何なんです?」

 取り出した「魚」に、ミュウに貰ったものと同じ「魚」が入っている。
 シェラだけ、「魚」が三つだ。

「こうやって───よっと」
 ミリリリリ……と、ウサギの皮を剥ぐような音がして不思議な容器からガラスが取り外された。

 途端にフワリとした甘い穀物の香りがする。
 麦にも近いが───なんだろうこれは?

「こりゃ、フィルムって奴だ。剥がしてしまえば…コイツ───白米が主食になる」
 「ご飯とも言うな」等と、そういってから『フィルム』に包まれた先割れスプーンを取りだした

「で、これだ。『サバの生姜煮』と『肉じゃが』って料理だ。美味いぞ」

 そういって、白米…「ご飯」の上に鮮やかな緑の「魚」の上端を───…ピリリと破り、??? ボチョンと乗せた。

 途端に広がるのは少し生臭い匂い───そこに混じるのは、
「う…魚の切り身と───ジンジャーですか?」
 ほう。と驚いた顔をしたビリィ。
「よくわかったな。お前はこれを『魚』と勘違いしてるみたいだが、これは『レトルトパック』といって、一種の容器だ」

 そういって鮮やかな緑の『れとるとぱっく』を示して見せる。
 な、なるほど……

 真似をするようにピリリと上端を破く。固いと思ったがしっかりと破り口がついている親切設計だ。
 ただ少し力を入れすぎたのか、中の汁がビュっと飛び散り、顔に───

「うわ!」

 ドローとした白濁液が顔に…

「アツぅぅイん……」

 ホカホカの白く濁ったサバ汁が……熱くて臭い白い汁が───
 くっそー、最悪だ。

 って、なんで下種顔してるんですか? ビリィ軍曹殿?

「ドスケベが」
 スパコンと、ビリィの頭を叩くミュウ。

 彼女はもう一つのパックを手にして中身を半分ほど、ご飯にぶっかけていた。その開ける手つきは慎重だ。

 ……な、なるほど、ゆっくり開けないとだめなのか。

「いってーなー……まぁいいや、食ってみろ。旨いはずだ」
 そう言われても…想像以上に生臭い。

 川魚は食べたことはあるが…こんなに生臭かったっけ? 大抵焼いてたり、シチューの具になってたので何とも言えないけど…こんな切り身が、半身分も出てくるなんて。

 しかも、ミュウさんがくれた分を合わせれば丸一匹分だ。…結構キツイ。

 恐る恐る先割れスプーンで身を解す。
 固いかと思ったが思ったより…「柔らかい…」と口に出る。

「ビビッてねぇで食えよ」
 ビリィは、既に豪快に半分ほどを先割れスプーンに突き刺して口に放り込んでいる。

 モチュモチュと口の中で転がしたかと思うと、ご飯を一掬い、二掬いと、次々に口に放り込み口内で混ぜている。

 なんだその食べ方?

「い、いただきます…」
 解した身を恐る恐る……

 パクッ───






 旨い。






 ───美味い!




「お、美味しい…です」

 驚いた顔でサバを食《は》んでいると、
「お、シェラは魚食べられるんだ?」
 ミュウは感心感心としきりに頷いている。
「ミュウはよぉ、偏食が過ぎるんだよ」

 こんなに旨いのによー、とサバを豪快に食べつつ、
 不思議な容器に乗っかったご飯を、ぶっかけた掛けた汁ごと豪快に飲み干していく。
 食べるというより…なんだ? 掻っ込むとでもいうのだろうか。

 見るからに下品な食べ方だ。

 僕は違うぞ…と思いつつサバを食し、飲み下してから白米を口に…うん。


「ご飯って淡泊ですね…」


 サバの汁がかかっているから多少は味があるけど、これ単体だと食べるのはキツイ。
 うーむ、と思いつつサバをパクリ。モッシャモッシャ───あ、うまいわ、魚。とうかサバ?

 さて、飲み込んでからご飯───と考えていると、

「ゲップ」
 ミュウが可愛らしい顔に似合わず盛大にオクビを漏らしつつご飯を掻き込んでいる。

 ──この人は女であることを捨てているのだろうか…

 口の中で、肉じゃが? とご飯を最大に混ぜつつモッシャモっシャと実に豪快。

 チラリと目を向けられて───
「シェラ…そんな食い方してたら戦争終わっちまうぞ?」

 ……
 望むところです。

 と言いつつも、既に一つ平らげたビリィは早くも二つ目のご飯を開封している。
 確かに…遅いかも。

 軍営では早食いが基本だった。
 
 というより、メニューが簡素すぎて時間をかける理由もない。
 パンにシチューに、なにか肉か──焼き物がついて、たまにデザートが付く程度。

 レパートリーもそれほど多くない。
 時には芋ばっかりなんてことも。

 そう言った意味で言えば、この戦闘糧食も実に簡素なのだが、魚の味わいは深い。
 さらにもう一つメインの肉じゃがなるものがあるのだから、
 外で簡易的に食うものとしては、かなり上等だろう。

 しかし、それにしても面倒なのはご飯と言うやつだ。
 スプーンで掬っても大した量は取れないし、サバ汁を吸ってパラパラになって実にもどかしい。

「お上品だねー」
 ジュルルルル、ジュルウゥゥ! と、派手な音を立てて汁っけタップリの肉じゃがを頬張っているビリィとミュウ。

 く……なんかすごく馬鹿にされている気分だ。

「可愛いねー」

 ……ファ〇ク!
 食えばいいんでしょ! 食えばぁぁ!

「はぐはぐはぐはぐ…」
 ジロジロ見られながら食うには癪《しゃく》に障る。
 ここはもう先人に倣《なら》うべきなのだろう。お屋敷の晩餐会じゃるまいし、テーブルマナーなど知るか!

 そう、踏ん切ると一気にサバと一緒にご飯を掻き込んでいく。
 汁気を吸ったご飯は、実に喉越し良く口の中に流れていき、胃袋まで直行だ。

 しかして、ゆっくり味わいたいのもまた事実。
 口の中に残ったものは咀嚼《そしゃく》してやる。

 …モッチュ、

 !

 モッチュ、モッチュ…

 !!

 ───…!!!

 うま!

 ナニコレ!?

「うみゃぃ…!」
 口の中を一杯にして辛うじて声を出す。

 …っていうか、マジでうまい。
 サバとご飯の絡み合い混在化したこの味───…!

 相性抜群!
 
 なんじゃこりゃ!
 なんじゃコリャ!

 なんじゃ───

 サバはご飯に出会うために生まれてきたのか!?
 すぐに、もう一つのサバをご飯に上にあけると、ツユダクになっているのも構わずに軽く先割れスプーンで解して食べる。

 そう──お下品に、だ!



 ジュゾゾゾゾゾオゾゾゾ!!



 ───っっくぅぅぅぅぅ!!

 旨し!
 旨し!

 旨し、旨し!

 一人で、グッグッ! と、ガッツポーズを決めつつ唸《うな》る。

 その様子をホッコリした顔のビリィ&ミュウが見ている。
 しかし、気付くことなくシェラは二つ目の品に挑戦するべく大きめのレトルトパックに手を付ける。

 たしか…肉じゃがだったっけ?

「鴨肉じゃがだ。なんで鴨を使ったかは知らない」
 と、ビリィが思考を先読みするように補足してくれた。

 鴨? …あーカモね。たしか水鳥で、アヒルみたいな味の奴だ。
 食べたかどうか明確に思い出せないが、不味いものではないはずだ。

 その肉が入っていると?
 そして、ジャガ…───あー、芋ね。

 うん、しょっちゅう食ってる。
 嫌になるくらいに……ね。

 ようは、ベーコン入りのマッシュポトテみたいなものかな?

 ミュウの食べてるものを見れば汁っ気たっぷりだけど、味はそう変わるものではないだろう。

 ───だって芋だし。

 そう思い、今度は慎重にピリリとパックを開封していく。
 少し、ピュッと汁が飛ぶが指に付く程度。なぜかビリィが残念顔……
 顔面発射の「アツぅぅイん」をさせたかったらしい───クソが!

 それはさておき、開けてみればモワワ~と、広がる肉の油の匂いと───…なんだろう? 甘ったるい匂いの中に香ばしさが…

「ソイツは、肉のほかにジャガイモ、ニンジン、玉ねぎなんかが入ってて栄養満点だ」
 ビリィの説明をなんとなく聞きながら、
 ドロロロロー…と開封したご飯にかけると───なるほど汁たっぷりの具沢山。ほとんどシチューかと見紛《みまご》うばかり。

「味付けは砂糖に、味醂《みりん》に、酒少々と──あとは醤油だな」

 砂糖!? シチューに? ……それはまた贅沢な。

 人類の大陸封鎖で物資が慢性的に困窮している魔王軍では、空いた土地を軒並み開墾し農作物を植えている。
 主に、成長が早く収穫量の多いジャガイモやカブだ。

 それでも足りず、商品作物であったサトウダイコンやら油菜はほとんどが、ジャガイモ達に土地を譲った。

 故に本国でもどこでも常に砂糖は不足。いわゆる高級品のー贅沢品だ。

 それをシチューに入れているらしい。どおりで甘ったるい匂いをしているわけだ。

 そして、なんだろう?
 味醂《みりん》? 聞いたことがない…
 酒はわかるけど、アルコールを料理にいれるのは少々もったいない気がする。

 もちろん酒精を加えることで料理の味を引き立たせることは知っているし、肉には香りづけとしてぶっかけることもある。
 いずれにしても…贅沢なものだ。

 さらには、なんだっけ? 醤油───

 え?

 ……

 しょ、醤油!?

 醤油って、確か…かつての王宮料理で使われた…豆から作る魚醤の一種じゃ……

 うそ…………滅茶苦茶高級品じゃないの!?

 えええええ! 肉じゃが半端ないくらい贅沢品じゃ……

「そ、その……こんな高級なもの、いただいていいのですか?」
 語尾はゴニョゴニョと小さくなっていく。

 軍営では一応、食事は支給されるのだが、それで足りないと感じる者も当然いる。
 その場合は…訓練兵は別にしてだが、
 部隊配属のものや、職業軍人は自分で買い付けたもので自弁することがある。

 そのためPX(酒保)ではちょっとした一品ものが売られていたり、あるいは軍営の外では飯時になると小さなバザールの様なものができる。

 皆この自弁用の追加の食べ物を売買するためだ。

 お値段はピンキリで、
 自家製ザワークラウトやピクルスに、炙りベーコンにアイスバインなんかも買えたりする。

 当然、お肉は超高い。
 一等兵の安月給では早々、買えるものではない……

 ということは、
 もしや───この肉じゃがなるものはすごく高級品で……



 ※ 妄想中 ※

「いただきまーす!」
 モッサモッサ
「うまーい!」
 とシェラが喜んだその瞬間───

「じゃーお嬢ちゃん、体で払《はろ》うてもらおうかー…ぐっへっへ」
 とばかりにビリィが本性を剥き出しにして、

「あーれー」
 ビリビリビリィ! と、哀れシェラは純潔を散らす羽目に……

「ひっひっひ、エルフは可愛いのー、ひっひっひ」

 ───なんてことに!!!!

 ※ 妄想終了 ※



「この腐れ外道!!」
 外道滅せよ! 水球ゥぅぅぅ乱打!!!


「ちょちょちょちょちょちょちょ! 何やってんのよアンタ!!」
 慌てた様子で、肉じゃがを掻き込みつつミュウが仰け反っている。
 
 …安心してくださいミュウ曹長。
 いつもこの外道に体を弄ばれていたんですね……たかが飯、されど飯。旨い飯には罠がある!

「滅せよ外道! 我がシェラ・フェルドリンの名のもとに成敗してくれる!」

 ───ええ加減に、

「「せい!」」

 ススパパーーンン!!
 
 と、息のあった突っ込みを頭に食らって強制的に魔法をキャンセル。
 ボシュウ~と空気中に霧散していく水球たち。

「ったく、急になんだってんだ」
「ビリィ…この子、アホの子かもしれんね」

 ムカッ! 失敬な!

「だ、だって、こんな高級品タダでくれるはずが……」
 一体いくら取るつもりなのか。お金も───軍票で少しは持ってきているが、とても払えるとは思えない。

「はぁ? 肉じゃがで金なんかとるかよ…」
「コイツの出す飯は全部タダだよ。でないと誰がこんなとこで勤務するもんかい」

 もちろん、軍務である以上───行けと言われれば行かねばならないのだが…
 選べるなら、誰もこんなところには来ないだろう。

「いいから食え。冷めるぞ」

 うぅ…本当だろうか。
 食ったら豹変《ひょうへん》するんじゃないだろうか…?

「い、いただきます…」
 食事中に2度目のいただきます。

 仕切り直しには必要だろう。

 おそるおそる…
 ビリィの方を上目遣いで確認しつつ、

 パクリ───

 ……

 …

 う、

 旨い!!!!!


 やっばぃ! なにこれ!?


 味わいがぁぁぁぁぁぁ! 深《ふか》ぁぁぁぁぁぁぁい!

 えええ、
 ナニコレ、なにこれ、何是!?

 甘い……の中に、ジューシーさと……肉の旨味が塩味と絡み合ってぇぇぇぇぇ!

「超ぉぉぉ旨ぃぃぃぃぃい───…でっす」

 思わず叫んでしまった。
 いや、私は悪くない。だって、

 だって、

「旨いぃぃぃぃぃ───……でありまっす」

 なんか上官二人の目が怖い…
 なんだろう。ホッコリ顔から…───あぁ、あの目は知ってる。

 雨の中捨てられてる犬を見る目……

 可哀そうな子───を見る目だ。

 ……

 えー……ダメ?
 叫んじゃダメな子?

「お、おう…美味かったなら何より…半分食うか?」「頂きます!」
 あ、ヤバイ反射的に貰っちゃった。

 きっと、あとで濃いぃぃぃプレイを強要されるに違いない───
 あーんなことや、こーーんなことを……

「また、えらい子が来たね……普段何を食べてるんだか」

 む……
 そ、そりゃちょっと大げさに言ったけど…可哀そうな子扱いは心外。

「う、うちの軍営は比較的物資に恵まれていて───その、おいしいご飯が出てましたよ」
「……メニューは?」

 う……

 お、おいしいのは事実だけど、その───

「ま、マッシュポテト……」
「ふむ?」
「ベ、ベーベコン入りの……マッシュポテト…」
「ほう?」
「く、クルミ入りの……ま、マッシュポテぉぉ……」
「うん?」
「ほ、ホウレンソウ入りのぉぉ……ま、マッシュなポテェイト……」
「……マッシュポテト以外は?」

 ……

「ざ、ザワークラウト?」
「と?」

 …………

 ……

「………」

 はい、終了ぉぉぉぉぉぉぉ!!!

「ミュウ……虐《いじ》めてやんなよ」
「う、お…うん」
 
 ……しくしく。

「泣くなや…」
「いや、別に虐《いじ》めるつもりじゃなくてさ……本国の状況を知りたくてね」

 本国───
 ……
 …まぁ、酷いもんです。

「聞く感じだと酷そうだな。滅多に来ない補給でさえ、昔は高価なものが揃っていたんだが…最近はなー……」
「あー…過酷な任務っていうんで、かなり気を使った感じはあったけど、最近はねー……」

 なんだか上官二人は、下っ端のメニューを聞いただけで思い当たったことがあるようで、うんうんとしたり顔(・・・・)で頷いている。

 いいもん、
 食べるもん。

 ヤリたきゃやれぃ!

 と半ば投げやりな気分で鴨肉じゃがを啜《すす》る。
 うん…美味い。

 汁っ気たっぷりで本当にシチューのようだ。
 あーだこーだと、言い合いしている上官を尻目に、ご飯と一緒に掻き込んでいく。

「ぉぃひぃ……」

 なんだろう。甘さの中にあるこの風味は…反発しあうこともなく、甘い調味料が混在したこの得も言われぬ一体感は……

 そうか…、
 
「これが醤油か……」
 そうだ。この風味は魚醤に近いものがある。
 あれも風味は豊かだが、少々生臭い…癖があるのだ。
 
 だが、この醤油───それがないのだ。

 故に風味が抜群で、…………美味い!

「やっばい…涙出てきた」
 クソぅ……鴨肉じゃが、旨いよー! 旨いよー!

 こんな旨い物が食べれるなんて……

 この狭い観測点の勤務だけど、
 案外悪くないかもしれない。

 ミュウの話を聞けば、レーションなるものはすごく種類があるみたいだし、コーヒーや紅茶もたくさん飲める──ときた。
 それにジュースは甘いし……

 仲間も、まぁ──

 ミュウさんはガサツそうだけど悪い人じゃなさそう。
 きっと色々勉強になる。

 ビリィは───人間死ね。
 は、置いといて……まぁスケベらしいけど、悪人ではないだろう。
 人間なのが気に食わないけど、ご飯は美味しい。
 美味しいは正義。
 タダは最高。

 ……まぁ、悪人ではなさそうだ。
 少なくとも、飯をくれる人にそう悪い人はいないに違いない。
 せっかくだし、
 精々、人間とやらを見極めてさせてもらうことにしよう。


「ぷふぅ…ご馳走様」


 うん、美味しかった。
 ここの勤務もまだわからないことだらけだけど……

 悪くないかもしれない。

 ミュウ曹長。
 ビリィ軍曹。

「これからよろしくお願いします!」

 あ…外の風呂は絶対使わないからね。

「お、おう、よろしく美味かったか?」「結構食べたねー。美味しかった?」


 …………

 ……


「はい! とっても美味しかったです! レーション最高ですね!」


 ニカッとシェラ()的に最高の笑顔を見せるが───


 なんか上官二人は可哀想なものを見る目。

「あー…レーション最高とか言っちゃってるよ」「今のうちだけだけどね…毎日毎日──」

 ん?

 突然、空気が冷える。
 ミュウとビリィがブツブツ言い始めたが───何なに?

 ブツブツ…

 ブツブツ……!

 ブツブツブツブツ…毎日……!!


 毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日………


「「こんなもんばっか食ってられるかぁぁぁ!!」」「???」




 ドカーン!!!



 と、魂の底から叫ぶ下士官二人。
 と、
 おいひぃよぉぉ、と先割れスプーンを齧っている一等兵。


 全く噛み合わない三人が、ここに揃う。


 がんばれ! 魔族。
 頑張れ三人!


 って言うか……いいのか?
 見てみたまぃよ。


 飯食ってる間に、ドラゴン航空師団が横を飛んでいったぞ?

 加熱剤をブクブクやってる間に、重装騎兵連隊が眼下を驀進していったぞ?

 コーヒー啜ってる間に───…特殊空輸小隊が巨鳥《ガルダ》に乗って向かっているぞ!?



 大丈夫かこいつ等!?
 飯食ってる場合か?



 どうなるPZ-101───通称「鷹の目(ホォォォクアァァイ)




 デェン! デェン! デェン!
 
 テッテッテテテレテテ~♪


(脳内保管中───)



 デッデッデ♪

 デッデッデ♪

 デッデッデ♪

 

 シェラぁぁぁぁぁ・フェルドリン!!!


 ──アーンド


 ミュウ・ラウゼン!!!!





 ゲスト! 万丈未来!





 
 デェン! デェン! デェン!
 
 テッテッテテテレテテ~♪



 魔族戦線異状なし……
 PZ-101の観測点───


 ──【コンバット! レーション】───



第3話「レーション日和」
※MRE※

着任したシェラは代わり映えのしない毎日を送っていた。
来る日も来る日もひたすら高山の上から地上を監視し、魔導通信で異常なしの報告をおくるだけ。
たまーーーーーーーーに、動きがあったとしても人類側の騎馬が数騎視界の隅を掠めていくだけ……。多分ただの斥候だ。

「今日も今日とて異常なーーーーし」

どこかなげやりに報告するシェラ。

魔導通信は『了解』と返答するだけで特に反応はなかった。

「もうやんなっちゃうなー」
高山は空気は薄いし、寒いし、遮るものはないし───……男は要るし。

「どしたん? つまらなさそうな顔して」
素っ裸で歩き回る豪快姐さんのミュウ。
「ちょ! ふ、服着てくださいよ!!」
「ん~? ええやん。涼しいし、どうせアンタらしかおらんのやし」
いや、だめでしょ!!
「ビリィがいますって! アイツ飢えた狼ですよ!!」
「誰が飢えた狼かッ」
のそりと現れたビリィこと、バンジョウ。
「ほれ、飯だ。ガキの乳より貧相なメニューだが、食わねぇと死ぬぞ」
「「誰が貧相じゃ!」」
ジッと、ミュウのおパイを凝視するビリィ。ふと目を反らして顔を赤くする。

そんなこんなで逆セクハラまがいの職場でうんざりした監視任務を続けるシェラ達。

そんななか、唯一の楽しみが───……!

「わ!! MREだー!」
「「ぇ?!」」

ビリィの手にしたパッケージを受け取ると、嬉しそうに開封するシェラ。

それを信じられないものを見る二人。
「お前、それ、好きか……?」
「よ、よく平気な顔してるわー。つーか、ビリィ! 外れ引くなっつーーーの!」
「贅沢言うなし! 食えるだけありがたく思え!」
ガルルルル! といがみ合う二人。
MREが出た時はたいていこんな感じだ。フランスとか、スペイン、イタリアのレーションだと終始機嫌がいいというのに……。

「はい! MRE好きです!」
「おぅ」
「のぅ」
顔を引きつらせる二人。耳を寄せてこそこそと。

「(ほ、本国、そんなやばいのか?)」
「(い、いよいよ、やばいのかも……。MREがごちそうとか、本国では飯事情はどうなってんだい??)」

ニコニコ顔でMREを開封。
毒々しい色のジュースを作ってぐびりとやると、信じられない色のケーキに被りつきながら、何の肉かわからない合成肉をむしゃむしゃと頬張る……。

「おいひ~♪」

「うぇ、」「おぇぇ、」
もはやにおいだけでやられそうになっている二人。

さて、本日のメニューは……。

MRE,ステーキサンドとパウンドケーキ……らしい。
シチューのつもりなのか豆のごった煮パウチ付き。デザートは原型が分からないほどドロドロになった桃と葡萄のフルーツミックス……。

「おぇ、さすがMRE」

「M(まるで)R(連隊長の)E(笑顔)」
「M(まずくて)R(レビューも)E(えぐい)」
つまり
「「要するに見るに堪えない飯だ……」」

「おいひ~♪」

うんざりする二人を尻目にシェラはさも旨そうにMREを平らげていく……。
それを見て一刻も早く戦争を終わらせる必要があると決意したとかなんとか。

※イタリアンレーション※

この日は少し様子が違う。
朝からハイテンションの上司二人に、シェラは怪訝な顔。

「やった!」
「あたりだぁぁぁあ!」

「どうしたんですか?」

テンションのままに、シェラにババーンと示したのは綺麗なラベルのレーション。

「個人的大当たりのイタリアレーションです!」
「お酒付きなのよぉぉおお!」

「……へー」

「「感動薄ッ」」

「いや、だって、食べてみないとわからないし。レーションはどれも美味しいですよ?」

「「お、恐ろしい子……」」

やたらと息の合うビリィとミュウ。
シェラが来るまでは二人きりだったというし、もしかして……。

「それはない」
「ありえない」

「あ、はい」

ドワーフ美人と、風変わりな人間のカップル───というのはあり得ないらしい。お似合いだと思うけどね。

だけど、そうだとすると……。ビリィがいつ襲い掛かってくるかわかったものじゃない。人知れず身体を抱きしめるシェラ。僕って可愛いから───。

「殺すぞ、クソガキ!」
「な、なんもいってませんが?」
「顔に出てんだよ! 俺にだって好みくらいあるわい!」

いつも通りのやり取り、
そして、そんなかで登場したのがイタリアレーション!!

色鮮やかなパッケージにぎっしり詰め込まれた缶詰と、お酒の小瓶!

そして、シェラをはじめ、鷹の目拠点の監視員たちはしばし、最高にうまいレーションに舌鼓を打って、退屈で退屈で仕方のない日々を忘れるのだった。

「あー……こんな美味しいものがあったなんて。MREとか、犬の餌ですね」
「これ食ったら、ほかの外れレーションは食えねぇぞ?」
「アタシはおしゃけがあったらにゃんでもいいや~」

シェラが飲まなかったお酒を貰い上機嫌のミュウ。本来勤務中の飲酒は絶対ダメなのだが、誰も見ちゃいねぇし……。

ドワーフのわりに酒に弱いミュウはたった小瓶二本で十分らしい。
そして、相変わらず大らかすぎるというかなんというか、熱い熱いと服を脱ぎ始めるものだからもはや収拾がつかない……。

「あはははは、なんだこれ──────」


※魔王軍のレーション※

 久しぶりに本国から補給が届いた。
 飛竜に乗る熟練のドラゴンライダーが上昇気流を捕まえ、完全防寒耐性をして、上空に現れたのだ。

 しかし、飛竜をしても高山の活動は困難らしく、飛行姿勢は危うい。

 だが、なんとか放り投げるようにして補給物資を届け───もとい、ぶちまけて飛竜は帰っていった。

「やれやれ。いらないっつってんのに……」

頭を掻くビリィが、バラバラになった木箱から物資を回収する。

「なんですか、それ?」
そこに興味深そうにのぞき込んでくるシェラ。
「ん。二か月に一回、本国から補給物資が届くんだよ。主に、食糧とかなんだが───」
「へー……。うげ、乾物だらけ」
「そりゃそうだろ。生鮮品が日持ちしないし、なにより重いからな……」
ため息交じりに食材を袋に詰め替えると、
「あとはお前やっとけ、俺はこれを片付ける」
「へ? い、いいですけど、どうしたんですか?」
「うるへー。先輩だけに働かせる気か?」
「いえ、そういうわけでは……ごにょごにょ」
 そそくさとその場を去っていくビリィ。怪しんだシェラがこっそり尾行。
 ダークエルフならお手の物だ。……もっとも、隠れる場所なんてほとんどなんだけどね。

「ひ、ひひ! 今回はいいのあるじゃねぇか」

 隅っこでゴソゴソ始めたビリィを覗き込むシェラ。その視線の先には、魔王軍の絵師が描いた───春画集があったとかなんとか。

「パツ金エルフの情事……。先輩、こういうの好きなんですか」
「おうよ。エルフはやっぱり憧れ──────……シェラさん?」

 振り返るとジト目のシェラ。慌てるビリィであったが、シェラの不潔なものを見る目がいたたまれず、土下座で謝罪。

「ごめんなさい。違うんです。溜まるんですよ、男なので。でも、はい。シェラさんをそういう風な目で見たことはないので許してください。誓ってほんとです」
「……全力で魅力がないって言われてるのも腹立つわー」

「はいはい。その辺にしときな。ビリィも男だから色々あんのよ」

 そういってヒョイっと、春画集を取り上げると、
「でも、下手打ったねビリィ。補給物資にこーゆーの混ぜるのは上官として見逃せないねぇ」
「違うんです。ごめんなさい。わたくしめではなく、軍の補給係が気を利かせてくれて───」
「はいはい。ええから、今日の飯さっさと出しな」
「うぅ……。すんません。でもできればそれは返して───レーショうかん!」

 金色の光と共に小箱が召喚される。

「うわ……! アンタ、これ大外れじゃないか!」
「え、何ですかこれ? お芋?」

「……げ、救難非常食───」

 ビリィが開封したのは、羊羹がぎっしり詰まった救難食。
航空機が墜落したときなどにボートに設置されている奴だ。

「よくもまぁ、……アンタ今日はいいところがないね。これは没収するから、こっちでも見て慰めときな」
「───あー……『助けはきっとくる! がんばれ』って、うるせぇわ!」
通称がんばれ飯。ありがたい手紙付きの非常食だ。

「あ、でもこれおいし-!」
シェラだけは絶品羊羹に大満足だったとかなんとか……。


※ 今後の展開 ※

ただひたすらレーションを異世界住人が食して、レポするだけ。
たまに戦闘やら敵の特殊部隊やらが強襲するが、基本は平和な戦時食レポ。

日本の戦闘糧食から、モンゴルレーションまで多岐にわたる世界各国のレーションを紹介しつつ、微エロありきの山頂3人暮らしを日々語る。

たまに、保存食で手料理を作ります。
ミリ飯好きには堪らない作品に……!