「ナナミぃぃぃいいい!!」
「たけるぅぅぅううう!!」


 猛とナナミは世界を渡っていた。


 それはまるで宇宙旅行のよう───。
 白い空間から解放された二人は、元の肉体を保ったまま広大な空間をただ彷徨うのみ。

 さながら宇宙遊泳のような状態でフワフワとそして、時に激しく揺さぶられるように───。

「うわぁぁぁぁあああ!!」
「きゃぁぁぁああああ!!」

 必死で手をつなぐ二人の眼前には宇宙のような物が広がり、惑星のように球体が無数に浮かんでいる不思議な空間が猛烈な勢いで流れていく。

 ふたりは、世界の狭間を高速でギュンギュンと渡っていた。

 そこは無限世界。
 宇宙に浮かぶのは無数の世界で、無限の輝きを保つもの。

 そこには地球のように文明が発達した世界もあれば、すべての生物が死に絶えた世界もある。

 無数。
 無数の世界───。

 人々が激しく争う世界もあれば、異形が闊歩し死が満ち溢れる世界もある───。

 その様を二人して茫然とその光景を見下ろすしかできない。

 だが、
 そのうちに二人は一つの世界に近づいていることに気付いた。

 その世界に近づくにつれ光がおおきく瞬き、目が開けていられない程───。
 だけど、決して離れないように二人で手を繋ぎ───。そして、ひとつの世界に到着した。それは、まるで宇宙船が着陸するかのように、徐々に徐々にと近づいていく。

 そして、二人は大地に近づき───……。



 ──────その世界に、猛とナナミの二人は舞い降りた。



 そこは、空と水が青く輝く世界。
 地球と変わらぬ空気密度と重力の世界。

 そして、

 ……照りつける太陽。
 新鮮な空気───!

 ついでに、見たこともない巨大な鳥たちと、
 さらには、無数の人々が槍を連ねて巨大な異形(ドラゴン)と戦う戦場へと───!



 って、おいぃぃぃい……?!



 「「「わーわーわーわー!!」」」
 《ギャァェェェエエエエン!!!》


 ま、マジかよ?、
「───ちょぉぉおおお!! いきなりあそこに降りるのかよ!!」

 せ、戦場じゃねーか、ここぉ!!

「あの、自称神様め! いきなりハードモードとか、難易度設定ぶっこわれとるがな!」
「た、猛?」

 ──未だ空中を舞っている二人の眼下には血みどろの戦場が広がっていた。

 そこは、中世ヨーロッパのような鎧を着た騎士たちが盾と槍を並べ陣形を組みつつ戦う戦場で……。
 対する敵は巨大なドラゴン!

 全長5mにもなるそいつは、翼をはためかせ騎士たちを皮膜と尻尾で薙ぎ払っている。
 そして、反撃する騎士たちが一斉に矢を番える。それは低空を舞うドラゴンを射落とさんと構える弓矢の斉射で───。

「猛?! あ、危ないッ!」
「なッ!?」

 やべぇ。
 騎士団とバッチリ目が合っちゃったよぉお!

 ギョッとした顔の騎士団の面々。そりゃそうだ……。
 ドラゴンと対峙する騎士たちは、空から現れた猛たちに驚き──────ついでとばかりに弓矢を指向してきやがった。

「ッ!」
 し、しまった───!

 ギラリと輝く鏃に思わず身を竦めた猛。
 矢を一斉に放たれそうになり思わず、ナナミの手を離してしまったのだ。

「な、ナナミぃぃいい!!」
「きゃあああああああ!!」

 ナナミが鋭い悲鳴をあげて木の葉のように舞い落ちていく。
 だが、それは猛とて同じ。落下速度は緩やかであっても制御できるわけではなく───否応なしにナナミと離れ離れになってしまった。

 幸いにも地表近くだったため、それほど離れた場所に落ちたわけではないだろうが、騎士団とドラゴンの間に分断されてしまう。

 そして、永遠にも思える時間を空に浮いていた猛だったが、ついに着地───。
 その瞬間、ズン!! と重力を感じ、世界の存在を猛烈に体全体で感じた!!


 ……ブワ──────!!


 着地直後に、鼻腔から入る草いきれ(・・・・)
 そこには焼ける人の肉の香りと、ドラゴンの熱い吐息!


 そう、これが戦場の匂いッ!


 肌に感じるのは灼熱と視界を焦がすドラゴンブレス!
 そして、騎士たちの断末魔の声とドラゴンの咆哮が耳朶を打つ!

 こ、ここが──────!!

「ここが、異世界なのかッ?!」

 猛は思わず叫ぶ。そこに、

「な、なんだお前は?! 魔王軍の間者かッ?!」
「馬鹿野郎ッ、隊列を崩すな──────く、来るぞぉぉおお!!」

 騎士の一人が猛に槍を突きつけると、その相棒が彼の首根っこを掴んで隊列に戻そうとする。
 だがその動きは少し遅かったようだ。


《ギィェェェエエエエン!!》


 ズンズンズン!!
 ドラゴンが地響きを立て地面に降り立つと口腔を赤々と照らし出す。

 あ、あれはきっと!

「ブレスが来るぞぉッ! 総員、魔法結界(マジックバリアー)───」

 ギュボボォォオオオオオオオオ!!

「ぎゃあああああああああ!!」
 騎士団の隊列にブレスを放ったドラゴン。
 それは、今までならば耐えきれたのかもしれない。

 だが、猛に気を取られた一人がいたがために、密集隊形に穴が開く。
 そして、ドラゴンはそれを見逃さない!!

 ゴォォオオ!!

 隊列の穴から炎が結界の内側を焦がしていく。
 そのまま焼かれる騎士団の面々。

「「あぎゃああああああ!!」」

 半数近い騎士たちが重傷を負い、直撃を受けた騎士は真っ黒に炭化して息絶えた。

「ぐ……。こ、このまま全滅するぞ」
「い、いかん! 部隊を再編する───いそげ!」

 後退! 後退ぃぃい!!

 ダダダ! と足音高く騎士たちは後退していく。
 そこには、生き残りと戦いの勝利だけを考えた無情な現実があった。

 …………つまりは負傷者の置き去りだ。

 もちろん、それには猛も含まれている。

「おい! コイツはどうする?」
「は? そんな奴ぁ、ほっとけ! それより第二線で隊列を組む! 急げッ」

 騎士たちは100mほど後退して再び盾を連ねると、ドラゴンに対峙した。
 すると、偶然か必然か。
 猛は一人、ドラゴンと騎士団に挟まれるちょうど中間に、


 ………………え?


 騎士団の殺気だった視線と、ドラゴンの低く唸る声に挟まれる猛。

《ギュグルルゥゥゥウウ……》


「う、嘘ぉ?!」

 いきなり戦場───。
 いきなりドラゴン───。

 いきなり絶体絶命ッッ?!

「……あんの、自称神様の馬鹿たれ! 転移先はちょっと考えろよぉぉお!!」

 じょ、冗談じゃないっつの! 
 いきなりドラゴン戦とか、どんなクソゲーだよ!

 ……ッ!

「……ぁ!!───ッて、そうか! クソゲー……。ゲーム!! RPGか!!」

 忘れる所だった……!
 自称神の言ったあの言葉ッッ!


 ───あなた達の望む力を差し上げます。
 あなた達の想いの力を武器に、
 ───心に強く願った力を授けましょう…………。


「……だったよな?」

 ならば、

「───ならば、このクソゲー的なRPGの世界っつったら、コレだろッ!!」


 そうだ、
 そうとも!

 そうだともさッ!!

 ゲーム脳世代舐めんなよぉぉぉお!!

 これがいわゆる、転生ボーナスって奴だろう?!

 ───だったらよぉぉおお、

 『勇者(・・)の力(・・)を願った俺なら───!!

 ……できるはずだ!!

「はぁッ!!」


 ─────────ドンッ!!


 地響きのような踏み込み!
 その勢いのまま猛然と突っ込む、猛ぅ!

「ぅらぁぁぁああああ!!」

 一気にドラゴンに肉薄すると、素早く地面を走査(スキャン)して武器になりそうなものを探す。
 ボンヤリ突っ立ててもやられるだけだ!

 ならば、ここは攻める───!!
 だてに現代っ子してねぇぞ! ゲーム脳を舐めんじゃねぇぇ!

 ドンッドンッドンッ!!

 と、凄まじい踏み込みとともに、一気にドラゴンの懐に飛び込む猛。

 自分でも信じられないくらいに気力体力に満ち満ちている。
 そして、このあり得ないほど、力強い踏み込みと跳躍ッッ!!

「……ははッ! 思った通りだ───!」

 チャキン!!
 騎士団が遺棄した剣を拾い、白刃をきらめかせながら二手に構える猛。


(……身体が軽い!! 剣が手に馴染むッ)

 軽い。
 軽い軽い!!

「───軽いッッッ!」

 ダンッ、ダンッ、ダンッッッ!!

 一歩ずつ、地面を抉る様にして駆ける猛は、ドラゴンとの距離を一瞬にして詰める。

 まるで、オリンピック選手! トップアスリートにでもなったかのようだ。
 いや……それ以上かッ?!

「これが───」
 そのまま一気に突っ込み、頭の中で技を想像する。

 ……そうとも──────望みの力をくれるってんなら、決まってるだろう!




 そりゃあ、
「……もちろん、RPGでの最強キャラ───『勇者』の力だぁぁあああ!!」


 うおぉぉおるりゃぁぁぁぁっぁああああああ!!!