嫌な臭いがするよ───。
「は?」
妙なことを口走るナナミ。
ふと見れば、ナナミの目付きが鋭いものに代わり、前方を睨み付ける。
(…………嫌な臭い??)
クンクンと鼻を鳴らしてみても、特に変な臭いなんて…………ん?
なんだ、これ。
焦げ臭いような、生臭いような……。
なん臭いだろう。
猛が疑問に思っている間に、騎士団の面々も違和感に気付いたらしい。
ザワザワとして騒ぎが、前方から徐々に伝わり始める。
(マジかよナナミの奴。よく気付いたな?)
っていうか、ナナミさん───完全に兵士の目してましたがな……。
※ ※
パカッ!
パカッ! パカッ!!
遥か前方。
開拓村があるという方角から、土煙が一筋。
その先端には、軽装の騎士が一人、騎馬で駆けていた。
「隊長! 前方から一騎来ます!」
「何事だ?!」
「先行させた、斥候です!」
ダカダッ! ダガダッ!!
相対速度からあっという間に彼我の差が縮まり、騎士団とその一騎が邂逅する。
どうやら味方らしい。
騎士団の構えは戦闘のそれではなかった。
だが、
「止まれッ!」
一騎、駆け戻ってきた斥候に気付いたメイベルが鋭い声で制止する。
はたして、その一騎は先行していた騎士であった。
彼の顔は覚えていなかったものの、お揃いの鎧色から一目でわかる。
どうやら、前方で起こった異変を確認し、急ぎメイベルに報告に向かうところだったのだろう。
メイベルのその姿を認めると、彼は馬に急制動をかけ棒立ちになる。
「危急ゆえ、馬上にて───ゴメン!」
「許すッ。話せ!!」
ハッ!
「開拓村に襲撃の痕跡認むッ! 村人は全滅───……百人規模の魔王軍攻撃の可能性あり!」
「な、なんだと?! 居留守の部隊は?」
「壊滅の模様!」
(…………へ? 壊滅??)
猛は一人事態が読み込めずハテナ顔。
ドラゴンに苦戦していたとはいえ、この騎士団もかなりの精強な部隊だとわかる。
だが、それが村ごと壊滅したという。
(───ま、マジで?)
居留守が何人いたか知らないけど、この人達……実は集団ならかなり強いはずなのだ。
それは、先のドラゴン戦で猛も見ているので間違いない。
少なくともドラゴンブレスに対抗できるだけの魔力と装備を整えているのだ。弱兵なはずがない。
たしかに、騎士団は戦死者を出した。
だが、それでも一時は拮抗するほど戦っていたのだ。
そんな騎士たちが一個小隊規模。
今も総勢25名。指揮官1名。
しかも、ドラゴン戦の前には魔王軍を蹴散らしたというからには、十分に強いはず。
……はずなのだが。
「か、壊滅だと?! ば、バカな───敵は?! オークか?! それともゴブリンなのか?」
あ、やっぱりゴブリンとかオークいるのね?
でも、ゴブリンくらいなら雑魚じゃないのかな?
「て、敵は、オーが……へぶッぁ$#?!」
ド、ブシュ…………!
「…………………へ?」
猛の目の前に赤い花が咲いた。
何かがパッと花開き、ピピピッと生暖かいものが降りかかったかと思えば…………丸いものが猛の胸に、ドサッ! と飛び込んだ。
「な、なにこれ? ボール…………」
手の中の丸い、丸いぼーる。
目が合って、口があって、鼻が───リアルなボールぅぅ……。
ってこれ?!
「ひぇ!?」
斥候だ。
斥候の首だ!
爆散した斥候の生首が、猛にドカンと命中したのだ。
───そのまま彼は地面に倒れ……事切れた。
「な、何ッ!? 今、お、オーガと──?」
ここにきて、メイベルがようやく反応。
彼女も斥候の内臓をまともに食らって、顔を真っ赤に染めながら驚愕に目を見開く。
「え、あ、はい!」
猛は聞いていた。
斥候が死ぬ寸前に絶叫した内容を───。
た、確か、こう───…………。
お、
「オーガだとぉぉぉおおおおお!!」
メイベルが叫んだ───……。
そして、騎士団が戦闘を開始する。
※ ※
「急げ! 総員下馬───敵はオーガの部隊! 後詰に輜重段列を引き連れているぞ、これは本格侵攻だ!」
メイベルが下馬し、部下を指揮していた。
爆散した斥候はオーガの遠距離投擲により、投槍で串刺しにされたらしい。
周囲には、バラバラになった彼の遺骸が散らばっている。
「木立を盾とせよ! 直線にいれば投槍が来るぞッ!」
微かに見える、人型の群れ。
あれがオーガの部隊らしい。
それにしてもすさまじい威力だ……。
人間一人、投槍で爆発させるとか、非常識にもほどがある。
「メイベル卿! 斥候がつけられた模様!
敵は初めから我々を目標にしているのでは?」
「エルメスか?!…………かもな! 斥候のことは忘れろ。いいから貴様は分隊を連れて、至急退路を確保し、騎士団に通報しろ!───間違ってもナナミ殿だけは傷付けるなよ」
「ハッ! お任せください」
副隊長のエルメスは4人の部下と共に、ナナミを連れ身と来た道を引き返し始めた。
って、俺は?
猛は一人ボケラっと突っ立っていると、メイベルが力なく笑う。
「───タケル殿。……いえ、勇者さま。どうかお力添えを! 我らに、助力を求めます! どうか!」
……………………え。マジで?
「い、いや……。その」
「ちょ、猛ぅ?! この人、放してくんないよぉッ!」
え? 何?
どゆこと?! ナナミをどうする気だよ。
「い、いけません! ナナミ殿は非戦闘員です! ここから避難させますので、どうか暴れないで」
エルメスがナナミしっかり抱え込んで走り去ろうとするが、それをナナミが全力でもがいて暴れて、逃れようとしているのだ。
「ご安心を勇者様。ナナミ殿は我らが命を懸けて守ります───ですから、どうか我らと共に!」
フルフェイスの兜をかぶったメイベルが、悲壮な声で猛に告げる。
見れば、既にナナミを乗せたエルメスは馬首を巡らせている。
あとは拍車をかければ、猛スピードで戦場から遠ざかることだろう。
……つまり、少なくともナナミは安全なのだ。
思考がフリーズしかけていた猛だが、ナナミの顔を見てようやく我に返る。
(そ、そうか。ナナミは無事────……ならば!)
「な、ナナミはその人について逃げろ! お、おれは……」
「た、猛? だ、ダメ! ダメだよ!! 私も一緒に戦───」
《《《グルァァァァアアアアアア!!》》》
「ひぇ?!」
「きゃあ!」
そこに、絶望的な戦力を引きつれたオーガの一隊が突っ込んできた。
奴の咆哮に、空気がビリビリと震える……!
その威容に、猛とナナミは思わず首をすくめてしまった。
「な、なんだよあれ──!」
猛の視線の先。
まるで小さなビルのような……。
ズン、ズンン……!
きょ、
巨大な…………!
「じ、ジャイアントオーガだとぉぉお?!」
そう。
メイベルがいう、ジャイアントオーガーがそこに迫る。
さっき斥候葬ったとおぼしき巨大なオーガだが、ズシンズシン! と凄まじい足音を響かせて突撃してくるのだ!
凄まじい迫力。
おまけに数が半端じゃない!!
「くそ! なんて数だ……! よりにもよって、ジャイアントオーガか!!」
「メイベルさん?!」
奴らは、あのメイベルをして目を剥くほどに強力な魔族らしい。
「なぜだ?! 私は聞いていないぞ? あんな個体が越境しているなら、砦から報告がないわけが……!」
「た、隊長!! き、来ますッ!」
く……!
「隊列を組めッ! 案ずるな……! こっちには勇者殿がいる!」
メイベルが抜刀し、部下を整列させる。
…………いや。「勇者殿がいる」って、勝手に俺を戦力に加えないでくんない?
え?
ええ?!
否応なしに戦わせようとしてる?!
そりゃ、命の危機ならやらなくもないけど……!
そういう───…………ああもう!!
「そ、そうだ!」
「こっちの戦力を舐めるなよ、魔王軍めー!」
「勇者殿に蹴散らされるがいい」
「「「そうだ、そうだ!」」」
と、囃し立てる騎士団の皆さま。
その背後では、エルメスがジタバタと暴れるナナミに苦慮しながらも撤退していく。
「メイベル卿、武運を!」
「猛ぅぅうう!」
土煙を残して去っていくナナミとエルメス達。
「ナナミ……」
ち、ちくしょう……!
去り行くナナミの背中が羨ましく感じられてしまう。
そりゃ、ナナミを巻き込むわけにはいかないけど、俺一人であれを相手にすんの?!
冗談じゃないぞ!
俺も逃げたいよ!!
何だよあの数?!
何だよあのデカさ?!
さっきのドラゴン戦はやむを得ずだっただけど───。
何を好き好んで、涎撒き散らしてズシンズシンと突っ込んでくるオーガを相手にしなきゃならんの?
身長5mくらいあるぞ、アイツ!
しかも………………げ! 10体くらいいる。
よくよく観察してみれば、奴らの首には人骨らしきものが数珠つなぎにネックレスになっている───……ってことは、アイツら人食いかよ!?
しかも、まだまだいる。
小型の2~3m級のやつも数十体……!?
いやいや、小型であれかよ!?
数は───全部で100をちょっと下回るほど?
だけど、騎士団の何倍もの数だ。
た、たしかにこれじゃ騎士団も浮足立つわ! 俺も浮足、立ちまくりだよ!!
この世界、難易度おかしくない?!
ドラゴン戦の次はオーガの軍隊だって?!
ちょっとぉぉおおお!
自称神様ぁぁあ!
「たーーーーーーけーーーーーーーるぅぅぅうーーーーー!!」
ナナミの声が遠のいていく。
エルメスが部下を引き連れて避難してくれたのだろう。
(うぅ……ナナミぃ!)
守るべき幼馴染が遠ざかる気配に、猛も一緒に逃げ出したくなる。
だけど、ここで連中を食い止めなければ、いずれ追いつかれるだろう。
それくらいなら、ここで騎士団と戦った方がいいかもしれない!
そうだ。
それでいいんだ……!
ナナミを守るためだ。
そのために、勇者の力を使わないでどうする!
ナナミのために使わないでどうする!!
───や、やってやる!!
「……わ、わかりました! 出来るだけのことはやってみます!」
「おぉ! ありがとう……! ありがとうございます、我が勇者殿ッ!」
感極まった声でメイベルが猛にガバチョ!
と縋りつく。
いつの間にか『我が勇者』になってるし……。俺アンタ専用ちゃうで?
色々と出るとこ出まくってるナイスバディのメイベルさんだけど、抱きつかれてもプルプレートアーマーの厚みしか感じられないのは残念。
でもフルフェイスの奥からいい匂いが───……って、それどころじゃない。
「な、何か武器はありませんか?!」
「───これを! 彼の遺品です」
そういって爆散した斥候の武器を手渡される猛。
ミスリルの穂先を持つ槍。
そして、肉厚の片手剣に、腕に装着する丸盾だ。
「どうか、奴らに鉄槌を!」
「わ、わかりました」
やるっきゃないか……。
否応なしに巻き込まれている感は拭えないが、メイベル達を見捨てるわけにもいかない。
少なくとも、彼女らはナナミを守ろうとしてくれた。
義理には義理を───。
恩には恩を───。
助けが必要なら助けを!
それに…………。
「ナナミの身が無事なら、俺は全力で戦える!!」
そうだ。
俺は勇者だ───……!
伝説とかそんなことは、どうだが知らないけど!
だけど、自称神様がくれた力……。
このクソゲー世界で生きるための力だけは本物だ。
いくぞぉぉお!!
「───うぉぉぉぉおおおおおおお!!」
気合を込めて猛は大地に吼える!
───かかってこいッ!
突っ込んできたジャイアントオーガの前に立ち塞がるように立つ猛に、奴らも咆哮にて答えた。
《《《グルァァァアアアアアアア!!》》》
ドズンドズンドズン!!
(で、でっけぇぇ……。超こえぇぇぇえ!)
「よ、よし! 勇者様を支援する。総員、二列横隊! 盾持ちは前へ!」
ザッザッザ!!
メイベルの指揮にて騎士団は盾持ちを先頭に、後方に弓隊を番える。
10名の盾と10名の弓と1名の指揮官!
統率された動きは、なるほど精鋭だ。
だが、あのジャイアントオーガに比べればなんと頼りない───。
「勇者殿! 我ら援護します!! まずは、ジャイアントオーガを!」
わかってるよ!!
「了解!─────猛、行っきまーす!!」
勇気を振り絞る猛。
そして、足に意識を集中すればメリメリと力が籠っていくのを感じる。
そして、血が沸騰するように闘気が沸き起きる!!
(───俺が、倒すッ!)
高校生をやっていた頃なら絶対にありえない程の勇気。
それが心の底から沸いてくるのを感じた。
「やってやる!!」
これは、『勇者』の力を願ったがゆえに、猛もなんらかの精神的干渉も受けているのかもしれない。
あのポヤポヤしていたナナミが、鋭いナイフのような兵士の目をみせたように───。
「だりゃぁぁぁぁあ!」
───ドンッッッッ!!
猛烈な踏み込みと共に、一気呵成にオーガの集団へと跳躍する猛。
上昇したステータスは、以前ドラゴンと激突した時よりも、さらに能力を向上させていた。
そして、あの時でさえドラゴンを圧倒できる程の力を見せた猛。
そうとも、今はLv23!!
圧倒的な力だ!!
やっぱり、『勇者』は強い!
俺は強い!!
「ぶっとべぇぇぇぇぇぇえええ!!」
跳躍したまま、その勢いすら味方にして槍を構える猛。
「おーーーーらぁぁぁあああああ!!」
全筋力を籠めて槍を振りかぶると、全力で投げ抜くのだッッ。
使い方なんて知らない。だけど、勇者の膂力で投げるッッ!
これが、効かないわけがないッッ。
《グルァァァアアアア!!》
《ゴァオアァオアアアア!》
正面から突っ込んできたオーガどもの眉間に狙いをつけた猛。
凄まじい跳躍の勢いのまま、猛はミスリルの槍を投擲した!!
「たりゃぁぁぁああ!!」
ギュゴン─────────ドパァァァアア!!
その瞬間、空気が爆発したような激しい音をたてる。
そして、それが音速を越えたソニックブームを生み出したのだと気付いた時には槍はジャイアントオーガの眉間に命中。
奴の頭部をドカーーン!! と爆散し、突っ込んできた奴の仲間数体をドパパパン! と同時に貫き、それでもなお勢い止まらず!
ついには、後方にいた小型のオーガに群れに命中し、ようやく停止───。
それも、ズドォォォォオオオオン!!
と、大爆発してだ!!
「す、すげぇ……」