夕飯はコロッケだった。雷閃の母親はコロッケを作るのが上手い。だから雷閃は総菜のコロッケを食べたことがない。
「ここのとこ帰りが遅いけど、遊んで帰ってきてるの?」
母にそう聞かれて雷閃は「部活だよ」と答える。母は、夕飯とは絶対に家族で食べるものと信じている。そのため父は残業のほとんどない会社に転職した。結果的に父に合った職場となり、収入も増えたらしい。
「おまえ、部活入ったのか」
父は雷閃に驚いた視線を向けた。父は雷閃が中学のころ突然野球部を退部したことを気にしているようだ。
「合唱部に入ったんだよ。部員は少ないけど」
雷閃はキャベツの千切りにソースをかけて父にパスする。
「合唱部? おまえが合唱部か……」
父は意外そうに微笑んだ。母は「この子も音楽が好きなのよ」と言った。
「父さんは歌があんまり上手くなくてな。昔、カラオケで大恥をかいたことがあるんだ」
「そういえば父さんの歌って聴いたことないかも」
すると母はおかしそうに笑いだした。
「雷閃が私のお腹のなかにいたときは、お父さんも自分の歌をあなたに聴かせてたのよ。下手な歌を聴かせちゃだめって私が言ったらしょんぼりしてたわね」
「そりゃおまえ……しょんぼりもするだろ……」
「あなた、ピアノとギターは上手いのにね」
両親は懐かしそうに笑い合った。
「でも雷閃が俺の音痴を受け継がなくてよかったなぁ。……ん? 音痴ではないんだよな?」
父はキャベツをざくざく食べた。母は「音痴じゃないわよね」と言う。
「まぁ……音痴ではない、と自分では思ってるけど」
「だってこの子、幼稚園のころ先生に『お歌が上手い子ね』って褒められてたんだから」
「覚えてないし、幼稚園の子供なんてみんな褒められるだろ」
「そうねぇ。で、その合唱部ってどんな感じなの? 部費はいらないの?」
母は心配そうな顔をする。母も、野球部のことを気にしている。
「部費はいらないよ。大会にも出られないくらい小さい部活だから大変でもないし。先輩もいいひとだし。楽しくやれてる」
「ならよかった。母さんとお父さんには話しづらいこともあるだろうけど、困ったら大人を頼るのよ」
両親はやさしいひとだ。世界中がうちの家庭のような関係性であればいいのにと雷閃は思う。