今日も天気が悪い。朝はくもりだったが、放課後には小雨が降りだしていた。第二音楽室には昨日と同じく雷閃と永海がいた。「琴ちゃん」はまだ姿を見せない。雷閃は真っ黒な雲を見上げる。
「雨、ひどくなる前に帰った方がいいんじゃないですか? 安良田先輩も自転車ですよね?」
「うん、帰ろっか。すごく暗くなってきたし」
 数学教師の細山先生はどうしてあんなに冷たい指導をするのか、と話していたところでふたりは席を立った。鞄を持って雷閃は音楽室を出る。永海は「いつも引っかける」という椅子に、今日も足を引っかけた。
「……学習しましょうよ」
「い、いいの!」
 半分転んだ永海は笑いながら音楽室を施錠した。職員室に鍵を戻して校舎の外に出ると大粒の雨がぽつぽつと頭に落ちてきた。これは本降りになりそうだ。
「急ぎましょう」
 屋根のある駐輪場から出ようとしたとき、視界は雨でいっぱいになった。ざぁざぁと大きな音を立てて降り出した雨は、バケツどころか池を丸ごとひっくり返したようだ。
「うわ……ちょっと止むの待ちます?」
 雷閃が尋ねると、すでに永海は自転車に乗っていた。傘さし運転は違反なので雷閃は濡れても問題ないくらいまでは傘をさして自転車を押して帰るつもりだった。しかし永海は傘も持っていないし、雨合羽も着ていない。
「安良田先輩?」
「私、ぱぱっと帰っちゃうね!」
「は……? いや傘は?」
「持ってないから傘さし運転なんかしないよ、大丈夫!」
「いやぜんぜん大丈夫じゃな……」
「じゃあまた明日ねー!」
「ちょっ⁉ 風邪ひきますって!」
 雷閃の制止を振り切って永海は豪雨のなかを走り出した。颯爽と自転車で走り抜ける姿は勇敢なように見えるが、その選択は愚かだとしか言えない。追いかけるべきか迷ったが、たぶんあの子はそれを望まない。
「馬鹿なのか?」
 そう呟くと雷閃は傘をさした。自転車を押して歩き始める。言い知れぬ違和感がある。昨日から天気は悪くなると予報で言っていたし、雷閃も昨日の別れ際、永海にその話をした。そのとき永海は「傘忘れちゃだめだよ」と雷閃に忠告していた。その永海がどうして傘を忘れてくるだろうか。
 それから、あの椅子。永海はあの椅子に毎回わざと足を引っかけている気がする。引っかけるためにあの椅子に近づいている気さえする。不幸にも彼女は傘を忘れた、と。そんな単純な話ではないような気がした。なんとなく、だけど。
 かわいそうでかわいいと思っていたが、それも度を過ぎれば心配になる。