それにしても壮介があんまりにも落ち込んでいるものだから、みんな心配して休み時間のたびに壮介を笑わせに来た。若宮は壮介を文字通り振り回して女子に邪魔だと文句を言われた。山岸はとにかく壮介を褒めた。最後の方は「ちゃんと服を着ていてすごい」などと適当なものになっていたが、壮介は嬉しそうにしていた。
「おまえ、愛されてんなぁ」
 六限の前に雷閃が羨むように言うと、壮介は照れたようにうなずいた。
「感謝してる」
 そう言った壮介に、雷閃は心のどこかがざわつくのを感じた。だから放課後、雷閃は四組まで行って里穂子に「今日は個人的な理由で部活を休む」と告げてきた。
 壮介も今日は部活に行かないと言っていたから、雷閃は壮介とファーストフード店でくだらない話をした。有り体に言えば、嫉妬をしていた。入学当初から壮介と最も仲が良かったのは雷閃だった。だから壮介を最も元気づけるのも、自分でなければ嫌だと思った。
「なんか久しぶりに遊んでるね」
 壮介は結露で濡れたジュースの水滴を気にしている。そのせいでテーブルも、ところどころ濡れている。
「そうだな、最近は放課後ずっと部活行ってたからな」
「雷閃まで部活サボってよかったの?」
「どうせ行ってもサボってるような部活だし」
 雷閃がテーブルを軽く拭くと壮介はこっそり学校に持ってきているスマホで時間を見た。そろそろ陽も完全に落ちる。
「帰ろうか。俺、明日は三原先生に謝りに行くよ」
「そうだな、早めに仲直りするのがいいよ」
「もっと頑張りたいからさ、俺。ちょっと否定されたくらいで落ち込んでたらキリがないもんな。俺が何かを作って誰かに見せたら、それを否定する人間は絶対いるし。俺だって好きじゃない作品とか相性の会わない人間はいるし。そっちばっかり気にしてたら俺が頑張る時間がなくなっちゃうよなぁ」
 荷物をまとめた壮介は、朝よりもずっと晴れやかな表情だった。やっぱり壮介はすごい奴だ、と雷閃は羨む。頑張ったことを否定されても、その否定を努力で否定し返す強さを持っている。
 俺も壮介のようになりたい、と雷閃は思った。こんな風に頑張れたら、きっと人生はもっと楽しくなるだろう。そのぶん大変で、苦しかったとしても、他人を羨むばかりの人生よりはるかに雷閃を楽しませるはずだ。
「そういえば、雷閃は大丈夫なの? なんか、部活の先輩の女心が~って言ってなかったっけ?」
 店を出る前に壮介が雷閃に尋ねた。
「あー、あれな、女心の話ではないけどな。実はちょっとその、先輩が良くない環境にいるひとだったんだよ。俺が口出ししたところでどうにもならなくて。大人を頼ったとしても解決しないような問題で」
「えっ、やばいじゃん。早く助けてあげないと」
 当然のように壮介はそう言葉にした。そういう素直さも、雷閃が彼に憧れる理由のひとつだ。
「助けるって、どうすればいいんだろうな。俺には金もないし権力もない。特別なスキルがあるわけでもない。『俺がついてます』なんて言ったって気休めにもならない」
「うーん、難しいね。じゃあさ、考えるだけじゃなくて、なにか調べてみたりするのは? 先人の知恵を借りればいいんだよ。俺らはしょせん。たった十六年しか生きてない子供なんだし」
 外に出たらだいぶ暗くなっていた。夕焼けの赤と夜の黒が混じり、禍々しい空になっている。
「なるほど……確かにな。ありがとう、そうしてみる」
 全てを諦めて退部することは、思っている以上に簡単にできてしまえるだろう。でもそうすれば一生、雷閃は後悔し続けるだろう。あのとき頑張らなかったこと。ひとつの努力もしなかったことを、命が終わる瞬間まで、悔やむことになる。
 頑張ることは嫌いだ。しかし本当に嫌いなのは、頑張ることを諦めさせた自分の弱い意志だ。