翌日、雷閃はよく眠れないまま登校した。じめじめした空気が少しずつ真夏の兆しを見せ始めている。教室に入ると、壮介が机に突っ伏していた。珍しい。いつもは雷閃が来るまで誰かと喋っているか、必死で予習や宿題をこなしているのに。
「おはよ、壮介。具合悪い?」
 雷閃が声をかけると壮介はゆっくりと身体を起こした。表情が暗い。毎日、エネルギーに満ちた瞳をしていたのに。
「おはよ……」
「元気ないな。本当に具合悪いのか? 無理しない方がいいぞ」
「ううん、具合は悪くないよ、ありがと。でも元気はないかも」
 壮介は力なく笑った。「何かあったのか」と尋ねようとしたところで、昨夜の永海の言葉が脳裏をよぎった。何もできない自分が壮介に関わったところで、どうなるのか。
 だが、雷閃は席につくとできるだけ真剣に「どうした」と尋ねた。壮介は雷閃にとって、大事な友達だ。まだ入学して三ヶ月目だが、雷閃は壮介を尊敬しているし、もっと関わっていたいと思う。
「……いや、たいしたことじゃないんだけどさ」
 壮介は言いよどみ、視線を真下に落とす。雷閃は壮介を元気づけたい。元気でいて欲しい。それは雷閃が楽しく学校生活を送るためだという、利己的な理由によるものではない。
「たいしたことじゃないなら、その方がいいだろ。別に俺は揉め事を面白おかしく聞きたいわけじゃないんだ」
「……昨日、部活で喧嘩した」
 今日の壮介のまつ毛は普段より短い。好きなこともできないくらい落ち込んでいるようだ。
「喧嘩? 誰と? 怪我させたのか?」
「怪我はさせてないし、してないよ。顧問の先生と口喧嘩しただけ。というか俺が一方的に喚き散らして帰っただけ」
 慎重に話を聞くと、壮介は昨日、美術部の顧問に自分の絵を否定されて怒って帰ったとのことだった。顧問の三原先生は美大出身の先生で、変わったひとらしい。壮介は自分の絵をよくできたと感じていたから、ショックだった、と。
「俺は知識も経験もないから絵だって下手だし技術もないけどさ。『おまえはだめだな』なんて言われたら、嫌になっちゃった」
「そりゃ嫌だろ。そういう指導の仕方は俺も嫌だ」
 そう言ったところでホームルームが始まった。担任の柳先生は期末試験が近いからしっかりやるように、と重々しい口調で話した。
 雷閃は壮介の力になりたいと思った。壮介には毎日楽しく過ごしていて欲しい。
 その日、雷閃は初めて自分の中にある「友情」という感情を自覚した。