「眼鏡、見せてくれない……?」
 第二音楽室に入ったとたん、永海にお願いされた。そんなに好きだったのかと驚きつつ、雷閃は眼鏡をケースから取り出した。普通の眼鏡だ。銀縁の、ごく普通の。
「わ~! かっこいい! いいなぁ、かっこいいなぁ!」
 大事そうに眼鏡を受け取った永海は宝を手にしたように目を輝かせた。角度を変えて眼鏡を観察する。
 なんとなく、そんな気はしていた。残念な気持ちはない。
「安良田先輩って眼鏡そのものが好きなだけなんですね」
 なにも残念なんかじゃない。なにも。
「だから言いましたでしょう?」
 琴が馬鹿にしたようにくすくすと笑う。顎に指を当てたその笑い方が似合いすぎて腹が立つ。
「永海は眼鏡フェチです。でも誰かの『眼鏡姿』ではないのです。『眼鏡そのもの』が好きなだけなのですよ。ね、永海?」
「うん、眼鏡、私も欲しい」
 永海は貴重な宝を持つ手つきで眼鏡を雷閃に返した。
「買えばいいじゃないですか。度入れなきゃいいだけでしょ」
 そう言ったら永海はしょぼくれてしまった。
「私には似合わないもん……」
「そうですか?」
「私は眼鏡が好きなのに、似合わないからだめなの……」
 机に突っ伏した永海に、雷閃はまた苛立ちを覚えた。そういう「不幸」を喜んで受け入れる永海に、雷閃は反論する。
「そんなことないですよね、五月女先輩」
 話を振ると、琴はびくりと肩を揺らした。琴は永海の味方であるが、永海を救う人間ではない。雷閃に同意を示さない琴にも苛立つ。
「……安良田先輩には、そうだな。青とか紫系が似合うんじゃないですか? 髪と瞳がネイビーブルーですし。でも先輩の顔立ちならピンク系もいいかもしれませんね。……俺の意見、ですけど」
 突っ伏していた永海は顔を上げた。大きな目をぱちぱち瞬きさせて雷閃を見つめる。瞳の海は光など届かないと信じ切っている。
「……にあう、かな」
 くしゃりと顔を歪めた永海は泣きそうな声で言った。
「えっ、す、すいません。変なこと言いましたよね、俺」
 泣かれては困る。雷閃は慌てて謝る。しかし永海はその歪んだ顔のまま、笑った。
「……いいの。ありがと」
「……はぁ」
 涙を隠すように準備室に走って行った永海を、琴は複雑そうに追いかけた。