職員室に続く渡り廊下で永海を見つけた。雷閃は追いかけて声をかけた。
「鍵取りに行くんですよね?」
放課後。今日はきれいに晴れている。
「うん、でもね……ちょっと問題があって……」
永海は表情を曇らせた。快晴の空に相対するような。
「問題?」
「あのね……今日、お昼ご飯食べられなかったの」
「先輩って弁当じゃないんですか?」
「いつもはお弁当なんだけど……今日はお母さんが寝坊しちゃって。何か買って食べてって言われたんだけど……何買うか選んでるうちにお昼休み終わっちゃって」
苦笑した永海に、雷閃はまた違和感を抱く。高校生にもなってそんな話、あり得るだろうか。聞いたところによると永海は成績優秀で、試験でも学年五位以内をキープしているらしい。
「じゃあなんか食べます?」
「なんか、って?」
「すぐそこにデパートあるじゃないですか。フードコートもありますし」
「で、でもひとりで行くのは緊張するなぁ……」
「一緒に行きましょうか?」
雷閃が提案すると永海は両手を胸の前で絡ませて、動揺を示した。
「……いっしょに?」
「いや、すぐ帰りたいなら今日は解散でも構いませんけど」
「……ううん。お腹すいたから食べたい。一緒に来てくれる?」
「いいですよ。俺もなんか食おうかな」
そうして今日の部活はサボりに決まった。自転車でデパートに着いたら二階のフードコートを目指す。
「先輩はここ、あんまり来ないんですか」
「ときどき琴ちゃんと来るよ。でもひとりで来たことはないなぁ」
席はそこそこ埋まっていた。同じ高校の生徒もいれば、親子連れもいる。永海は夕飯を食べられなくなると困るからと、ファーストフード店でポテトを買ってきた。雷閃は同じ店でハンバーガーを買った。肉が二重に入っているやつ。
「そんだけでいいんですか?」
ポテトのMサイズをほおばる永海はうなずいて水を飲んだ。
「ダイエット中だからね」
「嘘でしょ?」
「うん、嘘。でもなんで嘘だと思ったのか言ってみて」
「昨日、おはぎ三つ食った話をしてましたよね」
「うん、した。朝来くんは名探偵だよ」
「成長期だからいっぱい食べてくださいね」
「なんか馬鹿にされてる気がする」
「冤罪です」
ポテトをかじる永海は小動物みたいでかわいい。そこでふと雷閃は気になった。
「安良田先輩、俺とふたりでこんなところ来てよかったんですか?」
「え? なんで? 寄り道は校則違反じゃないよね?」
「たぶんそこは大丈夫ですけど。男子生徒とふたりっきりで飯食ってたら噂されませんか?」
「そういうことかぁ。それこそ大丈夫だよ。私、影薄いから」
「先輩がそう言うならいいですけど」
ハンバーガーは一瞬でなくなってしまった。でも雷閃も夕飯前だからあんまり食べられない。本音を言えば雷閃も追加でポテトを食べたかったし、ラーメンも食べたかった。
「朝来くんは大丈夫? もし好きなひととかいたら、誤解されちゃわない?」
「俺も影薄いし好きなひともいないんで問題ないですよ」
「そっかー」
ポテトを食べ終わって手を拭く永海は、いたずらっぽく笑って声を潜める。
「私たち、周りからは付き合ってるみたいに見えるのかな?」
「あー……遠くから見たらそうかもしれませんね」
「なんで遠くなの」
「ははっ」
「なんで笑うの」
トレーを片づけてデパートを出た。ここのデパートは壮介と何度か来たことがあるが、主に服屋が多く入っているらしかった。スーツから下着まで、全部そろう。
「あ、たいやき屋さんが来てる」
永海は移動販売の車を見つけた。甘いにおいがすると思ったら、たいやきだったのか。永海は足を止めてじっと車を見つめている。
「欲しいんですか?」
「……欲しい」
そう言って永海は力強い足取りで車に向かっていった。こしあんのたいやきを買った永海は嬉しそうに座る場所を探した。雷閃はチーズのたいやきを買った。食べたことがないな、と思って買ってみた。
「あ、あっちにベンチあるよ」
永海は木陰のベンチを指さして駆けて行った。雷閃も追いかけて、色の濃いベンチに座ろうとする永海の隣に向かった。しかし座る一歩手前で立ち止まった。
「先輩、ここ……ってちょっと!」
「ベンチあってよかったね~……あ、っ……!」
木陰にあるせいで、昨日の雨がベンチに溜まっていた。不幸にも、水たまりを乗せたベンチに永海は座ってしまった。しっかりと、深く。
「あ、あ~! 濡れちゃった!」
「……先輩」
「ごめん、スカートの下まで濡れちゃったから……帰るね! たいやきは夕飯のあとのデザートにするから! 一緒に来てくれてありがと! また来週ね!」
「安良田先輩!」
永海は雷閃を振り返ることもなく駐輪場に走って行った。残された雷閃はたいやきを片手にその背中を睨みつけた。
雷閃の違和感は確信に変わった。永海はベンチの水たまりを確認した上で、わざと深く座った。一緒に過ごした時間は一週間にも満たないが、永海の行動にはおかしなところがいくつかあった。
あの子は、自分から不幸な目に遭おうとする。