たった今、この瞬間まで彼の嫌いな言葉は「努力」だった。彼にとって「努力」は何よりも彼を傷つけるものであった。頑張ればその分だけの結果が得られるものだと信じていた彼は、自らの「努力」に裏切られた。
だから彼女の言葉に、彼は同意しなければならない。
「仕方ないよね」
そう言って大雨のなか、傘もさせずに微笑む彼女に彼が言うべきは「その通りです」以外にあり得ない。しかし彼は彼女を否定したかった。仕方なくなんかない。何ひとつ「努力」をしていないあなたは愚かな敗者だ、と。
人間にはとうてい立ち向かえない強大な力にねじ伏せられ、無抵抗のまま頷くだけの彼女に対して、彼の中に多くの感情がわき上がる。しかし彼が自覚できた感情は、憤りだけであった。
彼は決断を迫られている。彼女を自分の傘のなかに入れてやるべきか、それとも雨に打たれることを善しとする彼女を見放すべきか。
父にもらった七十センチの傘は高校生の男がひとりで入るには少し広すぎる。彼は、そう決断した。