翌日。僕は昨日の子に返事を言おうと決意して登校した。手紙の内容は予想した通りのきっちり告白だった。それも、かなーりしっかりとした。だいぶ長いこと僕のことを見てきたらしく、彼女の思いの丈が詰まっていたと思う。なるほど、目の前で読まれたら恥ずかしさで顔が発火してしまうから後で読んでと頼むのも無理はない。
しかし、返事は最初から決めていたので、そこで揺らぐことはなかったのだけど、朝のホームルームが始まる時間になっても、告白してきた子が教室に姿を現すことはなかった。次の日も、その次の日も、同じだった。
夏風邪でも引いちゃったのかな、と思っていたのだけど、事態はそんな単純ではないことを、僕は思い知ることになる。
告白されてから三日が経った、週の終わりの金曜日。この日も所沢さんはお休みで、返事を言うことは叶わず、結局週を跨ぐことになったな、くらいにしか僕は思っていなかった。
ただ、放課後、ひとりの女子生徒にピリついた面持ちで声を掛けてこられて、状況は一変した。
……確か、所沢さんといつも一緒にいる……横手さん。
「ちょっと、来なさいよ」
僕が何か言うより先に、横手さんは強引に僕の腕を引っ張っては、ずんずんと歩いていき、連れ込んだのは人気の少ない図書室前。
「……ご、ごめん、いきなり何の用……? 僕、何かしたっけ……?」
ようやく腕を離されたので、抗議の意も込めてちょっととげとげしく尋ねる。
「何かしたって……。やっぱりわかってないんだね。この脳みそお花畑」
「は、はい……?」
すると、彼女は失望したとばかりに僕を罵倒し始めるではないか。
「この間。肇に告白されたでしょ。返事、したの?」
僕は何がなんだか、と困惑し、眉をひそめていると、ようやくなぜ横手さんに連れられたのか、大まかな輪郭は見えてきた。
肇とは、所沢さんの名前だ。
「……え、えっと、まだだけど……」
「もういっこ聞くけど、あんた、あの外面真面目委員長と付き合っているの?」
「……そ、外面真面目委員長……って、あ、梓のこと?」
「そうよ、高野以外に誰がいるのよ」
……こ、これはまた敵意マックスな呼びようで……。穏やかではなさそうだ。
梓と付き合っていることは隠しているわけではない。佑太や羽季には既に報告している。
「つ、付き合っているけど……」
「……何考えてんの? あんた」
僕が答えると、ただでさえ冷えていた横手さんの声色が、もうひと段階、凍りついた。
「……なんで、彼女いるのに、告白の返事保留にしてるのよ」
繰り出された言葉は、間違いなく、僕への憎悪が籠っているもので。
「でっ、でもそれはっ、所沢さんが、手紙は後で読んでくれって、返事は後日でいいからって言ったから──」
「──だとしても、彼女いるならそこで断りなさいよ。……それとも何? 高野には飽きたから別の女にでもちょっかいだそうと思ったわけ? 肇なら二股相手でもいいかなとか思ったの?」
「ちがっ、そっ、そんなわけないだろ!」
「……あんた、なんで肇が学校休み続けてるか知らないでしょ」
「……し、知らないよ。体調不良、とかじゃないの……?」
「……っ。肇は、告白したその後に、あんたと高野が手繋いで帰ってるのを見ちゃって、それでっ──それで……ショック受けて、休んでるのよっ!」
「そっ、それは……」
タイミング的に、僕らが帰宅した時間と、所沢さんが帰宅した時間はかなり近い。僕らの下校と被ってしまっていたとしても、なんら不思議ではない。
……梓を守るために、僕が手を繋いでいたのも、紛れのない事実だ。
「そのときの、肇の気持ち、あんたにわかる? わからないから、今こうして私に詰められているんだよね?」
彼女の剣幕に、僕は何も言い返すことができなかった。だって、間違ってはいなかったから。横手さんの言っていることに。
「……もういいよ。返事しなくて。あんたみたいな屑に、肇は任せられない。良かったよ逆に、こういう形であんたの本性見ることができて」
そこまで言いきると、話は終わりだ、というように踵を返した横手さんは僕の真横を通過して、最後に、
「……ほんと、最低っ」
短く吐き捨てて、階段を降りていった。
どうしようもなかったとはいえ、僕の心のなかには、泥に近いような感情が渦巻き始めていた。
ぐるぐる、ぐるぐると。
「……大丈夫、大丈夫。辛い目に遭うのが僕なら……僕なら全然、問題ない……」
結果として、ひとりの女の子を酷い方法で傷つけてしまった。けど、一番守りたい相手はまだ無事なんだ。
なら、それで、僕はいい。いい、はずだったんだ。
週明け、いつものように学校に登校する。これまで起きた理不尽がどこに行ったのか、と聞きたくなるくらい、梓の身には何も起きなかった。
むしろ大歓迎なんですけど、逆にそれはそれで怖い。
得体の知れない何かが、力を着々と溜めているのではないか、そう思えてしまい。
教室に入ると、クラスメイトの視線が一斉に僕へと突き刺さった。
「……ん?」
そんなに、いい意味でもなさそうな……。
自席についてカバンを下ろすと、何やら慌てた様子の佑太と羽季が僕に詰め寄る。
「ちょ、ちょちょ凌佑」「保谷っ、ちょっと」
椅子に座ったばかりの両脇を掴んで廊下に連行される僕。隣の席の梓もそれについていこうとするも、
「高野はちょっと外して」
佑太の一言で釘を刺されてしまい、「う、うん……わかった」と浮かせかけていた腰を下ろす。
「……どういうことだよ、何が起きているんだよ凌佑」
廊下に出ると、深刻な面持ちの佑太が開口一番、そう切り出す。
「……ごめん、状況が見えてないから説明してくれないかな」
「……凌佑が、二股かけようとしたって横手が」
「はぁ……そういうことか」
なるほど、それでさっきの冷たい視線なのか。
「高野と付き合いだしたのは聞いてたけど、おまっ、まさか本当に」
「そんなわけない。……ただ、タイミングが悪かっただけで」
「そうだよ練馬、保谷がそんなクズな真似するわけないって」
僕は、所沢さんとの出来事を時系列順にありのままで説明をした。説明が終わると、納得したように佑太は頷くも、
「……凌佑、タイミング悪いにもほどがないか? それ、横手の言い分が通っても仕方ない気がするぞ、客観的に見ても」
苦々しい表情を作っては、片足でリノリウムの床を蹴った。羽季も、半分目を閉じながら首を横に振る。
「……どうすんだよ、これ」
「横手さんがそう言っているなら、もう無理なんじゃないかな。彼女の言うこと、クラスメイトはきっと信じるだろうし。……梓には所沢さんに告白されたことは話しているし、佑太と羽季がわかってくれるなら僕は別に」
「い、いいのかよ、それで。つーか、凌佑はそれでよくても」
「梓はそれじゃよくないかもしれないじゃない」
「……いいよ、僕がちゃんと当日に返事を出さなかったのが全てだよ。本当なら、遮ってでも彼女いるんだって言って断るのが筋だった。そういう意味ではあっちの言うことは正論だよ。何も言い返せなんてしない」
僕はチラ、と周りの様子を確かめてから、
「……それよりいいの? せっかく梓に席外させているのに、このままだとふたりまで僕と同類扱いされそうだけど」
肩をすくめて、友達ふたりに注意を促す。
「……こんなときに自己犠牲かよ。……何かあったらすぐ言えよ、凌佑」
「……保谷が傷ついて一番悲しむのは、梓ってこと、忘れないでよ」
僕がそう言うと、眉をひそめたふたりは口々にそう伝え、教室に戻っていった。僕は廊下の壁によしかかって、理由もなく天井を見上げる。
「そんなこと言われたって……。逆だよ、そんなの、逆……」
僕のほうが、悲しいんだ。
梓が傷ついて、悲しいのは、辛いのは、僕のほうだ。
先に戻ったふたりと時間差をおいて教室に戻ると、さっきと同じくらい、もしくはそれ以上の視線が、痛々しくも僕を射貫いていた。
しかし、返事は最初から決めていたので、そこで揺らぐことはなかったのだけど、朝のホームルームが始まる時間になっても、告白してきた子が教室に姿を現すことはなかった。次の日も、その次の日も、同じだった。
夏風邪でも引いちゃったのかな、と思っていたのだけど、事態はそんな単純ではないことを、僕は思い知ることになる。
告白されてから三日が経った、週の終わりの金曜日。この日も所沢さんはお休みで、返事を言うことは叶わず、結局週を跨ぐことになったな、くらいにしか僕は思っていなかった。
ただ、放課後、ひとりの女子生徒にピリついた面持ちで声を掛けてこられて、状況は一変した。
……確か、所沢さんといつも一緒にいる……横手さん。
「ちょっと、来なさいよ」
僕が何か言うより先に、横手さんは強引に僕の腕を引っ張っては、ずんずんと歩いていき、連れ込んだのは人気の少ない図書室前。
「……ご、ごめん、いきなり何の用……? 僕、何かしたっけ……?」
ようやく腕を離されたので、抗議の意も込めてちょっととげとげしく尋ねる。
「何かしたって……。やっぱりわかってないんだね。この脳みそお花畑」
「は、はい……?」
すると、彼女は失望したとばかりに僕を罵倒し始めるではないか。
「この間。肇に告白されたでしょ。返事、したの?」
僕は何がなんだか、と困惑し、眉をひそめていると、ようやくなぜ横手さんに連れられたのか、大まかな輪郭は見えてきた。
肇とは、所沢さんの名前だ。
「……え、えっと、まだだけど……」
「もういっこ聞くけど、あんた、あの外面真面目委員長と付き合っているの?」
「……そ、外面真面目委員長……って、あ、梓のこと?」
「そうよ、高野以外に誰がいるのよ」
……こ、これはまた敵意マックスな呼びようで……。穏やかではなさそうだ。
梓と付き合っていることは隠しているわけではない。佑太や羽季には既に報告している。
「つ、付き合っているけど……」
「……何考えてんの? あんた」
僕が答えると、ただでさえ冷えていた横手さんの声色が、もうひと段階、凍りついた。
「……なんで、彼女いるのに、告白の返事保留にしてるのよ」
繰り出された言葉は、間違いなく、僕への憎悪が籠っているもので。
「でっ、でもそれはっ、所沢さんが、手紙は後で読んでくれって、返事は後日でいいからって言ったから──」
「──だとしても、彼女いるならそこで断りなさいよ。……それとも何? 高野には飽きたから別の女にでもちょっかいだそうと思ったわけ? 肇なら二股相手でもいいかなとか思ったの?」
「ちがっ、そっ、そんなわけないだろ!」
「……あんた、なんで肇が学校休み続けてるか知らないでしょ」
「……し、知らないよ。体調不良、とかじゃないの……?」
「……っ。肇は、告白したその後に、あんたと高野が手繋いで帰ってるのを見ちゃって、それでっ──それで……ショック受けて、休んでるのよっ!」
「そっ、それは……」
タイミング的に、僕らが帰宅した時間と、所沢さんが帰宅した時間はかなり近い。僕らの下校と被ってしまっていたとしても、なんら不思議ではない。
……梓を守るために、僕が手を繋いでいたのも、紛れのない事実だ。
「そのときの、肇の気持ち、あんたにわかる? わからないから、今こうして私に詰められているんだよね?」
彼女の剣幕に、僕は何も言い返すことができなかった。だって、間違ってはいなかったから。横手さんの言っていることに。
「……もういいよ。返事しなくて。あんたみたいな屑に、肇は任せられない。良かったよ逆に、こういう形であんたの本性見ることができて」
そこまで言いきると、話は終わりだ、というように踵を返した横手さんは僕の真横を通過して、最後に、
「……ほんと、最低っ」
短く吐き捨てて、階段を降りていった。
どうしようもなかったとはいえ、僕の心のなかには、泥に近いような感情が渦巻き始めていた。
ぐるぐる、ぐるぐると。
「……大丈夫、大丈夫。辛い目に遭うのが僕なら……僕なら全然、問題ない……」
結果として、ひとりの女の子を酷い方法で傷つけてしまった。けど、一番守りたい相手はまだ無事なんだ。
なら、それで、僕はいい。いい、はずだったんだ。
週明け、いつものように学校に登校する。これまで起きた理不尽がどこに行ったのか、と聞きたくなるくらい、梓の身には何も起きなかった。
むしろ大歓迎なんですけど、逆にそれはそれで怖い。
得体の知れない何かが、力を着々と溜めているのではないか、そう思えてしまい。
教室に入ると、クラスメイトの視線が一斉に僕へと突き刺さった。
「……ん?」
そんなに、いい意味でもなさそうな……。
自席についてカバンを下ろすと、何やら慌てた様子の佑太と羽季が僕に詰め寄る。
「ちょ、ちょちょ凌佑」「保谷っ、ちょっと」
椅子に座ったばかりの両脇を掴んで廊下に連行される僕。隣の席の梓もそれについていこうとするも、
「高野はちょっと外して」
佑太の一言で釘を刺されてしまい、「う、うん……わかった」と浮かせかけていた腰を下ろす。
「……どういうことだよ、何が起きているんだよ凌佑」
廊下に出ると、深刻な面持ちの佑太が開口一番、そう切り出す。
「……ごめん、状況が見えてないから説明してくれないかな」
「……凌佑が、二股かけようとしたって横手が」
「はぁ……そういうことか」
なるほど、それでさっきの冷たい視線なのか。
「高野と付き合いだしたのは聞いてたけど、おまっ、まさか本当に」
「そんなわけない。……ただ、タイミングが悪かっただけで」
「そうだよ練馬、保谷がそんなクズな真似するわけないって」
僕は、所沢さんとの出来事を時系列順にありのままで説明をした。説明が終わると、納得したように佑太は頷くも、
「……凌佑、タイミング悪いにもほどがないか? それ、横手の言い分が通っても仕方ない気がするぞ、客観的に見ても」
苦々しい表情を作っては、片足でリノリウムの床を蹴った。羽季も、半分目を閉じながら首を横に振る。
「……どうすんだよ、これ」
「横手さんがそう言っているなら、もう無理なんじゃないかな。彼女の言うこと、クラスメイトはきっと信じるだろうし。……梓には所沢さんに告白されたことは話しているし、佑太と羽季がわかってくれるなら僕は別に」
「い、いいのかよ、それで。つーか、凌佑はそれでよくても」
「梓はそれじゃよくないかもしれないじゃない」
「……いいよ、僕がちゃんと当日に返事を出さなかったのが全てだよ。本当なら、遮ってでも彼女いるんだって言って断るのが筋だった。そういう意味ではあっちの言うことは正論だよ。何も言い返せなんてしない」
僕はチラ、と周りの様子を確かめてから、
「……それよりいいの? せっかく梓に席外させているのに、このままだとふたりまで僕と同類扱いされそうだけど」
肩をすくめて、友達ふたりに注意を促す。
「……こんなときに自己犠牲かよ。……何かあったらすぐ言えよ、凌佑」
「……保谷が傷ついて一番悲しむのは、梓ってこと、忘れないでよ」
僕がそう言うと、眉をひそめたふたりは口々にそう伝え、教室に戻っていった。僕は廊下の壁によしかかって、理由もなく天井を見上げる。
「そんなこと言われたって……。逆だよ、そんなの、逆……」
僕のほうが、悲しいんだ。
梓が傷ついて、悲しいのは、辛いのは、僕のほうだ。
先に戻ったふたりと時間差をおいて教室に戻ると、さっきと同じくらい、もしくはそれ以上の視線が、痛々しくも僕を射貫いていた。