***

「高野……悪い俺も五時になったら家で宿題やろうと思うんだ」
「あ、ごめん俺も宿題進めないとで……」
「うん、全然いいよ。大丈夫」
 意識が戻ると夏の教室だった。近くには、梓、佑太、羽季や他のクラスメイトもいる。
 間違いない。あの日だ。戻って来たんだ、僕。
 どうする、告白を振らないためには……。
 きっと告白を受けると、今までと同じ。なら。
「ちょっ、ちょっ、佑太」
 今にも帰ろうとする佑太を僕は引き留める。体感二年ぶりの会話かもしれない。
「……いいよ、宿題。僕が見てやる。……だから残っていかないか?」
「……マジで? いいのか?」
 餌を放る。すると彼は面白いように飛びついてくれた。
「ああ。オーケーだ」
「あ、高野。やっぱり俺最後まで残るわー」
 佑太は持ち上げたカバンをストンと置き席に戻った。
「え? あ、じゃ、じゃあ俺は帰るから、じゃーなー」
 宿題やっていない同盟のクラスメイト君は拍子抜けしつつ、教室を後にする。
「いいの? 練馬君、宿題あるんじゃ……」
「いいのいいの。なんでも凌佑が見てくれるって言うから」
「え? 保谷気前いいねー」
 ……とりあえず、これで告白は回避できる……。
 あとは羽季も捕まえられたら完璧なんだけど……。
 うーん……何もいい案が思いつかない。
 そして何も策を講ずることができないまま迎えた五時。
 前回は、ここで女子ふたりが帰ったんだけど……。
「高野さんごめんね、私そろそろ……」
 席を立ったのは、クラスメイトの女子ひとりだけだった。
 あれ……羽季? ……帰らないのか……? な、なんで……。
「うん。ありがとうね」
 梓は穏やかに笑みを浮かべつつその女子を送り出した。
 な、なにはともあれこれでふたりきりになることは回避できた……ちょっと不可解な点もあるけど。
 僕の関与しないところで、未来が変わった? ……そんなことないと思うんだけどなあ。だって、前回親に帰ってこいと言われ羽季は帰った。それが、「僕が佑太を引き留めただけで」親が帰れと言わなくなる、そんなことがあるか?
 ……ま、考えられるのは佑太が残ったから羽季も残った、ってところだけど。
 まあ、そういうことにしておこう。
「あと少しで終わるから、頑張ろう」
 前はふたりでやったからか、時間がかかった。でも、今回は四人でやったから、その半分で今日やるべき準備は終わった。
「よしっ、終わったー!」
 佑太の声が、その終わりを示した。
「あーでももうこんな時間かー家着くのかなり遅くなっちゃうな……」
「俺も、今日親いないから晩ご飯どうしようかな……」
 引き留めたふたりから、そんな声が聞こえる。
 あ……そっか、ふたりは家、遠いんだっけ……。特に佑太は学校から一時間以上かかるところって聞いたし……。
「な、ならさっ……凌佑の家で。皆でご飯、食べない?」
 ふと、梓が思いついたかのように、そう言う。
 僕等四人はキョトンと顔を見合わせる。しばらくそうしたのち、
「いいね! そうしようぜ。俺は賛成」
 佑太が右手の親指を立てつつ返事をした。
「うーん……わかった、私もいいよ」
 羽季も頷いたことにより、僕の家でご飯を食べることになった。
「それじゃ……帰ろう? みんな」

 その日の夕飯は、カレーにすることにした。即興で四人分を作るのには楽だし、時間もかからないから、という梓のチョイスだった。
 沼袋駅近くのスーパーで買い物を済ませ、僕の家に向かう。
「なんだかんだで凌佑の家行くの初めてだなー俺」
「あれ? そうなの? 意外。私てっきり保谷と練馬ならお互いの家行ったことあるのかと思ってた。そのくらい仲いいしね、ふたり」
「いやいや、俺の家どこだと思っているの。拝島だぞ、拝島。そうそう行こうと思うところじゃないよ」
「練馬って名字なのに練馬関係ないところに住んでいるんだね……練馬」
「それ小学生のときめちゃくちゃ言われた。別に好きで練馬名乗っているわけじゃないんだけどな……」
「じゃあ将来は練馬区に住めばいいんじゃない?」
「いや、簡単に言うけど……」
 僕に言わせれば佑太と羽季も十分仲いいと思うけどね。言わないけど。
「着いたよ、僕の家」
 しばらく歩き、到着した僕の家。
「ほぉ……ここが凌佑と高野の愛の巣なんですね」
「いや、そんなんじゃないし……。言い方。それ梓に言うなよ」
 意識するから。
「さ、入って。リビングで適当にテレビとか見ていていいから」
 皆を家に上げ、僕と梓はまず台所に向かう。それを見た羽季が、
「……いや、夫婦かいっ」
 とツッコミを入れる。
「ん? ……どうかした羽季?」
 梓がきょとんと顔を小さく傾ける。
「何も言わずに一緒に台所立つって……阿吽の呼吸過ぎて」
「あ、ああ……」
「僕の家にご飯作りに来てもう三年くらい経っていて、僕も手伝っているからもう習慣なんだよね」
「……ほんと、一糸乱れず、って動きだったよ」
「そ、それはどうも……っていうかもう佑太くつろいでいるし」
 まあ、テレビ見ていてとは言ったからいいんだけど、もう佑太はリビングのテレビをつけてバラエティー番組を見て爆笑していた。
「……と、とりあえず僕はお米とぐから梓は野菜よろしく……」
「うん、わかった」

 一時間くらいで、カレーは出来上がった。やはり四人分はいつもより時間がかかる。
「できたよー」
 梓がカレーの入った鍋をリビングのテーブルに持ってくる。
「お、いい匂い。もうお腹が減って仕方ないんだよなー俺」
「練馬はただテレビ見てただけでしょ」
「まあまあ」
 僕は四人分の皿とスプーンとコップを並べる。
 ふと、四つ並んだそれらを見つめてしまう。
「どうかしたか? 凌佑」
「いや……こんなににぎやかな晩ご飯、久しぶりだなあって、思っただけ」
「凌佑のお父さん単身赴任中だから、こうやって大人数で食べることなかったしね……」
「そっか……」
「さ、好きなところ座って。食べよう食べよう」
 僕は皆に座るよう促す。いつの間にかお皿にはご飯がよそわれている。僕は苦笑しつつそれにカレーをかける。
「ほい羽季」
「ありがとう」
「あい佑太」
「サンキュ」
「でこれは梓で」
「うん」
「最後のは僕と……よし。じゃあ」
 いただきますと四人の声が揃った数秒後、佑太と羽季から「お、美味しい」の声が漏れた。僕と梓は目を合わせつつ「やったね」と音にはしない声を出した。

 羽季はご飯を食べ終わると「そろそろ帰らないと親がうるさいから」と言い帰って行った。佑太にどうするか聞くと、
「ん? いや、今から家帰るのめんどいから泊めてくれない?」
 と言われ、僕は彼を泊めることにした。
 梓も片付けが終わると隣の自分の家に帰ったのでリビングには僕と佑太だけが残った。
「……静かだな」
 相変わらずテレビはつけているから、佑太は別な意味で静かだなと言ったんだろうか。
「毎日こんな感じなの? 凌佑の家」
「……まあ、そうだね。ご飯終わると梓は家帰るから。この時間は」
 佑太は、椅子に座りつつ大きく伸びをして続ける。
「すげぇよ。凌佑は」
「そうか?」
「俺には多分一週間ももたない。寂しいよ。いや、親元離れてとかならまだいいけどさ、ここ、実家だろ? ……俺なら、そのうちしんどくなる」
 伸びた腕と、僕を捉える目線の真剣さが、妙に会わない。
「……別に、僕は凄くなんか……」
「まあまあ。凌佑はそう思うかもしれねーけどさ、俺にもそう思わせてくれよ。……なんだかんだで、俺は凌佑の力になりたいんだから」
 ……そういう彼の表情は、どこか遠くを見つめているようで。
 確かに、一度目の世界で、佑太は僕と梓が距離を取り出したとき真っ先に様子を確認しに来た。アホなところもあるけど、根はいい奴だ。
「……今の凌佑達の距離感、見ていて歯がゆいから」
 テレビの音にかき消されるくらいの大きさで、彼は呟いた。
 落ちた言葉を、僕は聞かなかったことにした。この話を突っ込んですると、僕のほうが揺さぶられそうだから。
「さ、そろそろ風呂入りたいなー凌佑」
「……調子いいなあ、お前は」
「まあな」
 僕はリビングからお風呂場へ移動し、お湯をはり始めた。
「少し待って。すぐ沸くから」
「ありがとよ」
 何故か男同士の付き合いだとかで一緒に風呂に入らされたし、寝るときもなかなか話の種を絶やさない佑太に寝かしてもらえなかった。
 それでも、こういう付き合いは、初めてのことで、どこか胸のあたりがポカポカとしていた。
 ──代償に、彼女の想いをなかったことにして、だけど。