「おっ、おかえりーどこ行ってた? ふたりとも」
 荷物を置いたところに戻ると、飲み物を飲みながらくつろいでいる佑太と羽季がいた。
「僕等は流れるプール行ってた。ウォータースライダーどうだった?」
「よかったぜ、なかなかにスリリングだった」
「そっか」
 僕もバッグにしまっておいたスポーツドリンクを口に含ませる。
「にしても、暑いなー水の中入っているときはそんなに気にならないけど、外にいるとめちゃくちゃ暑い」
「ね、ウォータースライダー待っている間きつかったよ」
 佑太と羽季が口を揃えて言うように、やっぱり暑い。今こうしてレジャーシートに座っているだけで、体に汗が浮かんでくる。
「とりあえず、昼にしない? どうする?」
「あ、私お弁当作ってきたよ、食べる?」
 佑太がそう言うと、梓は持ってきたクーラーボックスから三段に積まれている弁当箱を出した。
「……マジで? いいの?」
 僕のモテたい友達は、口をあんぐりと開けてそう言う。
「……ああ、女の子の作った弁当を食べるときが来るなんて……俺もう死んでもいいや」
「そ、そこまですごいものじゃないから、し、死んだら駄目だよ練馬君」
「ありがとう、高野。おかげで灰色の高校生活が一瞬で青色になったよ」
「そ、そう? ははは、それはよかったです……」
「ちょっと、練馬、梓が困ってるからそれくらいにしておきなよ。ありがとう、梓。ありがたく食べさせてもらうね」
 そういえば、何気に佑太と羽季が梓の弁当食べるのは初めてなのか……。いや、まあ一口あげたりとかはしたことあるけど、こうしてちゃんと食べるのは、って意味で。
「んんっ、うまっ」
 佑太は早速隅にある唐揚げにがっついた。
「凌佑お前、毎日こんなに上手い弁当食ってたのか?」
「……まあ」
「リア充は爆発してしまえ。いつまで幼馴染というポジションに甘んじているんだ」
「……別に、甘んじているわけじゃ」
「うるせぇ、俺はお前に嫉妬しているんだ。理不尽だろうがなんだろうが、言わせてもらうぜ。うめぇ……このおにぎりうめぇ……」
 忙しい奴だな……酒でも入ったのか?
「でも、梓って毎日保谷の弁当も作ってるんだよね? それに、朝と晩ご飯も一緒に作ってるって聞いたけど。あ、ほんとだこの唐揚げおいしい」
 みんなが唐揚げおいしいおいしい言うから僕も唐揚げ食べたくなったじゃん……。僕も箸を隅にあるきつね色の唐揚げに伸ばし、口に放り込む。
 うま……。
「うん、そうだよ」
「きーっ、知ってはいたがやっぱり羨ましくなるような関係だなぁ、おい」
「これで付き合ってないんだもんね、不思議だよ、もう」
 口々にふたりにそう言われ、思わず僕と梓は顔を見合わせた。
「……だから、顔赤くしながら見つめ合うんじゃねーよ、こっちが恥ずかしいわ」
 髪を結んでいるからか、顔がはっきりと見える。子犬のように小さな顔に浮かぶ大きくて穏やかな瞳はが、真っすぐ僕を見つめたかと思うと、少し頬を赤く染めて視線がそれる。
「まあ、色々あるんだよ、色々、ね」
 僕はそれだけ言い、おにぎりをひとつつまんだ。
 その色々は、誰にも言うことができない、色々なんだけど。
 その後、僕が強引に話題を変えつつ、梓が作ってきたお弁当は四人でペロリと平らげてしまった。
 この話題が続くと、きっと梓の心が揺れてしまう。そう、思ったから。

 お昼も食べ終わり、四人で波のプールに行くことにした。佑太と羽季は手ぶらで、僕は持ってきたボールを持って、梓は持参した浮輪を持って向かった。
「さ、入ろうぜ兄弟」
「誰が兄弟だ、いつ家族になったんだよ僕等」
「小さいことは気にするな、兄弟。人類皆兄弟って言うだろ? 兄弟」
「だからその兄弟やめろって、あれか? なんか洋画でも見て影響受けたのか?」
「…………」
「図星かよ」
 こういう単純なところ、別に嫌いじゃないけど……。
「さ、気張っていこうぜ兄弟」
 僕は水の中に入り、兄弟に……違う、佑太にゴムボールを投げかけた。
「お、いいもん持ってんな凌佑。ほい」
「まあな」
 そしてキャッチボールが始まると、羽季と梓もプールの中に入り「私もー」と混ざってきた。
 プールの中で四角形を描きつつ、回されるゴムボール。ときに暴投したり、波にボールがさらわれたりとなかなかに色々あったが、それなりに楽しむこともできた。
 最初は浅いところで遊んでいた僕等だったけど、そのうち深いところ、僕の足もつかなくなるくらいの深さのところまで移動していた。梓以外の三人は泳げるし、泳げない梓も浮輪をしているから大丈夫、と思っていた。
「凌佑、パース」
 佑太から回ってきたボールを受け取り、隣にいる梓に回そうとした。
「梓」
 僕の右手からボールが離れると同時に、プールサイドから笛の音が聞こえてきた。
 高い波が来ますよーっていう合図。
数十分に一回やってくる高い波は、それなりに僕等の体を揺らすし、なんなら顔が水の中に入ることもある。さっきまでは浅いところにいたから平気だったけど、果たしてどうか。
 そう、思ったとき。
 大きな波が僕の体を揺らした。やはり顔のところまで水は来たから、一瞬潜るような恰好になった。
 僕が視界を戻して、さっき投げたボールを探そうと梓の姿を求めると。
「え……? 梓?」
 さっきまでそこにいたはずの幼馴染の姿はなく、代わりに使っている人がいない浮輪がぷかぷかと浮かんでいた。
「……梓!」
 僕はその様子を見ただけで状況を察し、すぐさま水の中に視界を移した。
 やはり。
 浮輪の下に、体を揺らしている彼女の姿があった。
 数メートルの距離を一気に詰め、やはり驚かせないよう背中から抱き留め水上にあげる。
「大丈夫か? 梓?」
 浮かんだ浮輪を見て危険を察したふたりも、近くにやって来ていた。
「けほっ……けほっ……ご、ごめん……足がつって……多分波で浮輪からすり抜けてびっくりしちゃって……けほっ」
 よかった……息はしてる……。ホッと一息つき、僕は佑太に「ごめん、浮輪取って」と頼む。
「ああ、ちょっと待ってて」
 そう言い佑太は浮かんでいる浮輪のほうへ向かっていく。
「ごめん、浅いところで大丈夫だったからここまで来たけど、やっぱり危なかったね」
「ううん……別に凌佑が悪いわけじゃ……それに、ありがとう……すぐ気づいてくれて」
「梓がいないってわかってから速かったよね保谷。ばって潜って助けちゃうんだもん」
「ほい、浮輪。大丈夫か? 高野」
 佑太から浮輪を受け取り、梓につける。
「うん、ありがとう。大丈夫だよ」
「……足つったんだろ? 少し休もうか」
 僕がそう提案すると「そうだね」とふたりも言ってくれたので、一旦プールサイドに上がることにした。梓はまだ歩くのがしんどそうなので、僕が肩を貸して陸まで戻った。
 ……何事もなくて、よかった……。