上部が爆発した城はすぐに自らを支えることができなくなり、そしてガラガラと崩壊を始めた。

「た、大変! どうしちゃったの?」
「むぅ……。」

 バン爺とマゼンタは急いで城に向かう。城に近づくと、ふたりは異変に気づいた。崩壊した城の真ん中、爆心地とみられるところが緑色に光っていた。

「……あれは」

 バン爺とマゼンタはその見覚えのある光に戦慄(せんりつ)する。それは、シアンがマゼンタの村で暴走した時の光だった。すでに空には雷雲が立ち込めていた。

「あの男……またクリスタルを使ってシアンを暴走させたのか?」
「……えっと、それはないかもよ?」
「……どうしてそう思うんじゃ?」

 マゼンタは懐からクリスタルを取り出した。

「……なんと」

 マゼンタは帰り際、アイリス伯につかみかかった時にクリスタルをスッていた。

「……だったら、あれって」
「うぅむ……。」

 マゼンタたちがかつて城だった瓦礫(がれき)の山に着き、光の元まで行くと、そこには術式で体を守ったアイリス伯とアッシュの姿があった。
 そして、その正面には暴走している全裸のシアンが。背丈は倍ほどに伸び、筋骨は雄々しく発達し、しかし白い肌と蒼い髪は美しく輝いていた。

「……アイリス伯、大丈夫かっ?」
 バン爺が訊ねると、アイリス伯はバン爺たちを見た。
「き、貴様、バーガンディっ! クリスタルはどうした!?」
「あたしが持ってるよ」

 マゼンタはクリスタルを出して見せた。

「この、女狐(めぎつね)め! とっととそれをこちらに渡せ!」
「はぁっ? こんなの使って自分の子供を操るような奴に渡せるもんかっ」
「言ってる場合か!? 状況を見ろっ!」
「……見とるさ、セレスト・アイリス」
「何だと?」
「道具に頼らんで、自分の子供のことぐらい、自分で何とかせんか」
「い、今のシアンにそんなことを言ってる余裕は……。」

 シアンが咆哮(ほうこう)した。衝撃でアイリス伯が吹き飛ばされ、瓦礫の壁に叩きつけられた。

 バン爺は「あちゃあ」と自分の頭をぺしりと叩いた。
「……確かにそんな状況じゃないかもしれん」

「う……ぐぁ……。」
 アイリス伯はずるりと倒れる。

「……シアンや」

 バン爺の呼びかけに反応して、シアンが振り向いた。鬼のようなシアンの形相(ぎょうそう)。あの美少年がこの姿に変身しているなどとは誰も思わないだろう。ただ以前の暴走と違うのは今のシアンには感情の片鱗(へんりん)があることだった。

「う、う、うるあああああ……。」
「ええ顔しとるのう……。ようやく自分の気持ちを吐き出したかい」

 犬歯が伸びたシアンの顔を感慨(かんがい)深く見るバン爺。アッシュに対してさえ構えなかったが、ここに来て初めてバン爺は構えを取った。

「……来なさい。お前さんの思い、ジジイが全部受け止めちゃろう」
「るがぁああああああっ!」

 シアンは猛スピードでバン爺に迫る。

──こええ……。

 バン爺とシアンは衝突した。激しい衝撃音と共に突風が二人を中心に巻き起こる。
 打ち負けたのはバン爺だった。さしもの彼も人智(じんち)を超えたシアンのオドを受け流しきることはできず、後方に猛スピードで飛んでいく。

「バン爺!」
 50メートルほど飛ばされたバン爺を見てマゼンタは叫んだ。

 異常に吹き飛んだのは、バン爺は自分からも後方に飛んだからだった。バン爺は空中で減速すると、すとんと地面に着地した。そして体をくねらせオドの流れを調整する。

「……ごぶっ」

 しかし、流しきれずにバン爺は咳払いと同時に口から血を吐いた。バン爺は血のついた手を見る。

「もって、あと2分といったところか……。」

 周囲を見渡すバン爺、彼が落ちたのは生命力を奪われたハゲ山だった。何とかまばらに木々が残っている。

──ほんのわずかにマナが再生しつつあるのか……。

「……ん?」

 バン爺が空を見上げると、雷雲が発光していた。

「……あかん」

 バン爺は地面に手を当てる。

「……間に合ってくれい」

 シアンが術式で起こした雷が落ちてくる。強烈な稲光(いなびかり)。しかし雷はバン爺に落ちることなく、彼から逸れて周りの木々に落ちた。バン爺の周りに閃光が走り、次に炎の柱が立ち上がった。
 直前にバン爺がオドを流し込み、木々を避雷針(ひらいしん)代わりにしたのだった。

「やれやれ、心臓に悪いわい……。ん?」

 風に乗ってシアンがバン爺の前に降り立った。ゆっくりと風を起こしながら降りてくるその姿は、魔神の降臨であるかのように禍々(まがまが)しかった。

「ぐるるるる……。」

 獣のように、今まさに襲いかからんと両手を広げるシアン。
 バン爺はボクシングのように拳を握って構える。

「来んかい」
「がぁ!」

 シアンが大ぶりでバン爺を殴りつける。
 パンチはバン爺に当たるが、バン爺は衝撃を受け流し体を回転させ、シアンの首に回転蹴りを叩き込んだ。だが、シアンの太くなった首には老人の蹴りは効果を成さない。
 シアンが力まかせの前蹴りを打つ。
 バン爺は紙一重で蹴り脚を避け軸足(じくあし)を払う。シアンが尻もちをついた。
 シアンは激高(げきこう)し、雄たけびを上げながら立ち上がる。

──ええぞ……。

 バン爺は足元の小石を拾うとシアンに投げつけた。
 それを片手でキャッチするシアン。
 バン爺が指でスナップを打つ。
 すると石が破裂した。

「がぁっ!」

 石の破片が目つぶしになり、シアンは目を閉じた。
 目をこするシアン、再び視界が戻ると目の前にはバン爺が立っていた。

根競(こんくら)べといこうや」

 右手をシアンの胸に当て、左手で右の手首をつかむバン爺。バン爺のローブがオドで逆巻く。

「かぁ!」

 バン爺はオドを直接シアンの体内に流し込んだ。

「ぐるぉおおおおお!」
「かぁああ!」

 体のオドを放出し続けるバン爺、耐えるシアン。それぞれの声がこだまする。

「……く、か……はぁっ」

 しかし、老齢の体から発せられたオドは間もなく尽きてしまった。

「がうぁ!」

 シアンがバン爺の体をつかんだ。そしてシアンの蒼い髪がオドで逆巻く。自分がやられたことをやり返そうとしているのだった。

──来たのう……。

「があああああああ!」

 シアンはバン爺に直接オドを流し始めた。攻撃をすかされて怒らされ、体にオドを流され怒らされていたシアンの攻撃は、強烈だが単純だった。

「お、お、おおおおおおっ!」

 体に尋常ではない量のオドが流れこんでくる。果たして、これほどのオドの流れを体験する魔術師がかつていただろうかというくらいの、強大で強力なオドだった。それを心を乱さずにバン爺は地面に流し続けていた。
 一方、離れた場所でふたりの様子を見ていたマゼンタはある異変に気付いた。

「……ん、なに?」

 マゼンタは自分が立っている地面を見る。地面が細かく震えていた。

「……あのおじいちゃん、俺とやった時と同じことをやるつもりやろうな」

 マゼンタの後ろにはアッシュがいた。

「……あんた」
「せやけど規模が違うわ……。」

 シアンは力が流されるもどかしさで、ますますオドを強める。

「がるぁああああああああ!」
「ほっほっほ、どうしたね? まだまだジジイにはなぁんも(こた)えとらんぞ?」
「うがぁあああああああ!」

 バン爺の挑発でシアンの体が強烈に光る。まるでエメラルドグリーンの太陽のようだった。

「きゃあっ」

 強い光に思わずマゼンタは腕で顔を覆った。目を閉じながら、マゼンタは足に振動を、そして耳にざわざわと物がこすれる音を聞いていた。

「がああああああああああーーーーーッ!」

 シアンの咆哮がアイリス伯領にこだました。