「急がなくちゃ! 急がなくちゃ!」
用を足し終えたロロは、走っていた。
今日は、村をあげてのお祝いの日だ。ドゥーラさんが、お嫁に行く日なのだ。
ドゥーラさんは、ダークエルフの亜人である。魔王に追随した裏切り者とされ、亜人に落とされたと伝えられるエルフの一属。
でも、それがなんだ! とロロは思っている。
ドゥーラさんは、よくお菓子――ナッツ入りのクッキーやベリーのパイを作ってごちそうしてくれた。
それがただの趣味ではない証拠に、ドゥーラさんの腕には火傷の痕があった。菓子を乗せた重い鉄板をかまどに入れる際、たまにやらかしてしまうドジなのだと、でも、ある意味菓子職人の見習いにとっては勲章みたいなものだと、黒褐色の肌に刻まれたそれを、ドゥーラさんは誇りにしていた。
そんな素敵な人――ロロにとって憧れの女性が、今日、お嫁に行く。
いの一番で、お祝いを言うつもりだった――結局、尿意に勝てなくてだめだったけど。
だけどせめて、せめて、みんなで練習したお祝いの歌だけはきちんと届けたいのだ。
そんなロロの後ろ姿を、いくつもの目が見ていた。
目の持ち主たちは、アシュロンの森の中に潜んでいた。全員、鎧を纏い、剣や槍で武装している。
そのうちの一人が、背負っていた弓を構えた。矢を番え、狙いを定める。
――そして、矢が放たれる。
狙い通り、矢はロロの首に命中した。何が起こったのか分からないまま、ロロは倒れる。
死んだオークの亜人の子供の周りに、目の持ち主たちが集まってきた。
その中心に進み出るのは、華美なデザインの鎧に身を包んだ若い女だ。
女は、帯びていたレイピアを抜いた。同時に、旗が掲げられる。
真紅の布地に描かれるのは、【大いなる黒き竜】の紋章。
大陸に名を馳せる大国が一つ、【黒竜帝国】の威を示すもの。
「これより、亜人どもを殲滅する!」
「応!」という声が、一糸乱れず応える。
結婚式は、大いに盛り上がっていた。
村人たちは、生涯を共にし合うことを誓った男女に、お祝いの言葉を述べていく。中には、ささやかな贈り物をする者もいる。
「ロロ、帰ってこないな……」
大きい方にしても、いくらなんでも遅いような気がする。これじゃあ、お祝いの歌を歌えない。この日のために、みんなで一生懸命練習したのに。
モルとラロはいない。さっきまでぶーたれていたのだけど、出されたごちそう――ふわふわに焼いた卵とか、川海老の素揚げとか、チーズを乗せた薄焼きパンとかを目にした途端、ダッシュで言ってしまった。
誘われて、キリも一応行ったのだが――
「キリ、どうした?」
取った揚げ菓子は、しょっぱかった。白砂糖がたっぷりまぶしてあるのに。
一人離れ、涙ぐんでいたキリを心配したのだろう。給仕を手伝っていた、ロナーが来てくれた。
ロナーは、キリにとって頼れる近所のお兄さんだ。三つ年上で、ダークエルフの亜人の男の子だ。
目があったり声をかけられたりすると、心臓がどきどき大騒ぎして、顔がぽぅっとなってしまう――何故か分からないけど。
「ううん……ちょっと、おセンチになってただけ」
キリは、涙を拭う。
「お父さんとお母さんも、あんな風にみんなにお祝いしてもらったのかなって思って」