刃物は扱いなれてないとむしろ危険だし、そもそも戦闘に使えそうな刃物などホームセンターには売っていない。困っていると物干しざおを見つけた。やっぱり男は棒が大好きなのだ。中国拳法の人みたいに試しにブンブンと振り回してみると、結構しっくりとくる。これならゴブリンくらいなら打ち()えられそうだ。結局一番頑丈そうなステンレスの物干しざおを選んだ。

 荷物をどっさりと抱え帰宅すると、ほのかに甘い匂いがする。女の子が自宅にいるってなんて素敵な事だろうか。別に恋人でも何でもないのについドキドキしてしまう。
 そっと部屋に入ると、夕暮れの薄暗がりの中、まだエステルは熟睡している。相当疲れているようだ。
 俺は起こさないように気を付けながらコーヒーを入れた。部屋中に広がるコーヒーの香ばしい匂い、とても(いや)される。

 俺はコーヒーを飲みながら買ってきたものをチェック、整理する。エステルと出会わなかったら一生買わなかったものばかりだ。
 続いて、使える状態にして装備してみた。まるでスズメバチ退治に行くようないで立ちになったが、俺はこの装備で一攫千金を目指し、もしかしたら世界を救ってしまうのかもしれない……。

「世界を救う……?」

 冷静に考えると、あまりに荒唐無稽すぎる話にちょっとめまいがした。ベッドでエステルが寝ていなかったら、バカバカしくなって放り出してしまうレベルだった。
 金髪の美少女は気持ちよさそうに寝息を立て、さっきの戦闘が夢や妄想ではなかったことを教えてくれる。
 俺はエステルの寝顔をジーっと見つめた。こんな可愛い女の子まで戦闘に駆り出されるなんて一体異世界はどういう状況なのだろうか? また、倒さねばならない魔王とはどういう存在なのだろうか? 殺虫剤で即死してくれるほどぬるい存在でいてくれるのだろうか?
 俺は深くため息をついた。今日は結局、企業研究も面接対策も何もやっていない。就活をほっぽり出して物干しざおを物色してて本当に良かったのだろうか?
 悩み事は尽きない。

 俺は姿見を見つめ……、近づいてもう一度鏡面を触ってみた。波紋が広がる。まだ液体のままだ。
 試しに俺は【φ】を描いてトントンと叩いてみた。すると、鏡面は元の鏡に戻った。そして再度【φ】を描くと……鏡面は光り輝き、またダンジョンにつながった。