その日の放課後は霞は僕に気を遣って「家にきたい」とは言わなかった。
僕が布団に横になっているとインターホンがなった。
普通に宅配便かと思ったが違った。開けることを後悔した。そいつの顔を見ただけであの悲惨な現場が脳裏にチラついた。
「やぁ!本当に一人暮らししてるんだねー!」
今日学校を休んだ小泉明菜だった。
「…何しに来た」
「何って…荷物を返しに来た!だから開けて?」
一応チェーンをつけておいて正解だった。こんなやつ家に入れたくない。でも、荷物を回収する必要があったので開けた。
「荷物はありがとう。じゃあもう帰ってくれ」
荷物を受け取り扉を閉めようとしたら扉に足を挟まれた。
「えー!わざわざ来たのに?それにちょっと話したいこともあるし家に入れてくれない?一人暮らしだしいいよね?」
こいつ…小泉明菜の態度が2日前に自分の父親を手にかけた人間には到底見えなかった。
ここであることないことしゃべられるのはごめんだし、俺も色々聞きたいことがあったので家に入れることにした。
「へえー!意外と広いね!」
実の父親が死んだ(殺した)というのに随分と呑気なやつだ。
「これで依頼を受けてるの?」
霞と同じようにパソコンに手を出した。
「触るな」
霞を注意した時よりも重く強くそう言った。
「ケチっ。まぁいいや…」
長くなりそうだったので早速本題に入らせることにした。
「話したいことってなんだ」
「そんなに慌てなくていいじゃんか」
「いいから答えろ」
「うわっ、怖ー」
お前に言われたくない。そう言いたかったが言えなかった。普通の高校生を演じている自分の方が怖い気がしたから。
「まぁいいや、聞きたいことってのはねー。単純なことだよ。なんであんなことやってんの?金が入るから?あ!そういえば金払ってなかったね!はい!これ!」
そう言ってカバンから封筒を取りだした。
「言われた通り100万用意したから〜」
「……こんなの受け取れるわけないだろ」
その封筒をそのまま返品した。
「ダメだよ〜。ちゃんと受け取って?」
そう言った時の彼女の目は僕があの時恐怖を感じた時と同じ目をしていた。
「………」
僕は無言で言われた通りそのまま100万円を受け取った。
「……何が目的だ」
僕は「黙ってあげる」というこいつの目的が知りたかった。
「何って……。特にないけど?」
特にないだと……。
「強いていえば純粋な疑問を解決するためかな〜」
純粋な疑問……。それは…この前こいつが生物の先生に質問していたことだろうか。
「……純粋な疑問?」
僕は彼女に普通に質問をした。
「人の体の作りを隅々まで知りたかった!それだけよ?」
何事もなかったように、あの出来事が夢なんじゃないかって思うくらいに何気ない返答だった。
「なんで俺の仕事について知ってる」
僕は得体の知れない彼女のことを少しでも知れるように質問した。
「たまたまかな?ずっと前から私と同じ匂いがしてたんだよね〜」
彼女は楽しそうにそう言った。
「……同じ匂い?」
彼女のその発言が怖くて聞き返すことしか出来なかった。
「うん!君と私は同じ匂いをしてる!」
再び、あの恐怖の目をして僕を見てそう言った。
「………」
「とりあえず君のことは内緒にしてあげるから。安心して?というかなんでこんなことしてるの?」
やっぱり、聞かれるとは思っていたことだ。
「なんでって……」
話すか迷った。そんな僕の様子を見て彼女が、
「誰にも話さないから安心して?ほら!はやく!」
急かすようにそう言った。不意に思ったのは、たとえこいつが言いふらしたとして誰が信じるのだろうか。だから話すことにした。僕がなぜこの仕事しているのか本当の理由を。
「僕の父親は殺し屋だった。殺し屋というか暗殺者だ。沢山殺したんだ、悪いやつらを。でもそれをよく思わない人たちも当然いた。そいつらの中の誰かが僕の家を燃やしたんだ。僕はその日たまたま出かけてて被害には会わなかったけど、1人間に合わない人がいた。それが僕の義理の姉だ。義姉さんは間に合わなかったけど両親は逃げることに成功して、今ものうのうとどこかで生きてる。でも別に両親が憎い訳じゃない。僕は放火をしたやつを憎んでる。そいつを必ず捕まえてこの手で殺す。あの事件から7年が経った今でもその犯人は捕まってない。できるだけ苦しい思いをして死んで欲しい。だから父親の仕事をそのまま僕が引き継いだ。」
僕の話を真剣に聞いてくれた彼女が、
「それ…私にも手伝わせて?」
あの恐怖の不気味な笑みを浮かべながらそう言った。
「……は?いや、お前は手伝わなくていいよ。この事さえ黙ってくれればそれでいい」
あの時のような恐怖はいつの間にか無くなっていた。僕は普通に彼女と会話をしていた。彼女の言う通り『同じ匂い』がするからだろうか。
「いやだ。それ手伝わせて?」
「なんで……そんなに僕に構うんだ?」
そう聞いたら彼女からはさっきと同じ答えが返ってきた。
「だって君と私は同じ匂いがするから」
再び不気味な笑みを浮かべそう言った。
「またそれかよ……」
こいつを家に入れたのが間違いだったみたいだ。それに今更気づいた。
「わかったから一旦今日は帰ってくれ」
そういうと彼女は「わかった、今日は帰るね」そう言って立ち上がり僕の家を出た。
彼女が素直に僕の家を出てくれたことへ安心したのか大きなため息が出た。
『7月13日』
あの悲惨な事件はまだニュースにはなっていなかった。まだ見つかってないのだろうか。僕は疑われないだろか。もし僕が疑われたとして僕は彼女のせいにする方がいいのだろうか。授業中、窓の外を見ながらそんなことをずっと考えていた。
「外に何かいるの?」
すると隣の席の霞がいつも通り話しかけてきた。
「え?なんで?」
「なんでって…ずっと外見てるから」
「あ、ちょっと考え事…してて」
僕らの会話は注意されることは無かった。担当教科の先生が風邪で学校を休んでおり、僕らが自習しているからだ。
プリントだけ渡されて、僕らを監視する先生は寝てしまっていた。
「今日も家行ってもいい?」
別に今日は構わなかったけど、もしかしたらまた小泉明菜が僕の家に来るかもしれない恐怖が少なからずあったけど思わず、
「え?あ、うん。いいよ」
チラッと小泉明菜の方を見ると彼女は真剣に授業を受けていた。まるで普通の女子高生のように。
「やった!」
霞は静かに喜んだ。ちょっとだけその表情にドキッとした気がした。その霞の笑顔が義姉さんそっくりだったから。
放課後僕はまた霞を家に連れてきた。
「なんか前来た時より家具減ってない?」
少しだけ前借りたもうひとつの部屋に家具を移した。主に仕事道具を。
「あ、うん。ちょっと整理整頓して」
彼女は床に座るなり「そういえばさ」と話を切り出した。
「なんで一人暮らししてるの?親は?」
僕は彼女には僕の過去は話すつもりはサラサラなかった。あいつ…小泉明菜に話してしまったのは『同じ匂い』というのが原因なのだろうか。
「親は…分からない」
そう答えた。別に嘘はついてない。居場所が分からない。生きてるのか死んでるのかすら僕には分からなかった。
「なんか……ごめん。」
何故か謝られた。
「なんで謝るのさ。そっちこそお母さんとは仲良くしてる?」
警察官の現状報告を得るためだ。
「そういえば、最近忙しそうなんだよね。最近ここら辺物騒じゃん?だからかな?」
その原因のほとんどは僕だよ。なんて言わないけど何故か申し訳なかった。でも悪いことをしているなんて全然思ってない。法律で裁けない悪人を僕が捌いてあげてるからだ。あの事件はちょっと違うけど…。
「そっか…警察官って大変そうだね」
それからはこの前の漫画の続きを読んでいた。僕はと言うとずっとパソコンでニュースを見ていた。地元の新聞だったり日本全体の新聞だったりを片っ端から。霞は漫画をずっと読んでいるから気にする必要はなかった。
「何見てるの?」
漫画を読んでいた霞はいつの間にか僕の後ろにいた。
「え?ああ、ちょっとね……最近物騒だなって思って……」
苦しい言い訳かもしれないけど仕方がない。
「そうなんだよねー。うちのお母さんも危ない人がいるから気をつけなさいって言ってなんか防犯ブザー持たされたし」
霞は少し笑いながらそう言った。
その危ない人がここにいる。傍から見たからおかしな光景だ。
「さすが…警察官だね」
ネットの記事をスクロールしながらそう言った。
「うん!かっこいいようちのお母さん。だから私も警察官になるんだ」
彼女は僕の本当のことを何も知らない。彼女が警察官になったら僕の敵だ。そして小泉明菜が味方となるかもしれない。そんな訳の分からない事を考えていた。
「へー。頑張ってね。てか、それならこんなところにいちゃダメなんじゃない?」
別に今すぐ帰って欲しいとかそういう意味ではない。
警察官になろうとしている人が僕なんかに関わって欲しくない。ふとそう思った。
「いいの!今はまだ高校生してたいもん!」
高校生をしたい…か。僕には永遠に無理だろうな。あくまで今は高校生を演じているだけに過ぎない。
「そっか……じゃあ好きなだけいるといいよ」
「ありがとう!」
そう言って霞はまた漫画を本棚から取り出して読み始めた。そして僕は再び新聞を読み漁った。
「あのさぁ」
読み始めて数分してから霞が漫画を棚に戻しパソコンをいじっていた僕に話しかけてきた。
「なに?」
パソコンに集中しながら軽く返事をした。
「今度さ……私とデートしてよ」
「ああ、いいよ………ん?」
霞のことだから軽いお願いかと思って返事をして我に返ってパソコンをいじるのをやめてパッと霞の方を向いた。
「……いいの?」
霞はじっとつぶらな瞳で僕を見つめていた。
「もう1回言ってくれる?」
僕の聞き間違いかもしれないと思いそう聞いた。
「だから!私とデートして?」
今度ははっきりと聞こえた。
「デート?僕と?」
オウム返しすると霞は深く頷いた。
「えっと……」
午後6時を回った時、霞はチラッと時計を見て、
「もう帰らなきゃ!じゃあ今週末デートね!絶対だからね!」
僕の話も聞かずに僕の家を後にした。