少女にこういわれて少し恥ずかしい思いをした。顔が熱い。

こんな僕にかまわず、少女は僕の傍を通り、表に出た。僕はすぐ後をついて横町を出た。

「あんな世界に不満でも?」

少女は僕を見ずに話し出した。

「ち、違う。不満なんかないよ。ただ、びっくりしただけ」

「私がこの世界にいられる間は、たっぷり見せてあげるから、覚悟して」

「うん。分った」

そうだ。少女は自分の恋を探しに来た。自分の恋が見つければ、僕にはもう何の用がない。そもそも、僕を傍にいさせるのが足手惑いのはずなのに。

それはともかく、危険が伴うけど、違う世界が見られるだけで、満足しないと。

少女は僕に見せると約束した。僕も見たがっているので、頑張って全部見ないと少女に申し訳ない。

ふと思いついたのだが、二人はまた自己紹介をしていない。

「あの、僕の名前は宮町フモト。あなたは?」

「私の名前は葉月」

「葉月っていうんだ。きれいな名前だね。『月』の文字が入ってるのはやっぱり月のせい?」

「そうでもない。かぐや姫の分身がちょうど十二名だから、1月から12月の名前を借りた」

「なるほど」

僕たちはずっと歩いた。僕はただ葉月の後ろについていくだけだったけど。

「そういえば、先吸収した黒魂のヌシはまだ倒れたままだけど、大丈夫なの?」

あの人の事がちょっと気になった。

「心配いらない。それに、普通の人間が真昼間にあんな薄暗い横町に入ると思う?」

「家がそこにあるかもしれないでしょう」

僕の主張にかまわず、葉月は話しつづけた。

「私は黒魂がどんな性質なのかを熟知している。あの黒魂はヌシが盗人。だからあの人の後ろをついて行った。彼が起きたら盗んだものを返すかもしれないけど、そんないい事をするのも一日だけ」

「でも、あの盗人は『月引症』で一晩くるしむでしょう。それに、病気があったら大変だよ」

「なら、すぐ戻って私の髪の毛を上げたほうがいいね。盗人だとしても?」

『盗人』という単語の響きが僕の頭の中で旋回している。もし、あの人が盗人じゃなかったら、葉月が髪の毛を上げるのを迷わなかったろう。問題なのは、あの人は盗人だ。

僕がどうしようか、決められず迷っている時、葉月が話し出した。

「私は目的があって地球にきた。その目的を果たすために黒魂を食べなければならない。黒魂を食べられた人間を哀れむほど、私は優しくない。聖人じゃない。私の髪を上げるかどうかは私が決めること」

「分った」

自分の立場をはっきりと言ってくれた葉月に、僕は返す言葉をなくした。

それから二人は何も言わず前で歩いている。

「今度はどこへ行くの?」

「私は今、黒魂を捜している」

「おとといから一日過ぎたでしょう。あなたの話によると一日すぎたら黒魂はまた生まれるといったじゃない?」

「生まれたばかりの黒魂を食べても、腹ごしらえにならない。ある程度成長した黒魂じゃないと、たべる甲斐がない。特殊もいるけど」

「特殊って何?」

「生まれたばかりの黒魂でも、人間の負の感情が大きいと異常な成長を遂げること」

ちょうどこの時、服屋の前を通りかかった。前で歩いている葉月の服をみると、このままじゃいけない気がした。自分の財布を見たら、服を一着買う金はあった。

「あ、あのさあ……」

葉月は立ち止まり僕を振り返った。何の事かと問う眼差しを送った。

「服を、買わない?葉月の姿、すごく目立つんだけど」

自分の姿を見てから葉月は平気な顔をして言った。

「これはある家の物干しから勝手に取ってきたものだ。とても気に入っている。でも、あなたが替えてほしいというなら、一着買ってもらってもいいと思う。先に言うけど金はない」

「金なら大丈夫。僕が持っているから」

それより、今まで盗んできた服を着て堂々と街を歩くなんて、葉月も大胆だ。でも、今時に、シャツ一枚で警察に通報する人がいるかな。そんなに高くにも見えないシャツのために。

店に入った葉月は服を見比べ始めた。最後に決めたのは、真っ白なワンピースだった。試着室から新しい服を着て出てきた葉月はとても魅力的だ。

店員は葉月にみとれた僕のそばに来てサービス業界ならの笑顔を浮かべながらささやいた。

「今一番流行っている服ですよ。それに、彼女さんにとてもお似合いです」

僕は何もいわなかった。『彼女』と誤解している店員に説明しなかった。誤解してほしい心もあったからだ。

「この服、気に入った」

葉月の声と表情から感情を読み取ることは大変だ。今も気に入ったといったけど、口調も表情も相変わらず、平淡だった。

金を払って、二人は店を後にした。

気付けば、時はもうすっかり夜になってしまった。まだ晩ご飯も食べていない。葉月はお腹すいてないのかな。あっ!葉月は黒魂を食べる。ついさきでかい黒魂を食べたから、まだ大丈夫だろうなあ。でも、僕はもう我慢できない。

「あの、葉月」

「どうした?」

葉月は止まろうとしない。気のせいか、葉月の歩みが少しばかり早くなったようだ。

「僕、お腹すいたけど。どこかでご飯食べない?」

「ちょっとくらい我慢して」

何かを言いかえそうとした時、葉月は立ち止った。二人はいつの間にか、病院の前に来てしまった。この病院はだしか去年、大金を注ぎ込んで改築した。どこからそんな金が出てきたのか、と僕のクラスでも一時、噂の種にしたくらいだ。