そこに居ないかのように生きていた。

 誰かと深く関わる必要なんてない。
 関われば自分が傷つくだけだ。

 他人と仲良くつるんで、退屈な世間話に花を咲かせて、くだらない冗談で笑い合って。
 まるで僕とは別の世界で起きている話のようだ。

 僕にはそんな生活を送る能力も、権利もない。

 高校三年生。
 それが平凡な僕に与えられた唯一の肩書。

 退屈な毎日だった。

 得意なこともない。
 容姿も、運動も、コミュニケーション能力も、すべて平均点以下。
 学校の勉強だけは、ちょっとマシな程度。

 人間関係も苦手で、友達もいなければ恋人もいない。

 以上、自己紹介終了。
 それが染谷悠介という人間だった。

 およそ充実した青春と呼べるものを全く享受せず、孤独に毎日を過ごしている高校三年生。

 世界からどうでもいいと思われている僕にできる唯一の抵抗は、僕が世界をどうでもいいと思うことしかなかった。

 ーー星空に例えるならそう、星屑だ。
 誰に見向きもされずに、光ることもできない、ただそれだけの存在。

 何者にもなれずに宇宙を漂いながら、いつか燃え尽きて、文字通り塵となるその日を待つだけ。

 学校に着けば教室の片隅から、誰と話すわけでもなく、いつも騒がしいクラスの中心をぼーっと眺めている。

 自分たちこそが世界の中心であるかのように、我が物顔で騒ぎたてるクラスメイトたち。

 そんな明るく振舞っている連中が、まるで自分とは違う星から来た宇宙人に見えた。
 そんなクラスの一軍の連中とは、関わったこともないし、関わろうとも思わない。

 どれだけ周囲に愛され、どれだけ友人に恵まれたら、あんな風に楽しげに毎日を過ごすことができるのだろう。
 前世で、全財産を世界中の恵まれない子供を救うために注ぎ込むくらいの徳を積んでいないと割に合わないんじゃないか。

 僕にとってそれは、世界七不思議に次ぐ謎だった。





「染谷、五十嵐先生に物理のノート出しに行くんだろ。俺のもついでに渡してくんね?」

 夏休みが明け、まだ暑さの余韻が残る季節だった。

 放課後、帰り支度をしていると、声をかけられた。
 仕方なく顔を上げると、坊主の男子生徒がこちらを向いて立っていた。

「ごめん、今日は早く塾に行かないとヤバいんだよ! 頼まれてくれ」

 そう言って、両手を擦り合わせるようにして顔の前で合わせる。

「べつにいいけど……えっと」

 僕は目線を滑らすようにして、差し出された大学ノートに書かれた名前に目をやった。

「分かったーー松坂君」
「ありがとな〜」

 男子生徒は調子の良い声をあげて、嬉しそうに手を振りながら足速に教室を出て行った。

 松坂君は坊主で日に焼けているようだったから、多分夏までは野球部だったのだろう。
 知らないけど。

 僕は軽くため息をついて、荷物を肩に背負う。
 部活やら、放課後の塾やらに向かう賑やかな生徒たちとすれ違いながら、職員室へ向かった。

 物理のノート二冊を片手に、職員室前に貼られた、先生たちのデスク配置表をしっかりと眺める。
 五十嵐先生の名前は……あった。

 間違えのないよう、しっかりと配置を頭に叩き込む。
 先生が不在の方が、都合が良い。いちいち余計な話をせずに済むから。
 先生に見つかる前に、机にノートだけ置いてさっさと帰ってしまおう。

 そんなことを考えていると、背後から突然声をかけられた。

「ーー染谷」

 慌てて振り返ると、僕よりも頭一つ高い、スーツ姿の痩身の男性教師が立っていた。

「俺に用だろ」
「えっと……」
「担任の五十嵐だよ」

 そう言って、五十嵐先生はワイシャツの胸ポケットに挿してあるボールペンをトントンと指さした。

 キャップには猫のキャラクターが模してある可愛らしいデザインで、一見すると男性の持つ文房具には不似合いに思えた。

「いい加減覚えろよ、この猫ちゃんキャップ」
「……すみません」

 ペコリと軽く頭を下げる。
 五十嵐先生は満足したように頷いて、職員室の方を親指でさした。

「まあ、来いよ」

 五十嵐先生に連れられるままに、職員室に入室する。
 授業の終わった放課後にも関わらず、先生たちは忙しそうに仕事に追われていた。
 きっと、教師というのは大変な仕事なのだろう。

「ほい、ノートの提出だろ」

 デスクに着くと、五十嵐先生は気怠そうに椅子に深く腰掛けた。

 担任の五十嵐先生は、物理を教えている。
 スラリとした長身に、黒縁メガネのダウナーな雰囲気がウケているのか、一部の女子の間ではイケメンと囁かれている。らしい。

「はい、お願いします」

 松坂君の分も合わせて、二冊のノートを重ねて手渡す。

 二冊のノートを、五十嵐先生は物珍しげに見比べた。

「なに、頼まれたの」
「まあ、なりゆきで」

 五十嵐先生は興味深げに「へぇ」と声を漏らした。

「仲良く話せたか?」
「いや、それは全然」

 僕の即答に、五十嵐先生は呆れたようにため息をついた。

 ノートを受け取ったときのやりとりは、友達同士の会話とかじゃなく、単なる業務連絡みたいなものだった。

 そもそも、クラスメイトと馴れ合うつもりもない。
 何を話せば良いのかも分からない。
 世間の高校生は一体どんな世間話で盛り上がっているんだろうか。

「どうせお前、クラスメイトの名前だって、覚えてなかったろ」

 五十嵐先生は僕の胸中を透かして読み取るみたいにして、僕の顔を見た。

「……図星です」
「素直なのは悪いことじゃない」

 クラスメイトの名前を覚えていないことは事実なのだから、言い訳のしようもない。
 潔く認める僕に、五十嵐先生はくっくっくっと小気味良く笑った。

「もう、行っても良いですか」
「まあ待て、染谷」

 ノートの提出という役目を終えたのだから、早く帰らせて欲しい。
 そんな様子を見かねたように、五十嵐先生は僕の肩にそっと手を置いた。

「いや、真面目な話さ、もう半年もすれば卒業だっていうのに、このままでいいのか?」

 五十嵐先生は、先ほどよりも真剣味を帯びた雰囲気で、僕の目を見つめた。
 なんと返したものか思いつかず、僕は答えに窮した。

「ーーいいですよ、僕は暗い奴だから」

 目線を泳がせながら、ひねた子供のように、ぽつりと呟いた。

 五十嵐先生が担任になったのは三年生になってからだけど、僕の置かれた状況はよく知ってくれていた。

 こうして、なにかと機会があるごとに僕に気をかけてくれる。
 でも、僕は孤独には慣れている。
 僕が友達がいないのは今に始まったことじゃない。昔からだ。

「俺は……後悔が無いように、高校生活を送ってほしいだけなんだけどな」

 そう言って、五十嵐先生は困ったように後頭部を掻いた。
 社会人にしてはボサボサに伸びた黒髪が、所在なさげに揺れる。

「後悔が残ると、大人になってから辛くなるぞ。昔を思い出すのが」
「……はい」

 五十嵐先生の、僕を射抜くような力強い目線。
 それに僕はただ、気の抜けた生返事をすることしかできなかった。

 五十嵐先生は優しい。
 それに、正しいとも思う。

 僕が間違っている。
 それだけなんだ。

「ーー失礼します」

 きまりが悪く感じて、僕は叱られて逃げる子供のように、そそくさとその場を後にした。

 振り返ることもせず職員室を出て、先ほどより人気が減って静かになった廊下の階段を、一段ずつ降りる。

 冷たい銀の手すりに指を這わせながら、考える。

 先ほど五十嵐先生に提出した、物理のノート。
 今回学習した教科書の単元に書いてあった内容を、ぼんやりと思い出す。

 この世界には、重力があるそうだ。
 ごちゃごちゃとした公式や、取ってつけたような説明が教科書には載っていたけど、そんなこと知らなくたって、僕らは生まれたときからその法則に縛られている。

 全ての存在は、より巨大で質量を持った存在へと引き寄せられて、逃れることはできない。

 世界にとって小さくて弱い存在は、大きい存在の前ではただ支配されるだけ。

 この世界には存在している。
 どうしようもないほどに僕らを地べたへ押し付ける、重力が。





 さっさと帰ろうと、職員室から下駄箱に向かう途中、廊下の窓から校舎に囲まれた中庭が見えた。

 この学校、西南高校の中庭は比較的広い。
 サッカーのグランドくらいはあるだろうか。
 校舎沿いに囲むように木が生い茂っており、ベンチや広場なども併設されている。

 昼休みは食事を取ったり、ふざけあう生徒たちで賑わっている。
 しかし放課後は人の気配がなく、まるで役目を終えたサーカスのステージみたいに、寂しいくらいに静かだった。

「ーーあれ」

 今日の夕飯はなんだろうとか、今度数学の参考書を本屋で探してみようとか、そんなどんでもいいことを考えながら、なんの気無しに眺めていた視界に、僕は違和感を覚えた。

 違和感の正体はすぐに分かった。
 中庭の片隅に、忘れられたように佇んでいるベンチ。

 そこに、女子生徒らしきシルエットの人間が、ぐったりと横たわっているのがチラリと見えたのだ。

 非日常的な感覚に、胸がどきりとした。
 あの女子生徒は、まさかベンチで寝ているのだろうか。

 いや、夏休みは過ぎたとはいえ、まだ残暑の厳しい時期だ。
 少し日に当たれば、汗をかいたシャツがべっとりとして気持ち悪く感じてしまう程度には、気温も湿度も高い。
 まだ陽のある夕方ごろとなれば尚更だ。

 そんな暑さの残る季節に、外のベンチで堂々と昼寝をしたりするだろうか。
 そもそも、放課後にわざわざ中庭の隅っこのベンチで昼寝なんて、あまり常識的な行動ではない。

 もしかしたら、倒れている、とか。
 もし、熱中症や体調不良で動けないなんてことになっていたら、どうしよう。

 内心焦りながら、キョロキョロと辺りを見回す。
 廊下にも、中庭にも、他に生徒や先生の姿は見えなかった。

 そもそも、ベンチ自体が中庭の隅っこにあるような、廊下の窓からやっと見えるような位置にあり、通行人が気がつくのは難しい。
 この状況に気がついているのは、おそらく自分だけだろう。

「ーーくそ」

 誰に聞かせるわけでもなく、舌打ちを鳴らす。
 気がつくと、身体が動いていた。

 勘違いだったら、どうしよう。
 そう思いながらも、流石に倒れているとしたら見過ごすことはできない。

 意識があるのか、様子を見るだけでいい。
 もし本当に倒れていて救助が必要だとしたら、とりあえず誰か先生を呼べばなんとかしてくれるだろう。

 勘違いなら、ただそのまま帰るだけ。
 それだけの話だ。

 そんな誰に聞かせるわけでもない言い訳を心の中で繰り返しながら、下駄箱を通り過ぎる。
 そして駆けるようにして、中庭に上履きのまま飛び出した。

 ベンチで横になっている女子生徒を見つける。
 あそこだ。

 気もそぞろに、早足でベンチに駆け寄る。
 そこに横たわっていたのは、

「ーーああ」

 思わず、嗚咽のようなため息を漏らした。

 まるで、眠りに落ちた姫。
 そんなキザな表現が、頭に浮かんだ。

 彼女を中心として、額縁で切り取った絵画みたいに、別の世界がそこにあった。

 流砂のようにきめ細かく美しい黒髪が、さらさらと垂れている。
 折り目のついたスカートからすらりと伸びた綺麗な足は、美しい曲線を描いていた。
 夏服のワイシャツから露出した肌は、きめ細やかで白く、陶磁器のように見える。

 まるで映画の世界から飛び出してきたような、美しさをたたえた女子生徒だった。

「……寝てる、だけか」

 緊張でどきまぎする気持ちを抑えながら、呟く。
 念のため、距離はとりながらも顔を覗き込んで確認する。

 女子生徒の顔色は悪くなかった。
 暑さから少し汗ばんでいるようだが、極端に汗をかいているようには見えない。

 なんなら、すうすうと寝息を穏やかに立てている。
 呼吸に合わせて、ゆるやかに長いまつ毛が揺れた。

 ただ寝ているだけなら、わざわざ起こすこともないだろう。

 誰とも知らない男子生徒がいきなり体を揺すってきたら、この女子生徒も驚くだろう。
 下手に身体に触れれば、寝込みを襲おうとした変態と間違われても言い訳はできない。
 触らぬ神に祟りなしだ。トラブルには関わりたくない。

 そんなことを考えながら、その場を去ろうとした瞬間だった。

「……ん」

 目の前の女子生徒が、前振りもなくパチリと目を開けたのだ。

 しゃがんだままだった僕は、まるでこれからシンデレラにキスをしようとする王子のように、至近距離で思い切り目線が交差した。

「あ、あの、すみまーー」
「ゆめ」
「へ?」

 もし勘違いされたら大変なことになる。
 しかし、身をのけぞらせて、慌てて謝ろうとした僕を制止するように、女子生徒が何か呟いた。

「夢ーー見てた。宇宙ロケットに乗って、地球を見下ろす夢。何度も見る、夢」

 寝ぼけているのか、瞼を重そうにしながら不明瞭な言葉をポツリとこぼす。

 なんの話だろう、夢だって?
 脈絡がなくてよく分からないけど、まだ意識がはっきりしてないのかな。

「君は……誰?」

 女子生徒は目を擦りながら、僕の顔をじっと眺めた。
 徐々にその焦点が合ってくる。
 だんだんと頭が起きてきたのかもしれない。

「あの、僕は、誰か倒れているのかと思って」

 誤解されないよう、慎重に言葉を選んで弁明する。

 ここで痴漢にでも間違われたものなら、僕の高校生活は本当の意味で終わってしまう。
 退学だってあり得るかもしれない。
 まあ、僕がいなくなって惜しんでくれる人なんて、いないんだけど。

「あ、染谷君か」
「……僕のこと、知ってるの?」

 女子生徒は僕の顔を見て、安心したように笑った。

 僕の名前をちゃんと覚えている生徒なんて、ごく限られていると思うけど。
 もしかしてこの子、クラスメイトだったかな。

「同じクラスだもん。知ってるよ。もしかして、私の顔覚えてないの?」

 女子生徒は怪しむような目つきで、僕に目をやる。

 しまった、やってしまった。
 高校三年生の二学期にクラスメイトの名前を覚えてないなんて、人によっては反感を買ってしまうかもしれない。
 僕はまさかの女子生徒からの反撃に、困ったようにしどろもどろ言い訳を考える。

「あ、いや、顔覚えるのが苦手で……」

 苦手と言っても限度があるだろ、と自分自身に頭の中で突っ込む。
 我ながら苦しい言い訳だ。

「寂しいなぁ。たしかに喋るのは……初めてだけど」

 女子生徒のセリフに、妙な間が少しだけ空く。
 なんだろう、もしかして怒らせてしまったのだろうか。

「私は日向佳乃」

 日向佳乃。
 その名前には、たしかに聞き覚えがあった。
 いや、クラスで一番耳にする機会の多い名前と言っても過言ではないかもしれない。

 美少女と評判の、クラスの人気者だ。
 彼女を慕っているクラスメイトたちはとても多い。

 僕は直接は話したことはないけど、いつもたくさんの人に囲まれている印象がある。

「ああ、日向さん」
「知ってたの?」
「ごめん、顔と名前が一致しなかっただけなんだ」

 そう言って、愛想笑いでなんとか誤魔化す。

 日向さんは僕の愛想笑いを不思議そうな表情で眺めた後、はっと気がついたように顔を上げた。

「そういえば、心配してくれたんだね! 気づいたら私、こんなところで寝ちゃってたみたい」

 えへへ、と彼女は可愛らしくはにかんだ。
 まるで忘れ物を先生に注意された小学生みたいなリアクションだ。

 しかしながら、僕みたいな地味なクラスメイトの名前をちゃんと覚えてくれていた。
 それに加えて、この明るくて嫌味のない愛嬌。

 大抵の男子高校生なら、これだけで好きになってしまいそうなほどの魅力だろう。
 クラスメイトたちが彼女に夢中になる気持ちがなんとなく分かった。

「ごめんね、もう大丈夫だから。あーよく寝た!」

 上半身を猫みたいに伸ばして、うーんと大きなあくびをする。
 関わったことがなかったけど、日向さんは随分と自由奔放な人のようだ。

 僕はその姿を見ながら、小さくため息をついた。
 本当に昼寝をしていただけなら、もう大丈夫だろう。
 教科書の詰まった鞄を持って立ち上がる。

「じゃあ、僕はもう行くからーー」
「あれ、それ」

 僕の別れの挨拶を遮るように、不意に日向さんは僕の鞄を指さした。
 正確に言うと、僕の鞄に付いているキーホルダーを指さしていた。

 それは、僕が小学生の時から鞄につけている宇宙ロケットのキーホルダーだった。

 たしか、近所のおもちゃ屋さんのガチャガチャで手に入れたものだった気がする。
 もう古びてところどころ塗装も剥げているけど、なんだか愛着が湧いて今まで捨てられないでいる。

「ロケット……」
「そうだけど」
「好きなの?」
「うん、なんとなく……宇宙とか、ロケットとか、興味があって」

 彼女は興味深そうな目つきで、僕の顔とロケットのキーホルダーを見比べた。

 たしかに宇宙には少しだけ興味があって、子どもの頃に図鑑をよく眺めたり、親に天体観測に連れて行ってもらって嬉しかった記憶がある。

 でも、ロケットのキーホルダーがどうしたんだろう。
 そういえばさっき、寝起きのときに宇宙ロケットがどうとか言っていた気がするけど。

「私、よく夢を見るの。全く同じ夢。宇宙ロケットに乗って、宇宙から地球を見下ろすの」
「はあ」

 夢占い的な話だろうか。
 申し訳ないけど、僕は寡聞にしてそういった類の話については知識がない。
 朝のニュース番組の占いすらまともにチェックしたことがないくらい、興味がない。

 そういえばさっき、起き抜けにも夢がどうとか言ってたな。

「夢の正体をーー見つけて欲しいの。一緒に」
「は⁈」

 日向さんの不思議なお願いに、思わず大きな声でリアクションしてしまう。

 冗談でも言って、からかっているのだろうかと思ったが、彼女の表情は本気のようだった。
 真っ直ぐな目線で、こちらを見つめる日向さん。

 僕は全く話が飲み込めず、にわかに頭が混乱した。

「……よく分からないけど、僕と話すのは初めてなんだよね」
「うん」
「夢の正体を探すって言うのは、どうやって?」
「それを一緒に考えて欲しいの」

 顔すら覚えていなかった僕に、いきなり何か頼み事をするだけでも不思議なのに、夢の正体を探せだって?

 いったい、彼女にはどういう意図があるのだろう。
 もしかして、まだ寝ぼけているのだろうか。

 それか僕のことをからかって楽しもうとしているのだろうか。
 近くにクラスメイトたちが隠れていて、実はドッキリでしたーと登場するとか?

「ーー寝ぼけてないよ」

 何故か胡乱な目つきでこちらを見ながら、念を押してくる日向さん。
 心を読まないで欲しい。
 
 僕は内心を見透かされたようで、どぎまぎしながら首を振った。

「そういう冗談は、仲の良い友達に頼みなよ。僕は、そういうの苦手だから」
「染谷君だって、私の友達でしょ! クラスメイトだし」
「クラスメイトではあるけど……」

 日向さんは、キラキラと目を輝かせて、僕の顔をじっと見つめる。

 そんな期待されても困る。
 なんとか断る台詞を頭の中で探すが、こんな美少女を前にしては、緊張でなかなか気の利いた言葉が浮かばない。

「じゃあ、お願いね! これから、よろしく」

 僕の沈黙を肯定的に捉えたのか、日向さんは語尾に音符が付きそうな調子で、明るく微笑んだ。

 世界中の男子高校生が漏れなく恋に落ちてしまうような、魅力的な笑顔だった。